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3.猟奇的な彼の素姓。

 はいたい、沖縄のお父さんお母さん。がんじゅーい?

 娘は遠く故郷から離れた地で、身内でもない、恋人でもない少年と一つ屋根の下で暮らす事となりました。

 どうかはしたない娘と言わないで下さい。十分反省しています。

 お母さん、私が初めて飲み会に参加する時にこう忠告してくれましたね。


『酒は飲んでも飲まれるな』


 今更その意味が心に染みて分かりました。手遅れだけど。


「すみません、このテーブル少しどけても構わないですか?」

「あ、はいどうぞどうぞ」


 出しもしない脳内でしたためていた手紙を引っ込めて慌てて答える。それにニコリと爽やかに受け止めた彼は手際よく食卓にしている猫脚の座卓を端に寄せ、私は元々あったソファと入れ替わってベッド機能が加わった新しいソファが運ばれる様を溜息堪えて眺めていた。

 新しいソファベッドを抱える業者のお兄さん二人が身を縮めながら試行錯誤でどうにか運び入れてくれた事に気が咎めて仕方ない。

 ごめんなさいね、部屋の大きさに合わない物を運ばせて。でも1DKなりにも風呂トイレ別で家賃も良心的でとても良い部屋なの。駅から離れてるのと築年あるけど良い部屋なの。

 というか私の城は悪くない。ミソギ君が悪いのだ。ミソギ君が勝手に自分の寝床を用意しちゃったものだから私にはどうしようもないんだ。

 部屋の主は私の筈なのにね。


 どうにもこうにもミソギ君との共同生活宣言から一夜明けた、同居(?)一日目の本日日曜日。

 私の貴重な土日休みは疲労と不安で食い潰されようとしている。

 昨日は終日ごろ寝で読書をしていたミソギ君は今朝になって急に準備があるからと言ってあっさり家を出て行った。まるで嵐でも去ったように安心したのも束の間、午後になりまして突然家具屋から配達のお兄さんが差し向けられて私は非常に困惑しております現在。

 酔って自棄になった勢いで素姓も知らない異性を招き入れる愚鈍さを反省したばかりだったのに、突然の来訪者に取って食われて招き入れてはなんの意味もない。

 大体どこまで本気なんだ。恋愛が出来ない私に恋をさせる為の同居ってどんな無理な言い分よ。自分でも無茶苦茶だって分かっている。

 更に相手は未成年だ。初めは身長差から中学生くらいかと思っていたけど実は一七歳と知ってやや安心したが、アウトはアウト。

 私の人生、どう転ぶんだろう。今まさにどう転げ落ちているのだろう。

 頭を抱えて嘆きたいところ業者さんの手前それは我慢で、何事もない顔をして玄関まで見送った私、偉いぞ。


「つーか、マジでこのままでいいのか私……」


 へなへなと玄関に崩れ落ちて一人嘆く。

 ミソギ君は朝から不在。準備と言っていたのは今のベッドも加えた引越しの支度だとして自宅にでも戻ったのだろうか。

 何処に住んでいるのだろう。そもそもこの同居に関して向こうの親は何も言わないのか。私から何か言った方がいいのではないか。

「お宅の息子を預かった」って? 誘拐犯じゃあるまいし。

 私から行動を起こすべきなんだ。もっとちゃんとしっかり毅然とした態度で、NOと言える日本人になるのだ。

 しかしだ。

 躊躇わずにはいられない理由がある。

 私は要因の一つである物を横目で見た。

 シューズボックスの隣りの傘立てに立て掛けられた緩く弧を描く木製の刀身。日本刀を木で模しているのだから当然刃はないが、これで殴って当たり所や力加減を誤れば骨折以上の攻撃力を持つ凶器である。

 それを平然と抜き身で持ち歩いていたのがミソギ君だ。もっと言えば、その木刀を持って襲いかかって来た男を返り討ちにして獲た戦利品らしい。

 どこの武蔵坊弁慶かとツッコミたくなるが、問題なのはミソギ君が偉く喧嘩の出来る子だって点。因みにその時引き摺られていたチンピラが木刀の持ち主らしいけれど、その後あの人がどうなったか分からないのが少し怖い話である。


 ――であるからして下手に拒否してミソギ君を怒らせたくないのである。


 ヘタレ?

 何とでも言って。怖いものを怖いと言って何が悪い! 私が強気になれたのは酔って気が大きくなった時だけよ!


