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FANTAGOZMA―空が割れた日―  作者: 無道
Welcome to FANTAGOZMA
15/64

終末

それからおよそ五時間後。アセムは月明りを背にして、洞窟の前に立っていた。


「…一足遅かったようじゃな」


アセムの眼前には一人の男。それ以外の人影は見当たらない。どうやら近くの洞窟をしらみつぶしに探しているうちに入れ違いになってしまったらしい。アセムが来た時には、この荷物番らしき男しかいなかった。


(できる限りシーナとシュウから闘いを遠ざけようとしたのが完全に裏目に出てしまったようじゃな…)


「な、なんだよお前!?もしかして、今日お頭達が襲うって言ってたところの魔法使いか!?」


焦るアセムの思考は目の前の賊の一人と思われる男の怒鳴り声によって中断される。珍しく苛立ったアセムは、半ば八つ当たり気味に、男に魔力を弾にしたものを撃って黙らせる。


「――ゲホッ!」


「お前さんは少し黙れ。耳障りじゃ」


体を抑えて蹲る男を尻目にアセムは考える。やはり急いで家に戻るしかない。しかし、ここから家まではどれだけ急いでも一時間はかかってしまう。それまでに賊が何も行動出ないとは正直考えにくい。アセムは、きつく歯を食いしばった。


「シュウ。わしが戻るまで、なんとか持ちこたえるのじゃぞ…」


アセムはひれ伏す男に目もくれず、一目散に元来た道を引き返し始めた。




「…!」


探知結界が起動した。数は二。思った以上に少ない。別行動で他にもいるのか。それともアセムさんが数を削ったか。


(アセムさんがやられたのか?いや、でもあの人は一流の魔法使いだ。数が多いからといってあんな奴らにやられるとは考えづらい)


ともかく、考えるのは奴らを殺した後だ。俺の中にあの久しぶりのこの世界そのものに対する殺意がどんどんと湧いてくる。

シーナをちらりと一瞥する。ベッドで目をつぶり、寝息を立てている。

シーナは一時間前にどうしても寝ないので、アセムさんに教わった魔術で眠らせてある。なのでしばらくはここから動かないはずだ。


(要はこの部屋に奴らを入れなければいいっていうことだ)


俺はドアに手を掛ける。すると後ろから眠っていたはずの少女が声を掛けてくる。


「どこに行くの?」


「…起きてたのか?」


「お父さんが帰って来たの?だったら私、ご飯の準備しないと…」


「――シーナ。いい。お前はここにいろ」


「ッ!」


俺は有無を言わさぬ口調で言う。シーナのおびえたような気配が伝わってくる。

今までシーナには出来るだけ優しい口調で接していた分、余計怖かったのかもしれない。


(これでまた確実に嫌われたな)


そう考えて少し悲しくなるが、しょうがないことだと割り切ろうとしたところで、意外な言葉がかかる。


「…お兄ちゃんは優しいね。そうやってわざと強く言って、私を危ない目から遠ざけようとしてるんでしょ。多分、お父さんにシーナを護れ、とかって言われたんじゃない?」


「…!?」


驚いてシーナへ振り返る。シーナは柔らかな笑みを浮かべていた。


「大丈夫。お兄ちゃんの邪魔はしないよ。けど、一人だけ何も知らずに眠るなんて出来ない。せめてお父さんとお兄ちゃんが帰って来たとき、おかえりくらいは言わせて?」


聡い子だ、俺は内心舌を巻いた。最初見たときはアセムさんの背中に隠れてばかりの臆病な少女としか思わなかったが、内にはしっかりとした『自分』を持っているようだ。


「…分かった。いいか。俺かアセムさんが帰ってくるまでこの部屋から絶対出るなよ」


「うん、いってらっしゃい。お兄ちゃん」


シーナの言葉を最後に、部屋を後にする。

俺は玄関に置いておいた薪割に使った剣を担ぐと、一番近くに来ている敵に向けて歩き出した。




「…見えてきたな」


グリンの呟きに、隣にいたカーキが頷く。

洞窟を出てからおよそ一時間半。俺たちは魔法使いが住む家と思われる家屋にようやく到達していた。


別行動の仲間の姿はまだ見えない。どうやら俺たちが一番乗りのようだ。グリンは舌なめずりする。


今回の夜襲、一番初めに魔法使いの爺を殺した者が、報酬を多く与えるという取り決めになっている。それはつまり、働き次第では下っ端の俺たちでも、下手すれば頭より多くの手柄を取れるかもしれないということだ。


