崩壊する日常
ファンタジーを書いてみようと思いました。
その日はいつも通りの日常となるはずだった。友達と馬鹿を言い合い、勉強をそこそこに、家に帰る。
そんな当たり前の日常を、今日家を出るとき信じて疑わなかった。もし、あんなことになると分かっていたら。俺はもっとあの時間を大切にしていたのだろうか。
午後1時過ぎ。県立伊達高校は昼休みでどの教室も多くの生徒でにぎわっていた。
俺――立花集も、クラスで特に仲の良かった佐藤と桐生の三人で一つの机を囲い駄弁り合い、授業で溜まったフラストレーションを発散していた。
向かいに座っていた佐藤は、机をダンと拳で叩き、雄弁と語る。
「ということで!以上の事から、4組で一番かわいいのは山野辺華子ちゃんだと思います!」
「…そうか」
「ってなんでそんなに反応薄いんだよ!?」
「いや、だってそんなの人それぞれだろうし…」
「かーっ、これだから立花は!なあ、桐生、お前なら分かってくれるだろ?」
「いや、俺としては4組で一番は沢渡さんだな」
「それ男じゃねえか!」
俺はその話題にはさほど関心が無く、頬杖をついてぼーっと二人のやりとりを聞いていた。
「ん?なんだあれ」
だからクラスメイトのその声が聞こえてきたときも、俺には関係ないと最初はつい聞き流していた。ただ、他のクラスメイトはしっかりと反応したようだ。彼の指さす先を見た人が「あ、ほんとになんかある」「月食?にしては明るいよね…」などと声を上げる。やがてその話題はクラス全体に波紋するように広がり、やがて俺たちの所にも届いた。向かいに座った佐藤も億劫げに皆が見やる方向を向く。
「なんだようるせーなあ。今大事な話の最中…ってうおおおおおおおお!!」
「お前が一番うるせーよ…」
「い、いや、あれは驚くだろ普通!立花もあれ見てみろよ!」
「なんだよ、どうせ飛行機が近くを飛んでるとかだろ…!?」
俺は次に目にしたものを見て絶句した。
空に幾重もの黒い亀裂が走っていた。
それほどは大きくないが、確かに空にひびが入っている。雲一つない群青色の空を割れた鏡で写せばちょうどこんな感じに見えるんだろうか。幾重にも走る黒いひびの軌跡は、透き通った快晴の空と相まってかなりの異質さを放っているそう、まるで…。
「空が割れるみたいだな…」
「…!」
俺はがばっと声の方向を見やる。その先には驚いたように俺を見る桐生の姿。
「集。どうした。さすがに今の例えは少し不謹慎だったか?」
「桐生…。いや、なんでもない」
「おい、お前らは写真撮らなくていいのか?もしかしたら宇宙人とかのメッセージかもしれないぞ」
今や教室内にはどよめきが起こり、カメラのシャッター音が続いている。佐藤も「すげー。なんなんだろうなあれ」と携帯から何度もフラッシュをたく。だが、そんな光景を見て焦燥感だけがじりじりとと積もる。俺にはアレがのんきに眺めていていいものにはどうしても見えなかった。気付けば、背中にびっしょりと冷や汗をかいている。
そしてそれを眺めているうちに俺はある異変に気づいた。周りの奴らはレンズ越しばかりで空の亀裂を見ているので、まだ気づいた様子がない。俺は写真を撮るのに夢中になっている佐藤を尻目に、空を興味深そうにじっと眺める桐生に訊ねてみる。
「…おい、桐生」
「ん?なんだ集」
「あの空のひびって、あんなに亀裂が多かったか?」
「…!本当だ。さっきよりひびが増えてる…」
そう、ひびは今もなお増え続けていた。その光景はあるもの連想させた。
(まるで中から卵を突き破られていくみたいな…)
そのときだった。遂にその空が割れた。
その瞬間、教室は割れんばかりの大歓声。まるで何かの演奏なのかと思うような多くのシャッター音が教室中で鳴る。
そして空の割れた隙間からはやがて、たくさんの黒い点のようなものが町へと落ちていく。
「何あれー!街に落ちてくよー」「雨かなー」と話し声が聞こえる。もちろん雨なわけがない。雨粒がこんな離れたところから目視できるわけがない。
そして落下したあたりから爆発音。見れば真下には燃え盛るマンション。やがてそこから、ここまでも聞こえてくる怒号と悲鳴。ここになってようやく、教室からお祭りのような気配が消え失せた。もうシャッター音も聞こえない。今にして思えば、さっきのシャッター音の嵐こそが、この地獄のような一日の開演を知らせるブザーだったのだ。
20XX年某日、そうして忘れられない一日が始まった。