「寂しいなら猫でも飼えっての! そこら辺で子猫でも拾って振り回されていれば良かったのにどうして虎になっちゃうかなぁ~」

「それって誰の話?」


 ガチャリと急に玄関ドアが開いて、私の心臓は口から飛び出す勢いで跳ね上がる。


「ミ、ミソギ君っ」

「独り言、大き過ぎて廊下まで聞こえて近所迷惑。それとも見えない誰かと話してた?」


 呆れた物言いで彼が上がりたそうに靴を脱ぎ始めるので慌てて私は狭い玄関から捌け、狭い廊下の右に折れてダイニングへと入る。

 しまった。どうせならその場でミソギ君を追い出せたかも知れないのにどうしてどいてしまったのか。それ以前に留守中に鍵かけて締め出せば良かったのに。


「へぇ、僕のベッド届いたんだ」


 迂闊過ぎる自分に何度目かの溜息をついていると、ミソギ君は真っ直ぐに真新しい自分の城に腰を下ろす。


「うん。値段の割にはいい具合だね。スバル、予備の布団はある?」

「予備があるにはあるけど……」


 カバーも合わせてフェミニンなピンクの花柄なんだよね。

 そう言って押入れの実物も見せるとミソギ君は渋い顔で眉間に皺を寄せる。ミソギ君の趣味で選んだであろう、チャコールグレイのソファベッドには不似合い過ぎた。私としては花柄ピンクに包まれたミソギ君は怖い物見たさの一環で興味があるけど、多分、男の子には深刻な問題なのだろう。

 あ、もしかして此処で諦めさせるチャンス?


「――仕方ない。呼ぶか」


 ワクワクと期待していた私の反面、渋々と言った感じでポケットからスマホを取り出したミソギ君は何処かに電話をかけ始めるとベランダへと出てしまった。

 呼ぶって、誰をだろう。

 というか、見知らぬ誰かをこれ以上部屋に上げたくはないのが乙女の心情なんだけど聞き入れてはくれそうにもないよね。ミソギ君は強引だし、怖いし。

 お茶菓子なんて切らしているよとまで考えてはたと気付いた。

 なんで私は受け入れ態勢になっているんだと。

 どうにか断ろうと意気込んでいたのがミソギ君の顔を見ると急に萎んでしまったみたいだ。

 怖いと言う気持ちはある。昨夜の情景は暫く夢に見そうなインパクトは十二分にあった。身長は私より少し高いくらいのくせに妙に腕っ節がありそうな雰囲気を持つからその得体の知らなさが怖い。恐怖はしっかり持っている。だから同居には反対したいのに、どうして私は彼の顔を見るなり妙に毒気を抜かれた感じになっているのだろう。

 不在の時は印象だけで怖さが先立っていたものが、本人を前にするとあまりに無害そうに見えたから?

 このソファベッドも象徴しているようだ。

 一人暮らしのこの部屋にはミソギ君用の寝室は当然なくて、いくら私が恋をさせろと言ったとは言え私の部屋に押入る気は最初からなかったように思える。寝室が単に狭いという理由もあるだろうけど見えない境界は持っているのかも知れない。

 それに、酔い潰れ泣き崩れ歩きたくないと駄々を捏ねる私を家まで運んでくれたのはミソギ君だ。

 放っておくことも出来た筈なのに根は優しい子なのだろう。

 たとえ木刀担いでチンピラ引き摺りながら闊歩する子でも!

 むしろ力で組み伏せるなら簡単にしてる頃だ。私を好きにするならとっくに済んでいる。それでも何もしないのは、その気がないからだ――と思える。

 と言うより、昨日一日警戒しながらミソギ君を観察して気になった事があった。


「ミソギ君は好きな子いないの?」


 ミソギ君が呼び寄せた誰とも分からない相手を待つ間お茶を飲みながら尋ねる。能動的にお茶を出す辺りが私の駄目なところだという指摘はさておく。

 コーヒー党らしいミソギ君は出された紅茶をやや味気なさそうにすすりながら首を捻った。


「いたらスバルと同居しようと思わないんじゃないかな。世間一般的なコミュニティの価値観でい言うなら多分」


 きょととした顔でミソギ君は何でそんな事聞くのかと返す。

 どうしてって聞かれたら答えるのはなんとなく照れるのだけど、そこで引っ込んだら確認も出来ないので思い切って口を開けた。


「実はミソギ君も、恋、した事ないんじゃない?」

「だから? 僕が恋を知らなきゃ貴方を落とせないとでも言いたいの?」


 急に怖い顔になるミソギ君に私はとんでもないと必死で否定する。決して馬鹿にした訳じゃない事を重ね重ね説明しながら顔色を探りつつもう一つ尋ねるのはもはや半分度胸試しだ。


「け、喧嘩は好き?」

「大好き」


 即答も即答。おまけにアイドル顔負けの神々しい笑みを浮かべて心底正直な気持を言ってくれたのが分かる。


「弱いくせに意気がっている勘違い野郎とか屈強を自負している男のプライドを僕の拳で砕く瞬間が気持いいんだ」

「…………そう」


 綺麗な笑みで物凄い不健全に怖い事を滔々と語る少年に私は内心怖くて怖くて仕方がなかったけど、これでなんとなく彼の乗り気の理由が想像出来たような気がした。

 喧嘩が大好きなミソギ君。

 負けず嫌いなミソギ君。

 プライドの高いミソギ君。


「私に恋をさせるのも、勝負の一つなんだね?」

「何を今更。スバルが吹っ掛けた勝負じゃない」

「――っ!」


 エウレカ!

