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11.Emergency!

 シアター内に入ると人人人。黒山の人集り。

 恋愛映画ってのもあり、青少年カップル、壮年カップル……もしくは夫婦、中には中年カップルとやたらと二人組が目立つ。勿論女性グループも多い、よく見れば男性のみって珍しい取合せもいるけど、比率としては男女ペアが圧倒的だ。

 その中に私とミソギ君も含まれる訳だけど。別に恋人でもないのに、傍からはそう見えるのかと考えるとまた胃がキリキリ痛んだ。

 私ってば、何を気負ってるのだろう。馬鹿らしいと何処かで考えながらそんな自分を振り払うみたいに「やけにカップルが多いよねぇ」と何でもなさげにミソギ君に話を振る。

 明確な答えなど別に求めていない。基本、ミソギ君が興味を示すのは「強い人間」だ。だから彼の返事が「さあ」とか関心のないものでもいいのだ。どうでもいい会話で私の中の変な緊張感を解きほぐしたいだけなんだ。

 結論から言えば、そのどうでもいい会話は成立した。しかし、彼が質問の答えなるものを知っていたのは意外だった。


「どうやらこの映画を“つがい”の来場者にはプレゼントがあるらしいよ?」

「つがいって……」


 おおよそ人に使わない表現に口をひくつかせ、それよりも何でそんな事を知ってるのと尋ねればミソギ君は持っていたチラシを見せる。

 館内の所々に設置されている、映画宣伝のフリーペーパーだ。フードコートのカウンターに並んでいる時間が暇だから取り敢えず適当に取ったらしい。さすが活字中毒。

 なるほど確かに、この上映にカップル又は夫婦で来たお客には映画の内容に因んだペアストラップが配られると記載されている。

 映画も話題な上に、このストラップが某ブランドとタイアップしているから品質もデザイン性もいいし、しかも非売品で一部シアターだけのサービスとなれば欲しい人は集まる……のかも知れない。

 正直、並んでまで執着する集団心理が分からないので共感はしかねるが、こういう企画に食いつく人も大勢いるのだなと、私は軽く感心の声を漏らす。


「興味ない?」


 あまりに素っ気ない返事だからだろう。ミソギ君は首を傾げて私を見た。


「ミソギ君は興味あるの?」


 彼こそこんなのに興味がなさそうなのにまるで私の無関心さが残念だと言いたげな顔に変な気分になる。

 のだめといい、今日の誘いに対する腰の軽さといい、ペアストラップといい、ミソギ君は何処か何かが変化しているような気がするのは私の勘違いだろうか。

 半券をポケットに仕舞いながら先に空いている席に向かうミソギ君の背中を眺めていて、僅かに私の歩みが遅れる。それに気が付いたミソギ君が、先ほど購入したドリンクを手早く座席のホルダーに置くと私の手を引いて席まで誘導してくれた。何だかまともなカップルのエスコートみたいでたまらず身を固くする私に、ミソギ君は小さく言った。


「……ペアルックって恋人の定番なんでしょ?」


 さっきの会話の続きかな。

 先程とは違い、「恋人」と言う単語に目を丸くするとどうしてだかミソギ君が顔をしかめる。


「別に、僕とスバルは恋人ではないけど、これはリハビリ……というか勉強に近い状態なのだろうけど、貴方、本気で恋愛をする気はあるの?」


 何故か棘が含まれた言葉が私に突き刺さる。

 もしかしなくともミソギ君、怒ってる、よね。目が、私に向ける視線が心なし冷たい。

 何が彼を怒らせたのだろう。振り返っても心当たりが思い当たらない。

 分からない。分からないけど、座席シートの狭い空間を突っ立っていても周りの邪魔になるだけで、私は仕方なく機嫌の悪いミソギ君の隣に腰掛けた。

 私、何か悪い事をしたのだろうか。

 考えてもきっかけが今の会話しかない筈なのに、そこの何処に地雷があるのか分からない。

 胃がまた痛む。上映が始まると抜け辛くなるし、いっそ今から席を立ってしまおうか。

 そんな逃げの選択が脳内を過ぎるが、誘った手前、しっかり長い足を組んで座っているミソギ君を置いて行くのも気が引けた。そうこう迷っている内に会場は暗くなり隣でミソギ君が新しいスマホの電源を落とすのが見えて、慌てて私もそれに従う。

 全く、どうしてこうなってしまったのだろう。

 重い息を零して背もたれに頭を預け、軽く仰ぐ。

 照明の落ちたシアター内。グリーンの非常灯も今は消え、巨大な白いスクリーンに近日公開予定の映画予告が映し出され始める。その内のアクション映画の予告の大迫力の画面と大音量の爆音に気を紛らわせようと正面に目を向けると、ふと視界の端にコソコソと動く二、三人の影が見えた。

