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FANTAGOZMA―空が割れた日―  作者: 無道
Welcome to FANTAGOZMA
14/64

陰謀

寒さが徐々に遠のいていき、ゆっくりと春が訪れようとしているのを感じ始めた頃。

その日、シーナと共に夕食の片づけをしていると、アセムさんから声が掛かった。


「シュウ、少し相談があるのじゃが…」


「?はい…」


俺は食器を洗う手を止め、シーナを一瞥する。

シーナはこくんと頷いた。


「うん。じゃあここは私がやっておくから、お兄ちゃんはお父さんのお話しを聞いてあげて」



「ああ、悪いな」


俺は手を拭いてキッチンを離れる。アセムさんは「すまんな」と一言入れると、自室へと歩いていく。アセムさんの部屋で話なんて珍しいなと思いながらもそれに続く。

俺が部屋に入るとアセムさんは部屋のドアを閉めるよう手でジェスチャーする。俺はそれに無言で従った。


(ここが、アセムさんの部屋か)


簡素な部屋だった。クローゼットとベッド、そして机という最低限の家具しか置かれていない。そのためか、片付けられているというよりは、生活味がないといったような印象を受けた。

部屋をキョロキョロ見回していると、アセムさんが少し神経質な声で問うてくる。


「…ちゃんと扉は閉めたかの?」


「はい。これでシーナには聞こえないかと」


「…ふ、さすがはシュウじゃ。理解が早くて助かるわい」


アセムさんは机とセットで置いてあった椅子に腰かけ、ジェスチャーで俺にも座るよう促した。

俺が手近にあった椅子に腰を下ろしたところでアセムさんはやっと話を切り出した。


「…どうじゃ。最近はこの家での生活も慣れてきたかの?」


本題に入ると思ったら、どうやらよほど話しづらいことらしい。当たり障りのないことを聞いてきたアセムさんに俺は正直な気持ちを伝える。


「…はい、シーナも最近はよく俺にも話しかけてくれるようになりましたし、最近は少しずつですがこちらの言語も教えてもらっています。本当にアセムさんには何から何までお世話になりっぱなしで、感謝の言葉もありません」


「いいのじゃよ。その代わりというわけでもないが、お前さんには力仕事などをやってもらっておる。支え合って生きておるのじゃよ、わし達は」


「それでも、今の状態ではあまりにも俺がアセムさん達に頼りすぎています。今は無理ですが、いずれこの御恩は必ず返させてください」


「わはは。義理堅い男よなあお前さんは。…ならばせめてこの家にいる間だけでもせめて一つ、この老いぼれの頼みを聞いてはくれんかの?」


アセムさんの言葉に俺は気を引き締める。今日呼ばれた本題に関わることだろうか。


「…俺に出来ることならば、可能な限り引き受けます」


俺の返答に、アセムさんは興味深そうにこちらを覗き込む。


「…なんでもする、とは言わないのじゃな。ああいや、別に責めているわけではないのじゃよ。なんでも、とは己の力を過信した者の傲慢じゃ。一人の人間が何でもなど例え聖人でも出来はせん。昔のわしはそこまで意識していたわけではなかったが、それに近い万能感を確かに持っていた。…それが己が身だけでなく、愛した隣人さえも失うとも知らずにのう…」


「…アセムさん?」


後半の方はどこか嘆くように言ったアセムさんに、俺は声を掛ける。

アセムさんは我に返ったようにおお、すまん、と一言入れると、椅子から俺の方に体を乗り出して続ける。


「わしが言いたいのは、どうしてお前さんがその若さで、自分の限界を客観的な視点で理解しているのかという事じゃよ。お前さんくらいの歳ならば、ほとんどの者が自分の内の可能性について信じているというのに、お前さんにはそれがない。かといって自分を過小評価するわけでもなく、客観的に己を判断し、虎視眈々と何か大きなことを為そうとしておる。違うか?」


「…」


アセムさんの言葉に思わず口ごもる。まさかアセムさんが俺をそんな風に見ているとは思わなかった。褒めてくれている事が嬉しい反面で、ファンタゴズマへの復讐という俺の野望を見透かされているようで上手い切り返しが咄嗟に浮かばなかった。