 思った通り、恋と喧嘩を混同させてるミソギ君に私は一縷の光りを見出だす。

 此所で恋と勝負は別物だと誤解を解けばこの同居生活騒ぎも解消。晴れて私は自由の身となれるのだ。


「あのね、ミソギ君実は――」


 それなら早い所切り出さなくては。

 善は急げと口火を切りかけた時、ピンポンと来訪者を告げるチャイムが鳴った。



 * * *


「若、ご所望の品を持って参りました」

「ご苦労、早速中に運んで」


 布団を運んで来た来訪者を我が物顔で部屋に通すミソギ君を私は唖然として見ていた。

 我が者顔のミソギ君なんて今更。問題は来訪者の方だ。

 きっちりと髪をオールバックに整えて黒のスーツをビシッと着こなしネクタイまでタイピンで留めてしっかり締めている男性。

 うん。身形だけ言えば問題はない。ないけどね。


「若、これから世話になる姉さんにしっかり挨拶して来いとボスから拝命されたんで、面通しお願い出来ませんか?」

「そうなの? 全く鮫島は真面目だね。スバル」


 後生だから私の名前を呼ばないで!

 泣きたい気持で首を振って拒否を示したがそこは強引なミソギ君が腕を引き、鮫島さんとか言う人の前に連れて来る。


「貴方が天願昴さんで?」

「は、はひっ」


 上手く舌が回らずに私は鮫島さんを見上げ、今にも腰を抜かしそうなのを辛抱する。

 鮫島さんは身形こそキチッとしている。しているけども、二メートルは近そうな長身に鋭い目付きと眉間に斜めに刻まれた傷跡を隠すような厳ついサングラスと言ったオプションってどうなの。一目見た瞬間からビビリ指数が急上昇だよ。正直震え上がってしまったよ!

 だって、どこからどう見てもヤのつくご職業の方だもの!!

 しかもミソギ君の事を‘若’とか呼んじゃってるしっ! 全くカタギの空気を匂わせてくれないしっ!

 挨拶って何!?

 鉛玉とかじゃないよね!?

 代わりに訛るからとかじゃダメ!? つまらない!?

 冷や汗どころか心臓まで凍り付きそうな私に鮫島さんはずいっと身構えので私は息を飲む。そして――


「この度はうちの若をお預かり頂き、誠にありがとうごぜぇやしたぁっ!」


 ビリビリと空気が震えるくらいの声を張り上げ、鮫島さんは額を思い切りフローリングに擦りつけて惚れ惚れするような見事な土下座をして見せた。


「――……は?」


 どうしてそこで土下座。

 想像の範疇を超えた状況に私はまだ顔を上げない鮫島さんの後頭部をポカンと見つめる。


「うちの若はぁ大層腕っぷしも強く、一族切っての期待の星ですがぁいかんせん、女性に全く興味がなく、人の感情の機微にとんと疎いっ! それでボスはぁ将来の跡目を考えてはほとほと困り果てた所でございやしたぁっ!」


 そんな時です!

 見事な口上を切り上げて勢い良く顔を上げると鮫島さんは私を一心に仰ぎ見た。


「若が‘とある一人の女性を恋に落とすまで帰れない’と言ったではないですか!」


 いやいやいや。勘違いですから、それ!!

 ――とはとても言えず、感激でうっすら涙まで浮かべる鮫島さんは再び床に頭を擦り付けて叫んだ。


「自分からもお願ぇします! どうか……どうか若に人並みの感情を与えて下せぇっ」


 随分な言われようだな、ミソギ君。

 同情を含みつつそう思うが、付合いの浅い私には分からない問題がまだミソギ少年にはあると言う事なのだろう。

 大の大人にそこまで言わせるミソギ君って本当に一体何者なのかと彼を窺い盗み見るが当の本人は早々に飽きて持参したらしい小説を読んでいる。

 しかし困った。これではますますミソギ君を追い出しにくくなったではないか。親公認な上にヤのつく人が関わってしまった。

 これではいつしか近いうちに三面記事の主役になるのではと危惧していたら、つきましてはと声を普通のトーンに下げて鮫島さんがおもむろに懐から何かを取り出す。

 今度こそ鉛玉!?

 反射的に後退った私に差し出されたのはまた予想外に別の物。


「これをお二人の生活の足しにして下せぇとボスからです」


 とんと、差し出されたのはこのままトランプのようにカードが切れそうな厚みをしっかり帯で締めて正装した諭吉さんの集団でした。


「ゆ、ゆくしぃ~……」


 動揺で訛り全開に嘘でしょとその束を手に取る。きっと両面だけが本物で、間は新聞紙とかでカサ増ししているに違いないんだと数枚捲って見て私は今度こそ腰を抜かした。

 ……本物だ。

 本物の諭吉さんに私は面食らいながら、これで札束扇が出来るわ~などと心の中で密かに現実から全力疾走で逃避した。



 

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