シンデレラ2
『シンデレラは魔女の魔法で綺麗なドレスを着ることができ、とても喜んだ。だが、お城まで行くための手段がない。魔女は微笑み、カボチャを馬車にネズミを馬と業者に変え、シンデレラに与えた。
魔女の魔法に驚き目を見張りながらもシンデレラは魔女に促され、カボチャの馬車に揺られうきうきしながらお城へと向かう』
カボチャの馬車の中でシンデレラは何を考えていたのだろうか。これから行く初めてのお城に胸を馳せ、魔女の魔法により着ることのできた憧れの綺麗なドレスや靴を、何度も眺めては目をキラキラさせ、顔はきっと緩みっぱなしだったに違いない。
先にお城へ行っている母親や姉達が自分の、いつもとは違う見違える様な綺麗な姿を見たらきっと腰を抜かすほど驚くに違いないと、少し出し抜いた思いで嬉しくなりつつ、満面の笑みを浮かべながらカボチャの馬車に、ゆったりカタコトと揺られながら進んでいく。
嬉しくて、わくわくして、笑顔になって。心が踊って、ドキドキして、緊張して。
そしてこれから行く王子のいるお城でのパーティーが、楽しみで。
そんな気持ちでシンデレラは、カボチャの馬車に乗っていたのかもしれない。
日向紘は今ダンスホールの中にいた。色とりどりのキラキラしたドレスを身に纏い、綺麗に着飾った女の子や女の人、女の方などが大勢いるダンスホールを一人歩いている。
途中、ドレスをヒラヒラさせながら走り回る女の子に、無邪気な笑顔を向けられ、ワイングラスを両手に持った、胸を物凄く強調させたような赤いドレスを着た女の人に迫られ、お母さん世代の方達に、『うちの娘と一緒にお話しでも』や、『うちの娘は優しく気立てがよくて一番可愛い女の子なんですっ』や、『王子のタイプはどんな女性なのですか』などいろいろ言われ、逃げる様に人と人との間をぬって歩いていた日向は、
未だシンデレラを見つけられずにいた。
足を止め、壁に掛けられている巨大な柱時計を仰ぎ見る。ちくたくちくたくと、大きい割には可愛らしい音をたてている柱時計の時刻は、午後11時15分。
日向がダンスホールに入ったのが午後10時ぐらいだったので、もう1時間以上もたってしまっている。日向はため息をつきながら隅の方の壁に寄り、もたれ掛かって広いホールを見渡す。
シンデレラなどすぐに見つかると思っていた。絵本のお話しの中では、王子はとびきり綺麗なシンデレラという女性に目を奪われ、ダンスに誘う。日向もそんなお話しの様に、シンデレラを見つけたらすぐにそれだと分かるだろうと鷹をくくっていた。もしかしたら向こうから近付いて来てくれるかもしれないなと少しばかりの期待をも抱いていたのだ。だが、その甘い考えがそもそもの間違いだった。
ぺローが開けてくれた扉から、日向がダンスホールに入った時、真っ先に驚いたのはその広さと人の多さだった。
奥にいるだろう人が小さく見える程のだだっぴろいホールに、大きな丸いテーブルが等間隔で何個も置かれている。その上には美味しそうなパンや、肉や野菜の料理が所狭しと皿に乗せられ置いてあり、テーブルの周りには何十人もの女の人や男の人が、楽しそうに談笑している。
天井には、落ちてきたら確実に何人もの死傷者が出るだろう巨大なシャンデリアがあり、広いホールにキラキラと、眩しい光をいっぱいに落としていた。黒い服を着たウェイターっぽい人が、丸いおぼんに飲み物を乗せ、器用に人を避けながら歩いていたりもする。
日向はあまりのパーティーの規模のでかさに、声も出ず口をぽかんとあけてその場に立ちすくんでしまっていた。そんな日向を扉近くにいた何人もの人達が、好奇の目でじっと見ているのに気付き、しらず顔が熱くなるのを感じた日向は思わず下を向いてしまう。
「もしかして、王子様ですか?」
問われた質問に日向が顔を上げ、はいと答えた瞬間、周りになんだか微妙な空気が流れた。何なんだと思っていると、微かに『小さくない?』や『まだこんなに幼かったっけ?』など口々に日向の外見に関する厳しいお声が聞こえてくる。
確かに日向はまだ高校1年生でぴちぴちの16歳だ。身長も165cmと普通で、顔も当たり前だがまだ大人になりきれていない。本来の『シンデレラ』の設定であれば王子はきっと成人している、もしくは成人間近の男性設定の筈だ。だからまだ16歳の日向がそんな風に言われるのはしょうがない事だとは思うけど、やっぱりかなりへこんでしまう日向なのだった。