「…いや、すまん。別にシュウを困らせる為に言ったわけでは無かったんじゃ。無理に答えなくてもよい。魔術を習得する際にお前さんのおおまかな目的は聞いておる。今の話は忘れてくれ」


「…はい」


結局それは水に流したような形になり有耶無耶になって終わる。俺としてもそれはありがたかったため、すぐに話題を切り替えることにした。


「それでアセムさん。――そろそろ、俺を呼んだ理由について訊いてもいいでしょうか?なにやらさっきはお願いがあるとも言っていましたが、それに関わる何かでしょうか?」

「おお、そうじゃったな。すまんすまん。歳を取ると、回りくどくなってしまうのがいかん。そろそろ本題に入るとしよう。――シュウ、お前さんにはわしがいない間、この家の守護、ひいてはシーナの護衛を請け負ってほしい」


「…理由を聞いてもいいでしょうか」


アセムさんは一つ頷く。


「当然じゃな。すべて説明しよう。ただし、話を聞いたあと、誰かに責任を追及したりするのは無しじゃ。いいな?」


「…はい」


その言い様に少し不審を覚えたが、大人しく頷いた。

それを確認し、頷くと、アセムさんはその日の事を話し始めた。




雪が降り積もる雑木林を二人の男が歩いていた。

降り積もった雪が音を吸収するせいか、二人の荒い息遣いはより大きく響き、また鼻の下で凍った鼻水が、二人がどれだけ長い間この林を彷徨っているかを物語っていた。

ザッザッと雪を踏む音が遂に止まる。二人が足を止めたのだ。


「…間違いねえ。この先だ」


「やっと見つけたっすね…。いやあ、本当に長かった。場所が分かるまで帰ってくんなと頭に言われてましたが、これでやっと帰れるってことですね」


「ああ。今日はやっと屋根のあるところで眠れるぜ」


「って言っても結局は洞窟ですけどね」


二人は顔を見合わせて笑う。その顔には確かな達成感が浮かんでいた。

片方の男はそういえば、と言う。


「場所は見つけたっすけど、結局どうするんでしょうね。この先に住む魔法使い」


「俺も詳しくは聞いてないが、おそらく夜襲をかけるだろうな。なんでもあの魔法使いの家には娘も住んでいるらしい」


「ああ。だから近くに小さな足跡があったんすね」


「そういうことだ。上手く行きゃあ魔法使いの爺は殺して、女は愉しんだ後にオークションに出せば、ちったあ金になるだろ」


「ならあの家も空き家になりますし、新しいアジトにピッタリっすね!俺、そろそろ風が吹き抜けない所で暮らしたいっす」


「まあ確かにそれもデカいが、俺としては女が楽しみだな。勿論頭が最初だろうが、上手くいけば壊れる前くらいに一回くらいは俺にも回ってくるだろ」


「しばらく女見つけてないっすから、皆がっつきそうですしねえ。俺は下っ端ですし、あんまり期待はしないでおきますよ」


「はは、もしお前が真っ先に捕まえたりできたらチャンスはるかもしれねえぞ?まあ無駄話は後だ、さっさと帰って頭に報告するぞ!」


「そうっすね」


男たちは回れ右して来た道を戻り始める。彼らが見ていた先には、煙突から煙をだす、一軒の家があった。




「その家って…」


「うむ。この家じゃ」


「…厄介なことになりましたね…」


俺は眉間にしわを寄せる。アセムさんの表情も稀に見るほど険しい。


「そもそも、どうしてこの家が狙われたのでしょう?」


「…昔からわしがこの森一帯を根城にしていることは有名でな。若い頃は魔法使いとしての実力もあり、悪だくみして近づくような輩もいなかったが、今となってはわしも一人の老いぼれ。昔のように名を聞かなくなったわしから一切合切奪おうと考えるのにはまあうなずける」


