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14.きっと優性遺伝。


 髪を切った。

 あの日の追走劇から明けて日曜日、なんとなく、何かを切り捨てたいようなそんな気持ちに駆られ、私は通いの美容室に予約を捩じ込んで飛び込みで駆け込んだ。

 元々長くもないボブヘアではあったけど、伸びて斜めに流していた前髪を眉に沿って揃え全体の頭のシルエットを円くしたショートボブに切り揃え、カラーリングで明るいイメージにしてもらった。私を担当する前田さんは「カエラみたい」と評したけれど、あくまで過剰に褒めてのご愛嬌だ。

 ともかく見た目の印象が随分変わったのは確かで、以前の私をすっかり脱ぎ捨てた今の仕上がりに満足をしている。ただ、ミソギ君は難しい顔をして「似合うよ」の一言。

 ミソギ君からの一応の褒め言葉は釈然としないながらも有り難く受け取った。あまりつっこんで尋ねてはいけないような気もしたから。根拠なんて特にないけれど。

 そんなわけで私の土日休みは波乱と美容室で終わったのだった。なんて落差だろうとツッコまれそうだけど、ミソギ君の味わう日常ってきっとこんなものなんだろうなって思った。


 そして翌日。始業前のロッカールームで早速真希が土曜のデートの進展で心境の変化があったかと期待に胸を膨らませて聞いてきてくれたが、それはないと一蹴させて貰うと案の定彼女から不評を買った。


「はあ? せっかくの映画デートで何してんだよあんたら。恋愛映画か~らーのー食事か~らーの夜景か~らーのーホテル街な定番コースすらこなせないなんて、色々枯れ過ぎ」

「そもそもの定番が時代あり過ぎね。悪いけど、映画もちょっとしたトラブルで観れなかったの。デートなんてもんでもなかったし」


 あからさまに呆れる真希に私も負けじと言い返す。


「トラブルって?」

「ミソギ君のお家事情」


 が、チンピラ共に襲われたなんてのは言わない。さすがに特殊過ぎるミソギ君の身の上までは真希には話してないし、心配をかけたくないってのと現実離れしすぎて冗談で終わらされるだろうし。

 それにあまりの出来事に記憶が曖昧で説明しようにも無理なのだ。特に後半の部分。気付いたら私はベッドで寝てたし、ミソギ君は「ショックが強かったんでしょ」とめんどくさそうにして話してくれない。

 とにもかくにもドタバタした土曜日は私にとって疑念を残したままなので、いかに真希が昼ドラ仕立ての予想……もとい妄想を吐こうとも私は始業時間を盾に真実など答えようもないまま有耶無耶に話を切ったのだった。



 * * *


 襟足を短くしたので、ちょっとした事で首裏が寒いなとうなじを撫でる正午。

 秋めいていた季節もいつの間にか冬に近付いているからか、ほんのり肌寒い。

 明日から首に何か巻いた方がいいかな、なんて考えながらそもそも昼食をビル内の吹き抜けの中庭テラスで取るのがいい選択ではなかったと気付く。吹き抜けのテラスは景色は良いけどあまり陽が入らないから余計に冷える。

 昼食の場所を階下の食堂に移そうと、他部署の真希にメールを打って移動の為にテラスを出るとテラス脇にちんまりとある喫煙室から出て来た草薙君と出くわした。


「「あ……」」


 見事なハモりで私達は言葉に詰まる。何せあの日の夜から初めて顔をまともに合わせたのだ。調子よくいく訳ない。


「髪、切ったんだな」

「……昨日、ね」

「似合ってる」

「ありがと」


 そう言って会釈。その時ちらりと視界の端で草薙君が私の頭に手を伸ばすのを見た。その動きの意味するものを敏感に感じ取った私は慌てて一歩踏み出してそれを躱す。


「真希とお昼の待ち合わせしてるから私、もう行くね」


 いくらか不自然だったかな。内心焦りながら、顔にも出さず私はにこやかに手を振って別れを告げた。

 ――つもりだったのに、


「天願はホントに森屋と仲がいいよな」


 草薙君は自然な流れで会話をしながら同行して来た。そして、あの日からの気まずさはまるでなかったかのように他愛のない話をして来る。反面、私はどんどん気まずい気持ちになっていく。悪いことに草薙君と一緒にいたくないと思ってしまうのは、自分の罪悪感を見たくないからだろうか。

 会話の端々に私の近況を尋ねる草薙君は、どこか私に男の影を見い出そうとしているようで居心地悪い。それなのに、はっきりと拒絶出来ない優柔不断さと、いい友達の筈の彼が疎ましく感じる自分の身勝手さに嫌気が差す。

 でも、叶うならこの場から、彼から逃げ出したい。

 身勝手と思いながらその隙を窺うが、結局食堂にたどり着く。頼みの綱の真希はどうやらまだ来ていない。誰でもいい、誰か知り合いがいないだろうか。とにかく私と草薙君の二人だけの会話をさせないような誰か。

 真希と席を探すフリをしながらキョロキョロウロウロ、食堂フロアを歩き回る。もうこの際、説教臭い係長でも、気難しい先輩でも誰でもいいからと顔見知りを探しながら食堂フロアの突き当たりまで差し掛かった時だ。


「――お姉さん、天願昴さんだよね?」


 私を呼び止めるハスキーな声。

 慌てて通り過ぎた窓際のカウンター席を振り返る。そこにはビビッドカラーの赤いカウンターチェアに半分だけ腰掛けた女性が、面白そうに唇を吊り上げて私を手招いていた。

 襟ぐりを大きく開けた真っ白なカットソーに黒のタイトのロングスカートを艶やかに着こなした美女が、膝上の深いスリットからすらりとした足を覗かせた姿はまるで女主人然。

 勿論こんな美女、私の知り合いにはいないのだが、一目見て私はこの人の正体を悟り近付く。


「天願、知り合いか?」


 訝しげに尋ねる草薙君に私は小さく頷いた。


「大事な知り合いなの」

「そゆ事。お兄さんにゃ悪いが、此処はちょいと遠慮してくれよ、ね?」


 見た目とは裏腹に意外とさばさばとした口調で、しかしどこか迫力のある声音で美女はあっさりと草薙君を撤退させる。

 その威圧感はますます彼女の正体に確信を持たせた。

 シュッと筆で描いたような切れ長の瞳に、エキゾチックな奥二重。細い鼻筋に少し尖った鼻先とか、不敵に笑う顔なんて私の知っている彼によく似ていた。あまりにそっくりだから、彼を知る人なら聞かずとも彼女が自ずと誰かの身内だと察しが付く。


「ミソギ君の家族の方、ですね」


 疑問形ではなく断定して言えば、彼女はニヤリと口の片端だけで笑って一応の形式として名刺を手渡す。


「タイガセキュリティーの代表で、ミソギの母をやってる、大河雪タイガススギだ」


 にこやかに握手を求める彼女は、殆ど同じ顔のミソギ君よりも(当たり前だけど)社会に適応した挨拶をする大人ではあったけれど、その握力はおおよそ女性の平均以上のものが伝わったのには確かな血筋を感じた。



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