実力主義というのが、今の頭の方針らしいが、なるほど、確かにこれならば下っ端が不満を溜めることも減り、おまけに全員のモチベーションも上がる。この集団に入ってよかった、とグリンは改めて思った。


(いくら昔はすげえ魔法使いだったって言っても、今は所詮爺だ。しかもこんな真夜中じゃ今頃眠ってるだろ)


そこを刃物で一突きすれば終わりだ。グリンは、作業の簡単さを考えて、頬を緩めた。

そんな事を考えていたからだろうか。グリンが後ろに続く足音が消えたことに気づくには少し時間がかかった。

集にとって、それは十分すぎるほどの時間だった。


「おい、カーキ。どうし――」


振り向いたグリンの眼光に迫る、月夜を反射して煌めく刃。それが、グリンが見た生涯最後の光景だった。




(…簡単なもんだな。人を殺すのも)


倒れ伏した汚らしい身なりの男たちをみて、俺は内心ごちる。

人を初めて殺した感慨もない。後悔も、高揚も、悲哀も。あるのはただこれをあと何回繰り返せばいいのかということだけ。


強いて言えば、俺の中には「やっぱりな」という気持ちだけはあった。


(シーナやアセムさんが特例なだけで、やっぱりこの世界の生き物ってのは基本こんな屑共ばかりなんだな)


足元に転がる男の顔を見る。何が起きたのかも分からない、というその顔は、間抜け以外何者でもないように思う。


(俺たちを殺そうとしたんだ。お前が殺される覚悟も無いなんて道理を反しているにも程がある)


そんなことを考えているうちにまた探知結界に反応。二人組が三組。やはり二人単位で行動しているようだ。今度は数も多い。悠長にしている時間はあまり無さそうだ。


「『猫の(キャットアイ)』」


俺は最近覚えたばかりの魔術を行使。これでわずかな月の光でも十分に視えるはずだ。

次の目標はすぐそこだ。俺は足音を消し、再び夜闇に溶け込んだ。




「くそがあ!」


賊の男がでたらめに剣を振り回すが、そんなもの、俺に当たるはずもない。冷静に一撃をパリィし、隙の出来た男のみぞおちに全力の蹴りを叩き込む。衝撃が他に逃げないよう、蹴りが炸裂(バースト)した瞬間に引き足を取る。


全力なら、そこらへんの木々なら余裕でへし折ることのできる蹴りだ。人間にまともに入れば正に必殺となる。

足から伝わる衝撃。胸骨の破砕音。男は口から血を吐き、倒れる。念のためにと頭も潰しておく。少し距離を置いたところにいたこいつのお仲間と思われる男たちがひいっと情けない声を上げる。


「これで九人目、か。おい、お前らあとどれくらいいるんだよ?」


「な、何なんだよお前はっ!?お前みたいな奴がいるなんて聞いてねえぞ!」


俺の問いかけを無視して、男の一人が叫ぶ。俺は質問するだけ無駄か、と割り切り、一気に距離を詰めてその男を袈裟斬りの一撃で沈める。


「ひ、ひいっ!」


遂に残った男は逃げ出した。だが、無論逃す道理もない。ここで逃がしても後々何をするかわかったものでもない。無防備な背中に、やり投げの要領で剣を投擲する。


「!?が…ぁ…」


突如自分の胸から生えた剣先を見て、崩れ落ちるその男。

俺は近づき、まだ息のあるそいつから強引に剣を抜き取る。


「が、がああああああああ!!」


「うるさい」


苦しみもだえた男の頭に、今しがた抜き取った剣を叩き込んで今度こそ止めをさす。

まるで相手にならない。この世界に来てからの身体能力の向上はかなりのアドバンテージだとは思ったが、まさか、平均的な男と比べてここまで強いとは…。

そんなことを考えている直後にまた結界内への侵入者。数は二。


「…まだいるのか」


幸い相手は今俺がいる地点目前を通るルート。ここで待ち伏せするだけでよさそうだ。

そう考えて行動に移そうとしたとき、俺の強化された目が歩いてくる人物を捉えて、驚いた。歩いてくるのはアセムさんだ。アセムさんに杖をかざされ、肩を落として前を歩くのは、今までの男たちの仲間だろうか。