 少し遅れて入ったお客だろうか。まだ予告だし、このタイミングで入る人も珍しくもない。

 特に気にすべきものでもないのに何となく注意が行ったのは、それが複数の男性客だったからだろう。ただでさえカップルと女性ばかりの客層の中、男性グループは珍しく見える。しかも席が見つからないのか、キョロキョロと入口付近で固まっていたから余計に悪目立ちしている。スクリーンに影が被る訳でもないから気にしなければいいだけなのだが、私達の席が上段にあるだけにどうにも視界に入りやすい。

 開始時間はちゃんと決まっているんだから、早くに入場したらいいのに。それとも男ばかりの顔ぶれが気恥ずかしく、敢えて暗くなってからのタイミングを狙ったのだろうか。その場合なら微笑ましいと、そんな想像を膨らませていると彼らは席を見つけたか、こちらに向かって階段を上がって来る。

 席、この辺りなのだろうか。そう思い、いい加減ジロジロ見るのも失礼だし万が一目が合うのも気まずいので視線を外すと、ミソギ君が声を顰めて私を呼んだ。


「……スバル出るよ、荷物持って」

「え? だって映画はまだ……」


 始まってもいないのに?

 言いかけて鋭い黒い眼光に射竦められる。

 ああやっぱり機嫌が悪い。きっと映画も見たくない程に腹立てているんだろうな。謝ればこの場は収まるかも知れないけど、怒る原因も分からないのに下手な謝罪は火に油を注ぐ場合が多い。

 此処は私が大人になって従うのが無難だろう。

 仕方ない。

 膝に乗せていたバッグを肩に掛けて立ち上がろうとすると、何故かミソギ君は私の手を引いてそれを制した。


「今じゃない」

「はあ!?」


 意味が分からない。出るとか今はまだだとか、どっちなのよ。それともこれも機嫌の悪さで振り回してる訳!?

 流石に私もイラッと来て、何か言い返そうかとしているとミソギ君の目が一層鋭さを増した。

 怒ってる――というよりも緊迫してる?

 まるで猫が小鳥を狙うタイミングを窺っているような目。それは何処か活き活きとしていて、まるでゲームを目の前にした子供みたいだ。

 声をかけようとした瞬間、ミソギ君の手がホルダーに置いた私のホットコーヒーに素早く伸ばし、ある箇所目掛けてその中身を思い切りぶちまけた。

「ぎゃあっ」という悲鳴は私達のすぐ背後から響く。慌てて振り返ると熱いコーヒーを顔面に浴びせかけられた男が顔を両手で覆いもがいていた。


「ミソギ君っ!?」

「今だ! 走るよっ」


 言い咎めるよりも早くミソギ君が私の手を引き、強引に走り出す。一斉にざわつく場内。

 何事かと誰かが言う。私もそう言いたい。聞きたい。

 それより何より、見ず知らずのヤンキー風なお兄さん方の怒号が私達に降りかかるのはどうしてだ!


「見つけたぞ大河ーっ」


 心臓に痛い怒声と共に、ニット帽を深く被ったいかにもB系ファッションの青年が唐突に拳を振るう。

 が、それを軽く手で受け止めるとミソギ君はまるで羽根でも生えたようにふわりと飛び上がり、両足を思い切り相手の胸に突きつけて弾き飛ばす。見事なドロップキックだ。

 それを間近で見ていた観客の一人の悲鳴。もう映画鑑賞どころではない。


「ちょ、何これ!? あの人達は誰! 一体どういう状況なのよーっ!!」


 たまらず声を張り上げる。するとミソギ君は何ともうきうきとした表情で目を輝かせて、子供のように無邪気に笑った。


「敵襲だ。此処じゃやりにくいから走るよ」

「は、走るって何処に!? てゆか敵襲っ!?」


 一体全体何が起きているんだ。

 敵襲!?

 なんて時代錯誤もいいハイイベントだ。

 此処は戦国? 君は信長? 本能寺!?

 パニクる私などお構いなしに、ミソギ君は私の手を引いて走った。


「怒鳴ると舌噛むよ」


 そう言われて今は黙る。

 外に出るなりいつの間に集結したのか、いかにもな分かりやすい身形で柄の悪い兄ちゃん共がこちらを追って来るのだから必死にならざるを得ない。

 何処も彼処もミソギ君の姿を認めるや否や「大河が出てきたぞぉ!」「入口を固めろ、逃がすな回れっ!!」「死んでも殺せぇっ!!!!」とか幻聴に留めておきたい野太い声が聞こえる。

 これはミソギ君に指図されなくとも走るわよ。逃走に徹するわよ!

 全力疾走なんて何年振りだろうか。

 そんな事をぼんやり思いながら、とにかく私は走った。

 比喩でも冗談でもなく、混じり気のない純度の本気を持って私は走る。


 この状況から生き抜く為に――……!


  

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