「それにしてもこの森はそこそこの広さを持っているはずです。数日探したくらいで見つかるはずが…」


そこまで言ってから俺は気づいた。先ほど彼らが言っていた小さな足跡。そんな足跡の持ち主はこの森には一人しかいない。


「…シュウ。言ったじゃろう。責任の追及はなしと」


「…はい。すみません」


そこでようやく最初にアセムさんが言った意味を理解する。

確かに今はこれからの事について考えた方が有意義だ。

俺は気持ちを切り替えてアセムさんに問う。


「では、具体的に俺はどうすればいいですか?」


「何、シュウのやることはいたって簡単じゃ。わしが数日、ここを空けている間、シーナとこの家の守護を任せたい」


「わかりました」


「…わはは。まさか即答とはな」


アセムさんは朗らかに笑う。しかし、数秒でそれを引っ込め、かつて俺に魔法を習う意味を問うた時のような真剣な表情でこちらを見た。


「その返事の重さ、分かっているじゃろうな。これは客人に対しての頼みではない。シュウ・タチバナという弟子に対しての試練じゃ。師から受けた命礼、守れねばお前さんの破門どころでは許されんぞ」


「…」


息を呑む。その迫力はまさに一流の魔法使い。いつも優しいアセムさんだからこそ、その気迫にはアセムさんの強さを改めて確信させるモノがあった。


「…シーナは必ず俺が護る。約束します」


アセムさんに圧倒されながらも、それだけははっきりと答えた。それを聞いた瞬間、アセムさんを取り巻いていた緊張がしゅるしゅると消えていく。


「…うむ。期待しておるぞ」


そういうと、アセムさんはよっこいしょ、と立ち上がった。


「ではお前さんに確認も取れたことじゃし、少し奴らのところまで行って一暴れしてくるわい」


「もう行くのですか?」


てっきり明日の朝にでも出ると思っていた俺は少々面食らう。アセムさんはてきぱきと身支度を整えながら言う。


「賊が来たのは今日の昼過ぎじゃ。それからこの時間までで準備だけはしておいた。お前さんの覚悟だけ聞いたらいつでも出れるようにとな」


「ッ…」


言外に俺を信頼していたと言うアセムさんに、俺はむずかゆい気持ちになる。

アセムさんは最後に、自分の身の丈ほどの木製の杖を持って扉に向かう。


「遅くても明後日の朝にはケリが付くじゃろう。それまで探知結界はお前さんにも反応が分かるようにしておいた。わしがしてやれるのはここまでじゃ。後はお前さん次第じゃ」


「はい」


がちゃりと扉を開けば、居間の椅子に所在なさげに座っていたシーナが顔を上げた。どうやら話が済むまでずっと待っていたようだ。


「おとうさ…あ、こんな時間にどこか行くの?」


「うむ。少しばかり野暮用でな。帰ってくるのには数日かかるかもしれん」


ぱっと顔を輝かせたシーナは、外套を纏い、杖まで持った物々しいアセムさんの装いに、一気に表情を暗くする。そんなシーナの頭を、アセムさんはくしゃっと撫でた。


「案ずるな。シュウはお前と一緒におる。何かあってもあやつがお前さんを護ってくれるじゃろう」


「…お父さんは?」


「わしは少し悪者をこらしめに行く。ぱぱっと倒して帰ってくるから、帰ったらお前の料理を振舞って遅れ」


悪者をこらしめに、というところでアセムさんは何故か少し苦笑気味に言った。


「…うん、わかった!」


シーナは笑顔で言ったが、その顔には無理して笑う者が出す独特な翳りがあった。

玄関までシーナと二人でアセムさんを見送る。

アセムさんはこつこつと、靴を足に合わせるように床をノックすると、こちらに向けて片手を上げた。


「ではな。わしがいない間は家の鍵を閉めるのじゃぞ。それではシュウ。後は任せたぞ」

「いってらっしゃい、お父さん!」


「…気を付けて」


うむ、と頷くと、アセムさんは扉を閉めた。ぎゅむぎゅむと雪を踏む音が、徐々に遠ざかっていく。


「…よく我慢したな」


アセムさんがいなくなった後、俺は玄関を見据えたままぽつりとそう言った。返事は期待していなかったが、律儀にも涙声が返って来た。


「…お父さんはずぼらで、適当で…、だけど今まで私を本気で心配させるような嘘は吐いたことないの。…私はお父さんを信じる。だからお兄ちゃん、面倒掛けると思うけど、少しの間よろしくね」


「ああ、お前は必ず俺が護る」


そうアセムさん約束したしな、と心の中で呟く。まだまだ冷え込む今日。今夜は長い夜になりそうだなと、こちらを見上げる少女を見て思った。


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