アセムさんも俺に気づいたようで、顔をほころばすが、俺の周りに転がる死体を見てはっとした表情を浮かべる。


そこで俺も自分が作った死体について、流石に全員殺したのはまずかったかと考え直した。優しいアセムさんの事だ。敵とはいえ、相手にも情けをかけるべきだったと言うかもしれない。

俺の目の前まで来たアセムさんはぽつりとつぶやいた。


「…シュウ。ざっとここ周辺を魔術で見回したが、これは全部お前さんがやったのか?」


「…すみません。殺されてたまるかという気持ちでいっぱいで…」


咄嗟に嘘を吐いた。それを聞いたアセムさんは、軽く目を伏せる。


「…確かに、お前さんもまだ若い。それに、元はと言えば、そんな少年に、これだけの数を相手にさせる状況を生み出したわしにこそ最も非があるのは当然よな。ならば謝るべきはわしじゃろう。…すまんなシュウ。お前さんには辛い思いをさせてしもうた」


「…いえ、アセムさんは悪くありませんよ」

俺は力なく首を振る。心は罪悪感で染め上げられていた。


(そうです。アセムさんは悪くありません。無力化するだけなんてしようと思えばいくらでも出来た。俺は襲ってきた奴らを、ただ自分の実力を測るためだけに殺したと言ってもいい。アセムさんとの約束のことなんて、事のついでみたいに…)


そんな思いだったからか、気づけばこんな言葉が俺の口から出ていた。


「…アセムさん。今回はこんな形になってしまいましたが、次こそは完全な形でシーナを護ります。だから、俺に…」


「…何を言うておる。お前さんは今回ちゃんと約束を護ってくれたわい。これからもシーナを護ってくれる限り、お前さんはわしの弟子であり、そして家族じゃ」


「…ッ!」


その優しい言葉に、思わず低頭する。足元にはぽつぽつと雪に染みが出来る。

アセムさんはさてと、と切り替えるようにしていった。


「まずは近くの死体を片付けるぞ。シーナに見られたら気絶しかねんからな。それから家でシーナに出迎えてもらうとしよう」


俺は下げていた頭を少し上げて問う。


「…その男はどうするのですか?」


「こやつはこいつらの親玉のようでな。今はわしの薬で催眠状態にしてある。まあこやつはわしの方でなんとかしとくわい。お前さんは死体を一か所にまとめておくれ。辛い作業じゃろうが頼む」


「はい。それくらいはやってみせます」


そうして朝日が昇り始めた頃、俺たちは無事帰路に着いた。




それから数日後、あの夜起こった事が嘘のように、俺たちはまた平和な日常を送っていた。アセムさんがシーナをからかい、シーナがご飯抜きだと怒り、俺は苦笑してそれを眺める。


魔術の修行も順調にはかどり、あと二週間くらいすれば、堂々と魔術師だと胸を張るレベルになるらしい。こんなにハイテンポで進むのは、聞いたことがない、とアセムさんは驚いていた。


戻って来た日常にほっとする中、お前は本当は一刻も早くあの夜のような世界に身を投じるべきなのではないかと囁く声が脳内に響くことがある。


確かに、俺の野望は、あのような夜の出来事を繰り返して紡がれていくものであり、断じて今の平穏な生活の中にはないだろう。


しかし、これから先、新たな課題が出来たのも事実。それは、アセムさんのような人間と以前の賊のような人間、それらを区別なく殺すことが本当にいいのか、ということだ。


俺の中の迷いに、以前答えは出ない。しかし、その答えを導き出したとき、そのときは俺の新しい出発点だ。この生活ともおさらばになるだろう。

ならばせめてそのわずかな時間まで、この生活を楽しもう。


「お父さーん!お兄いちゃーん!お昼ご飯だよー!」


シーナの声が聞こえて、研いでいた包丁の手を止め、立ち上がった。


「やっと昼か。待ちわびたわい」


「ちょっとー、それ、ご飯が遅いっていう遠回しな文句?」


いつものようなやり取りをしながらいえにもどるアセムさん。その姿を見て、俺はそういえばと考えた。


アセムさんがどうにかすると言ったあの賊の男。あれからどうしたのだろうか。アセムさんはあれから一度も森を出ていないはずだが…。



まあ些細な話か、と割り切り、集は家へと歩き出す。その集の様子をアセムは目を細めて見つめていた。



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