微妙な空気に耐えられず、日向はホールを奥へと進む。すれ違う人々に見られはするが奥へ奥へと進むうち、そんな好奇の目も薄らいで行く。安心した日向が足を止めて近くのテーブルに近寄ると、上に乗っている料理のあまりの豪勢さと美味しそうな匂いに目を奪われてしまった。日向は歩いて来た時に目についた巨大な柱時計を見る。時刻は午後10時ちょっと過ぎ。シンデレラが帰るのが12時なので、ダンスの時間を入れてもまだまだ充分時間はある。日向は、ちょっとぐらいなら大丈夫だよなぁと自分に言い聞かせ、置いてあった取り皿を取って滅多に食べられない豪勢かつゴージャスな料理に手を伸ばしたのだった。
そして気が付けば30分程もたっていた。各テーブルに違う種類の料理が置いてあったため、どんどん目移りしていってしまったり、普通の一般市民なら見られないであろう置物や綺麗に着飾った人々、先程はちゃんと見えていなかった物が目に入ってきて、残念ながら日向は時間の感覚が狂ってしまっていたのだ。少しだけのつもりが、がっつり楽しんでしまっていたらしい。
時刻は午後10時40分少し前。聞いた話しによるとダンスは午後11時30分から始まるらしいので、後50分ぐらいしかなかった。このだだっぴろいホールの中を顔も分かっていない女性を探すのに50分で足りるだろうか。少し不安になる日向だったが、まぁ大丈夫だろうとこの時は呑気に考えていた。
その結果が午後11時15分、ダンスが始まるまで後15分をきってしまったのに未だシンデレラを見つけられないと言う最悪の事態を引き起こしてしまったのだ。
「・・・・はぁ」
自分の浅はかさを呪った。日向は、盛大なため息をつく。
もし日向がシンデレラを見つけられなかった場合どうなるのだろうか。12時になったらシンデレラは帰ってしまう。それまでに会えなければ王子との恋もなければダンスもない、慌てて帰る事もないのでガラスの靴を落として行く事もないのではないだろうか。話しは進行しなくなって、ハッピーエンドで終わる事もなく、結果・・・
どうなるのだろうか・・?
壁に凭れながらぼけっとしていると、後ろからスパンッ!と頭を殴られる。軽い衝撃にびっくりして後ろの壁を振り返って見ると、壁の中からは日向の頭を殴ったのであろう手首が、手首だけがうにうにと動きながら壁から突き出ていた。
「・・・・っ!!」
ホラーすぎる絵面に必死に悲鳴を飲み込み、じりじりと後退りながらも、気持ち悪いそれから目を反らせずに凝視していると、壁からはだんだんと手首から腕、頭、肩、足などが出てきて最終的に一人の人間が壁の中から現れた。その人間は日向の方を睨み付け、尊大な態度で眉間に皺を寄せながら立っていた。その執事服を着た姿には見覚えがあった。
「・・・・ぺロー」
日向の頭を叩き壁の中から出てきたのは、執事の服に身を包んだ『物語の管理人』、ぺローだった。
「何悠長に壁の華なんてやってるんですか、日向様」
イライラとした態度を隠そうともせず、ぺローは日向と向かい合い、冷たい声で言い放つ。
「えー・・・と、壁から出てくるなんてお前、お化けみたいだな」
「私はこの物語の管理人です」
「壁から人間が出てきたら皆驚くんじゃないか?」
「私は管理人なので、なんでもありなんです。ですから他の人達からは気にもされません」
「印象が薄いってことか?」
「そうですね」
「なにかと便利そーだな」
「そうですね」
「・・・機嫌悪い?」
「そうですね」
「・・・・・・」
会話終了。
そんなこんなで。
日向は未だシンデレラを見つけられていない現状をぺローに申し訳なさそうに話すのだった。
只今の時刻、午後11時25分。ダンスが始まるまで残り5分。タイムリミットは迫っていた。王子である日向は現在、ダンスホールから出てすぐ近くにあるこじんまりとした庭に来ていた。何故ならばシンデレラが庭にいると言う情報をとある人物から聞いたからだ。とある人物とは言わずと知れたこの物語の管理人、ぺローその人である。
「シンデレラは今、ここから近くの庭で休憩されております」
ぺローは日向の話しを聞いた後、ため息をついてそう言った。なんでそんな事知ってんだと日向が聞くと、疲れた様な顔をしながらぺローは、誰かさんのせいで変更箇所が多く、色々走り回っていたのでと日向を責める様な言い方をした。嫌みな奴。
