魔法修行と偽りの家族
「さて、これから魔法を教えていくわけじゃがその前に。シュウよ、お前さんは魔法についてどれくらい知っておる?」
「…正直、ほとんど何もわかっていないです」
俺は正直に答えた。アセムさんは「まあ普通そうじゃろうな」と笑う。
「では魔法の基礎知識くらいは教えておこう。まず魔法には、その前段階、土台として魔術というものがある。魔術はいわば魔力を使う上での入門編みたいなものじゃ。魔法よりも効果は小さいしあまり大きなことも出来んが、魔法より簡単じゃし凡庸性も高い。例えばこれだってそうじゃ」
そう言ってアセムさんは家から持って来たランタンを掲げる。
「これもマジックアイテム、つまり魔術を封じ込めてある。こんな風にの。――灯れ」
アセムさんがつぶやくと、ぼっと中のろうそくに火が付く。思わずおお、と声が漏れる。そこで俺はふと気づく。
「アセムさん。じゃあ俺が今付けている『交流の指輪』も魔術が込められているのですか?」
「わはは。『交流の指輪』ほどのマジックアイテムになると魔術ではなく魔法で作られておる。それが希少な理由の一つよ。まあ他にもマジックアイテムは日常生活の中で様々な事に使われておる。魔法は生活を豊かにする素晴らしいものなのじゃよ」
アセムさんは少し誇らしげにそう言う。魔法使いとして、魔法というものに大きな誇りを持っているからかもしれない。
「というわけで、あれだけ魔法を教えると言っておいてなんじゃが、まずは…」
「魔術を覚える必要があるということですね」
「そういうことじゃ」
アセムさんは傍にあった丸太で作られた椅子に座るよう促してくる。
「とはいっても今のお前さんでは自ら魔力を生成することは出来ん。まずは体に眠っている魔力を生成する器官をわしが呼び起こす。魔法の才能の有無はあれど、これを既に魔法使いになっている者にしてもらわねば誰も魔力を扱えはせん。魔法使いの下でしか魔法使いは生まれないと言われているのはそのせいじゃな。」
喋っている間にも、アセムさんはてきぱきと何かの準備を進める。やがて俺へ薬包を一つ差し出してきた。
「呼び起こす方法はいくつかあるが、わしは薬師を生業としておってな。わしにとってはこれが一番手っ取り早い」
「これを飲むだけでいいのですか?」
「言うのは簡単じゃがそれなりには苦しいぞ。飲むならば覚悟するとよい」
「…」
覚悟などもう決まっている。空が割れたあの日から…。
俺は薬包に入っていた粉を一気に飲み下した。苦いような甘いような不思議な味を舌で感じ取る。
「…ッ!」
変化はすぐに訪れた。痛い。体の中から棘が外へと突き進んでいくような感覚が全身を襲う。
「今痛みを感じているのがお前さんの中に眠っていた魔力神経じゃ。直に体のどこか一点が熱を帯びたように熱くなる」
アセムさんの声が耳に入ってくるが、内容は理解できない。それどころではない。頭はぐわんぐわん、視界はチカチカ、やがて吐き気まで催す。まるでひどい風邪みたいな症状だ。
そしていつしか、体の中のある一点にそれらは集まっていく。俺はその部位を掻きむしる。熱い。とにかくそこだけが苦しい。体の中に焼石をいれられたかのようだ。
「く、るし…」
「ふむ、そこがシュウの魔力器官。シュウ、手をどけろ。でなければいつまでも終わらぬぞ」
「く…あ…」
なんとか根性で手をどかす。するとアセムさんは今なお燃えるような熱を持つその部位に手を置く。
「開け。『魔力稼働』」
アセムさんの手から緑色の閃光が走る。まばゆさに思わず目を閉じる。目を開いた時にはアセムさんがにっこりと笑っていた。
「よく頑張ったな。これで終わりじゃ」
「あ…」
気づけばあれほど体を蝕んでいた痛みが消えている。代わりに体には先ほどまで感じなかった何かが全身を流れているのが分かる。
「感じるか、それが魔力じゃ。お前さんはこれで魔法使いの前段階――魔術師になったのじゃよ」
「…ああ」
そうか、これが。この体を脈打つこれこそが魔力。俺の新しいチカラ。
(この力を使いこなせるようになって、いずれは…)
「どうしたシュウよ。いつまで地面に倒れこんでおる。体力自慢のお前さんでもやはりこれは堪えたか?」
「ッ!い、いえ!俺はまだ大丈夫です!」
顔をのぞき込んできたアセムさんを見て現実に意識を引き戻される。危ない。魔法の修行の時はあまり余計なことは考えないようにしないと、いつアセムさんに気づかれるかも分からない。
すると家の裏口からシーナがやってきた。
