シンデレラ3
「そもそもは日向様が悪いんですよ?」
ぺローの顔は『俺は悪くないですよ』とでもいいたげな顔だった。
なんてふてぶてしい。
本来はシンデレラ役の女の子が拾うはずだった物を、日向が過って拾ってしまった。だから日向は今ここにいる。
「俺だって悪いと思ったから、こうやって王子役なんて寒い役、やってやってんじゃないか」
王子なんてガラじゃない。俺は一般人なんだから。
「自業自得だからそれは我慢する。だがっ!あのシンデレラはないんじゃないか!!」
いきり立つ日向を、ぺローはまぁまぁと宥める。
「急ぎの変更だったので、あの様な少女になりましたが一応シンデレラですから。おとして下さい」
にっこり笑顔のぺローを見ながら、あの時の言葉はこう言う意味だったのかと今更ながらに察する。
『絶対におとして下さいねー』
おとすのが難しいだろう事を知ってのセリフだ。
憎らしい・・・。
「あの女、無理矢理押し付けられたーとか言ってたけど、本当なのか?」
「・・・まぁ、なんと言いますか・・・本当ですね」
シンデレラに魔法をかけた魔女役はぺローがしたらしい。普段は『役』としては出ないようにしているらしいのだが、今回は緊急事態だ。
仕方がなかったらしい。
そんなぺローいわく・・。
シンデレラとした少女は綺麗な服や豪華な物などには全くと言っていいほど興味がなかったらしい。
母親や姉達に虐められてはいるが、それも良い人生経験だし逆に洗濯や料理や掃除など、いろいろ覚えられて得だと思っているような女の子、なのだ。
「なので、魔女役な私が無理矢理連れてきました」
大変でしたよー。なんて言ってるが、そもそもなんでそんな女をシンデレラにしたんだよ?
「時間がなくて」
この男は全部その言葉で済ませるつもりだろうか。『時間がなくて』『変更が多くて』?
はぁ・・・・と日向はため息をつく。
只今の時間、午後11時45分。シンデレラの魔法が切れるタイムリミットまで、後15分。
その間になんとしてでも日向を好きにならせて、ダンスをしなければならない。
できるだろうか?
もんもんと考えこんでいた日向にぺローは、「大変ですよ、日向様」と少し焦ったような声で話しかける。
「どーしたんだ?」
「シンデレラが帰ろうとしているみたいです」
なんですと!?
「ちょーぉと待ったぁーーぁ!!」
お城の外階段を歩いていたシンデレラにストップをかける。
なんとか間に合ったようだ。
「・・・・何?まだ何かようなわけ?」
振り向くシンデレラの顔は物凄く嫌そうな顔だった。
まじでストーカーかよ、とか思われてたらどうしよう。
「なんで帰ろうとしてんだよ」
「もうすぐ12時だし。魔法がきれる15分前行動」
「・・・偉いな」
「ありがとう」
って、そうじゃなく!
「まだダンス踊ってないだろ?そんなんで帰っていいのか?」
「お城の料理は食べたし。私がやりたかった事はした。それに12時まではいてくれって言う魔女との約束は守ったし」
そうですかー。
料理が食いたかっただけですかー。自分の料理の探究のためだろうか。それとも本当に食べたかっただけか?
「15分前に帰ってたら約束守った事にはならないんじゃないのか?」
「魔法がきれるのは12時ちょうど。何事も事前行動が基本でしょ?」
偉すぎる。
どんだけ優等生なんだこの女は。
今度は日向が呆れた顔をする番だったが、頭を振って気持ちを切り替える。
よし、と自分に気合いをいれてシンデレラを見る。
「まだ帰るなよ。俺とダンスを踊ってくれ」
日向はシンデレラに手を差し伸べる。
「・・・なんで?」
シンデレラは日向をじっと見る。青い瞳が真っ直ぐに日向の黒い目とぶつかる。
「一目惚れしたからだよ。さっきも言ったと思うけど」
嘘だけど。
可愛い子だなーとは確かに思うが惚れてはいない。しょせん物語の中の人物だ。好きになっても仕方がない。
それに日向はどちらかと言えば歳上が好みなのだ!
