異世界での暮らし 1
夕食の後、アセムさんに、この世界の事について色々なことを質問した。アセムさんは「こんなことも知らんとは、お前さんは本当に遠い所からきたんじゃなあ」と驚いていたが、その分俺に分かりやすいよう、かみ砕いて説明してくれた。
そこで気付いたことだが、やはりこの異世界ーーファンタゴズマは地球と似ている物が多いということだ。
四季があり暦もある。この世界の暦は春夏秋冬にそれぞれ90日あるらしく、一年の長さとしては地球とあまり変わらない。食べ物についてもジャガイモやりんご、地球と同じ物がほとんどだった。
食事の変化については問題無さそうだったが、一番の問題として、やはり言語の壁が存在した。
アセムさんは顎ひげを撫でる。
「ふうむ。では、お前さんの言葉はニホンゴというのか。聞いたことない言葉じゃなあ」
「…この言語を使うのも本当に一部の民族だけですからね」
「”ニホンジン”という民族か。確かに。わしはこの世に生をうけてからもう70年近く経つが聞いたこともない名前じゃ」
世の中まだまだ知らないことがあるもんじゃな、と、アセムさんは笑うと自分の指にはめていた『交流の指輪』を抜き、俺に差し出した。
「!アセムさん、これは…」
アセムさんはにっこりして頷く。俺に付けろということか。
手のひらに置かれた指輪を、俺は丁寧に受け取ると。ゆっくりと左の人差し指にはめた。
「うむ。わしの言ってることは分かるな。それはしばらくシュウに預けよう。これでシーナとも会話できるじゃろう」
「…アセムさん。これはかなり希少な物だと聞いています。それを、今日初めて喋ったような俺に渡していいのですか?」
「なんじゃ、お前さんそれを盗もうとでも考えておるのか?」
「い、いえ。そんなことは無いですけど…」
アセムさんが冗談めかしてそう言うので慌てて否定する。そんな俺を反応を見て、アセムさんはまたにっこりと微笑んだ。
「なあに。少しの間貸すだけじゃ。ここを出るときにはちゃんと返してもらうんで、そのうちにシーナにでもこちらの言葉を教えてもらうと良い。さあ、そろそろ寝るとしよう。しばらくここにいると決まったんじゃから、明日からはお前さんにも働いてもらうぞ。今日はもう休んで明日からまた頑張るとしようぞ」
お前さんの寝床はさっきの部屋じゃ、そう言ってアセムさんは自室らしき部屋に消えていった。
俺は、何か肩透かしを食らったような気になりながら、用意された部屋に戻る。ベッドにぼふりと身を投げ出すと、すぐに睡魔が襲ってくる。
(これからのこととか、色々考えなくちゃいけないのに…)
俺は睡魔に抗えず、すぐにふかいねむりへと落ちた。
翌朝、控え目なノックの音で目を覚ます。部屋に一つしかない小さな窓からは、陽射しが差し込んでいる。
「シュウさん。朝です。起きてください。あ、そういえば言葉が分からないんだっけ。えーと、朝の挨拶とかは無いのかなー…」
ドアの奥からそんな声が聞こえてくる。そういえば昨日はすぐに寝てしまって指輪も付けたままだったのか。
俺はドアの前まで歩いてくると、がちゃりとおもむろに戸を開けた。
「朝はおはようって言うんだよ。シーナ、おはよう」
「…ッ!」
いきなり出てきた俺に驚き、その場でぴょんと飛び上がる。
「シュウさん…、何で言葉が…あ」
そこでシーナの目線が俺の指に向けられる。しばらくアセムさんに借りることになったんだ、と言うとなるほど、という顔で頷く。
「そうだったんですね。びっくりした〜。…あの、今日燃やす分の薪がなくなってしまったので、切ってもらえないでしょうか?」
「ああ、それくらいおやすいご用だ。すぐ準備して行く」
分かりました、と言うと、シーナはそのまま居間へ向かおうとする。が、途中で何かを思い出したかのようにくるりと振り返り、手を合わせてこう言った。
「シュウさん、おはよう!」
「…ああ、おはよう」
すると満足したかのように足取り軽く立ち去っていくシーナ。
俺はそれを微笑ましい気持ちで見送ると、ポツリと独り言を漏らす。
「おはようの時は手を合わせないんだけどな…」