「ちょっとー、今こっちですごい光ったけどどうしたの…え、シュウさん!?具合悪いの大丈夫!?」
俺をみたシーナは慌てて駆け寄ってくる。俺が倒れているのを見て驚いたようだ。俺は慌てて体を起こす。
「ああ、大丈夫。今ちょうどアセムさんに魔力器官を開けてもらったところで…」
「え、あれを今やったの!?ちょっとお父さん信じられない!あれは一か月の精神修行を行ってからやるのが常識なのに!普通魔術を教える初日にする!?」
シーナが俺の言葉を聞いてものすごい剣幕で怒る。昨日今日と、俺の前では比較的おとなしかったシーナがこのような態度をとるとは…。てかこれ普通そんな準備してからするモンだったんだ。別に早いのは大歓迎だったんだけどそれならそうと一言言ってほしかったなアセムさん。
そんなアセムさんはと言うと、荒ぶるシーナをまあまあととなだめて言った。
「ほれ、いきなりそんなに怒るところを見せるとシュウが引いてしまうぞ」
「!」
そこでシーナははっとしたようにこちらを見る。肩までかかる髪がふわりと舞い、女特有の甘い匂いが俺まで届く。
「ええっと、今のは…その…ついカッとなってね…」
「…」
「あ、あうう…」
俺が無言で言葉の続きを待っていると、シーナの言葉は尻つぼみになっていき、やがて初めて会ったときのようにおどおどし始めてしまった。どうした、俺は何もしてないぞ。
シーナは俺の方を見ては俯くのを繰り返す。俺はちらりとアセムさんに視線を向けるがアセムさんはそ知らぬふりをする。責任は自分で取れという感じだ。…なぜだ。
(…せっかくちゃんと喋れるようになったのに、ここでまた昨日の状況に戻るのは面白くないな)
「シーナ」
「は、はいっ!」
俺が呼ぶと、シーナは飛び上がるように背筋を伸ばす。
「…俺は今のでシーナに対して引いたりはしないし、むしろやっと俺にも心を開いてくれたみたいで嬉しいとさえ思ってる」
「…え?」
悪い事でも言われると思っていたのだろうか。シーナは目をぱちくりとしてこちらを見る。
そこで俺は未だ黙っているアセムさんを一瞥する。今度はなんかニタニタしていた。にやにやじゃない。ニタニタだ。この人、娘が困っているこの状況を見て楽しんでやがる。さすがにイラッとした俺はせめてもの反撃をする。
「だからシーナ。俺の前だろうが構わず、アセムさんにはいつも通りに接してくれ。シーナが俺をひどい目に遭わせたアセムさんに、罰として晩飯を抜いたとしても、俺は一向にかまわない」
「え、そこでわし?」
「シュウさん…。分かりました!私、今まで恥ずかしくて我慢してましたけど、これからはシュウさんの前でも目一杯お父さんを怒ります!」
「なんか方向性がおかしくないか娘よ!」
「そうやってお父さんはいつもグチグチグチグチ!お父さんは家に一人でいるときに父のだらしなさを嘆く私ですか!」
「お前わしがいないときのそんなこといっておったのか!?」
それからしばらく二人の口喧嘩?は続いた。日が沈み始めたときにそれは終了したが、俺はその間黙って二人のやりとりを見続けていた。その光景は、俺があの日に失った平穏な日々の記憶に、よく似ていた。
それからというもの、シーナはあまり俺に物怖じしなくなった。俺もやっとシーナに受け入れられたようだ。そしてあれから変わったことと言えばもう一つある。
俺が玄関で長靴(アセムさんが貸してくれている)を履いていると、シーナがキッチンからやってくる。
「はい、お父さんの分と二人分。今日は山に入るの?」
「ああ。鹿を狩りに行くらしい。俺はその手伝いだ」
「そっか。お父さんももう歳だから、ちゃんと見てあげてね、お兄ちゃん」
「…ああ。それじゃあ行ってくる」
あれからシーナは俺をそう呼ぶようになった。彼女にとって、俺は家族に近いものになったのだろうか。俺の中の復讐心が囁く。踏み込みすぎではないのか、と。確かにそうかもしれない。しかし同時にこんなことも考えていた。
(…悪い気はしないな)
どのみち、アセムさんの元での魔術の修行はまだ当分続く。それまで、せいぜいこの家族の真似事を続けるのもいいかもしれない。
俺は山の手前で待つアセムさんの元へ駆け出した。
今回の話は少しながくなってしまいました。ここでまた物語は一区切りです。
魔法こんなのどーよ、ここはどういうことなんだ、また読んでの純粋な感想など随時お待ちしております。読んでくださる皆さんの声が、僕の執筆意欲につながります笑