「一目惚れ、だなんて物凄く嘘臭いんだけど」
シンデレラは鋭く突っ込む。母親や姉達のせいで、とてもいい性格に成長しているようだ。
騙されてくれれば、丸くおさまるのに・・・!
「まぁいいからいいから。踊ろうぜ」
日向は成功法で行くのを諦め、なかば強引にシンデレラの手を握る。好きだ惚れたと言ってもこのシンデレラには通用しないだろう。
だったら・・・・
「ちょ、ちょっと危ない!」
階段をかけ上る日向に手を引かれる様にして、シンデレラも階段を上る。
履きなれない靴と着なれない服とで転けそうになるが、なんとか階段上の少し開けた場所まで無事に辿り着く。
「なんなのよ、いったい」
「中まで戻ってたら踊る時間なさそうだし、ここでいいかな、いいよな」
一人ぶつぶつと呟く日向に、シンデレラは顔を向ける。日向はそんなシンデレラに笑顔を向け、両手を握り、
くるくると廻った。
文字通り、くるくると。
「・・・・何?これ」
「ダンス」
「ダンスって。手を繋いでくるくる廻ってるだけじゃない!これはダンスとは言わないわ!」
周りからみたら何廻ってんだ?とか、バカか?とか目回らないのかな?とかどこの子供だ?とか思われるに違いない。
幸い周りに人影はなかったのでその心配はいらなかったが。
「・・・楽しいの、これ・・・?」
「俺だってやりたくてやってんじゃねーよ。しょうがなくだ」
開き直った日向は強かった。しょせん物語、しょせん絵本の世界、だ。知り合いもいないから見られる心配もなし!終わったら記憶を消されるから、羞恥に苦しむ心配もなし!
今だけ頑張れ、乗り越えるんだ・・・!!
「はい、修〜了」
何分かくるくると二人で廻った後、日向はシンデレラの手を離した。
「・・・・・・」
「楽しかったか?」
「楽しいわけないじゃない。慣れない靴でくるくると廻らされて足が痛いわよ」
「そーかそーか」
日向は笑顔を顔に張り付けたまま、シンデレラの目の前に手を伸ばす。
シンデレラはその日向の手をじっと見る。
「何?まだ廻るわけ?」
「違う違う。足、痛いんだろ?靴、履いてるの辛いんだろ?脱いだ方がいいよ。俺が預かっておくし」
ちょーだい、と日向は暗にシンデレラに言っているのだ。シンデレラは青い目を細め、日向を睨む。
「もしかして、最初から靴が目的だったわけ?」
「違うって。辛そうだからって言う俺の優しさだろ?男の好意は素直に受けるもんだぜ?」
そう言って日向は強引にシンデレラからガラスの靴を剥ぎ取る。
「ちょっと!?」
「代わりに俺の靴履いていけばいいし、はい」
自分の履いていたコンバースのスニーカーを脱いで地面に置く。
シンデレラが尚も日向に何か言おうとするのを遮るかの様に、城の中から大きな音がした。
ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン。
「嘘っ、もしかして12時なの!?」
「みたいだなー。早く帰った方がいいぞ?」
手にガラスの靴を両足持った日向は、シンデレラに向かって手を振る。
「靴、返しなさいよ!」
「後でちゃんと返すって」
「信用できるわけないでしょ!?」
掴みかかってきそうなぐらいに叫ぶシンデレラに日向は、「じ・か・ん」とはっきりゆっくり言い聞かせる様にして言う。
シンデレラは悔しそうにしながらも、諦めたのか日向に背をむけ階段をもうスピードで降りだした。
裸足で。
「俺の靴、履いていけば良かったのに」
そのままになっていた自分の靴を履きなおし、手に掴んでいた物を見る。
「なんとかガラスの靴、ゲットだな」