バリアハールへ
アセムさんの家で生活するようになってからファンタゴズマで1ヶ月、地球で計算すると90日が経過した。俺は今日もアセムさんの仕事が終わった後から夕食までの少しの時間、魔術の修行に付き合ってもらっていた。
「…」
「うむ。よくできたな」
俺の全身を、オレンジの薄い膜が覆ったところでアセムさんからストップがかかる。俺は放出していた魔力を止めると、やがて俺を覆う膜も消えた。しかし、目には見えずとも、まだその魔力は俺の体を取り巻いているのは肌で感じ取れる。
「アセムさん。これで今の俺は」
「うむ。『魔法抵抗』は正常に働いておる。ーーおめでとう。これで大方の魔術は扱えるようになった。今日からお前さんは一人前の魔術師じゃ」
「…ッ」
「わー、おめでとうお兄ちゃん!」
近くで見ていたシーナが拍手をしてくれる。俺もさすがにこれは頬を緩ませずにはいられない。
「ようやくこれで俺も魔術師ですか」
「ようやくとはよく言ったものじゃ。普通ならば一ヶ月でやっと魔力器官を起こすところなのじゃぞ。とんでもなく早いペースじゃわい」
「そりゃ、お兄ちゃんあれだけ練習したもん!当然だよね?」
にっこりとこちらを見るシーナ。本当に以前とは比べ物にならないくらい俺の前でも明るくなった。俺も微笑んでそれに答える。
「うむ。魔力を扱う者としての才能は中の上くらいじゃったが、シュウは飲み込みが早い上に努力家じゃった。本当にこの一ヶ月、家事の片手間よくやったのお」
確かにこの一ヶ月は大変だった。泊めてもらう以上、最低限の事はしようと家事や食料調達(主に狩り)の手伝いをこなしながら、空いてる時間を全て魔術の修行につぎ込んだ。地球でこんな生活を続けていたら3日で倒れていただろう。向上した体力に物を言わせた強引な生活だった。
しかし俺が最終的に会得したいのは魔術ではなく魔法だ。俺はアセムさんに尋ねる。
「それでアセムさん、明日から今度は魔法を教えてもらえませんか?」
「気が早いのうお前さんは。まあよかろう。…と言いたいところなのじゃが生憎しばらくは付き合えん。明日から一週間は作った薬を売りにバリアハールへ行かねばならんのじゃ」
「バリアハール?」
首をかしげる俺に、シーナが説明してくれる。
「バリアハールはね、ここから馬で半日くらいのところにあるここらへんでは一番の街で、お父さんはいつもそこで作った薬を売ってるんだよ」
「…なるほど」
俗世から隔絶したような生活を送る二人に少し疑問を抱いていたが、やはり最低限の交流は行っているようだ。
「そしてわしが薬を売っている間に、シーナが日用品を買いそろえる。というのがいつものパターンなんじゃが、なんでも最近バリアハールは物騒なようでの。なんでも人さらいが何件も起きておるらしい」
「人さらいですか?」
「ああ。攫った人を奴隷商人に売って金を稼ぐ腐ったような連中じゃ。そんなところにシーナを一人にはできん。ーーそこでなんじゃが、シュウ。今回はお前さんもバリアハールに来て、シーナが日用品を買うのに付き合ってもらえんか?」
「なんだ、そんなことですか。俺は元々この家にタダで置いてもらっている身なんですよ。それくらいで俺が役に立てるならぜひやらせてください」
申し訳なさそうに言うから何かと思えば。いくらこの世界に復讐するとは言っても、この二人に直接的には関わりはおそらく無いだろうし、瀕死だった俺をここまで面倒をみてもらっているのだ。この二人に役立てることがあるならばぜひともやらせてもらいたい。
「そういってもらうと助かるわい。…まあお前さんの事じゃろうし断りはしないだろうとはおもっておったがな」
そう言ってアセムさんは悪戯っ子のように笑う。もうお父さんったら、とシーナは呆れるがそれでもどこか嬉しそうだ。
「お兄ちゃん。私のボディガード、よろしくね!」
「ああ、任せとけ」
終始シーナが上機嫌だったのは謎だったが、そうして俺の異世界初の街への進出が決まった。