「じゃあ庭の方に行ってみるわ」
ありがとーと言ってぺローに手を振り歩き出した日向の後ろから、絶対に落として下さいねーとぺローが叫んだ。幸いその叫びを気にする人はいなかった。ぺロー自身が言っていたように物語の管理人というのは周りの人物からは気にされない、というのは本当らしい。
日向はぺローが連れてきた異世界の人間なので、この世界の理には当てはまらないらしいのだが。
それにしても、シンデレラが庭にいるとはどういう事か。シンデレラにとってお城なんて憧れそのものの筈だろう。いつも家の手伝いや仕事ばかりで、大変だったシンデレラ。そんなシンデレラがお城のパーティーに来て、はしゃがない筈がない。日向だって豪勢な食事とあまりにも大勢な人々に興奮して、時間を忘れて楽しんでしまったぐらいなのだから。
庭に出た日向は、今度こそちゃんとシンデレラを見つけるぞーと意気込みを高くしたがその意気込みは無駄に終わってしまうことになる。
シンデレラらしき人物はすぐに見つかったからだ。ベンチにすわり背凭れにもたれて空を仰いでいる少女。着ているドレスは白銀で、お城の中から漏れでてくる光にキラキラと輝きながら少女を美しく引き立たせている。この物語に欠かせないガラスの靴もちゃんと履いていた。だが、まだ確証はなかったのでとりあえず日向は声をかけて見ることにした。
「あの、あなたがシンデレラですか?」
少女は夜空に向けていた視線をこちらに向けた。その綺麗な青色の透き通る様な瞳に、日向は一瞬ドキリとするが次の瞬間、それは脆くも崩れさる。
「うせろ」
・・・・今回のシンデレラはなかなかに口が悪うございました。
と、諦めてしまう事は日向には許されていない。だが初対面の、しかも同い年ぐらいの女の子に声をかけただけで『うせろ』だなどと言われてしまったら、思春期真っ只中の高校1年の日向の心が深く傷付いてしまうのは仕方がない。
もともと日向はそこそこ女の子にモテてきた男だ。付き合った事などはないが、告白された事は今まで何回かあった。女の子がよくやる『クラスの中で誰がかっこいいかランキング』なるものでも上位に食い込んでいた事もある。
「・・・・・・」
うせろとだけ言った少女は、また先程と同じ様に空に視線を向ける。確かにここから見える夜空にはたくさんの星が散らばっており、吸い込まれそうな程幻想的でもあった。日向も少しだけぼんやり見上げた後、とりあえず少女の隣に座る。少女は気にする風でもなく微動だにしないまま目を細め空を見上げたままだった。
「あの、君がシンデレラだよね?」
日向がめげずに話しかけるも、少女は無言のままだった。あまり話しかけすぎて、また『うせろ』とか言われるのも嫌なのだがこのままだと時間がヤバイ。
焦る日向を尻目に少女はのんびり空を見上げたまま面倒そうに呟いた。
「私に何か用?」
そんな少女に日向はどうすればいいのか、とっさには浮かばなかった。とりあえずお話しをしようと思ってと言ったら何故?と問いかえされてしまった。
何故って・・・・・
そうこうしているうちに、城の中から音楽が聞こえ始めた。ダンスタイムが始まってしまった様だ。お城の中では男女ペアになって踊っている人や、一人で優雅に踊っている人、女性をダンスに誘い、振られ悲しそうに歩いている人など様々な人達が広いダンスホールを行き交っている。子供達も楽しそうにくるくると回りながら人にぶつかったりテーブルにぶつかったりとせわしない。
「ダンス、始まったけど」
いつの間にか空から目線を下げ欠伸をしていた少女、シンデレラにそれとなく話しかける。
「そーだね」
「行かないのか?」
「興味ないし」
興味がないと言われてしまった。なんなんだこのシンデレラは。次の言葉が出ない日向を見る事もせず、シンデレラはベンチから立ち上がり歩いて行こうとした。
日向はシンデレラとまだろくに話しもしていない。ダンスに誘う事もできていない。避けられている、というよりは日向に全く興味がないのだろう。
このまま行かせては本当にダンスにまで持ち込めないし、物語をちゃんとストーリー通り進める事もできない。日向はシンデレラの腕を掴み引き止める。
「一目惚れしたんで、一緒にダンスを踊りませんかっ!!」
恥を忍んでやけくその様に叫んだ日向に、シンデレラは物凄く不愉快そうな視線を向けた。
「嫌」
それだけ言って日向の手を振り払い日向に背を向け、また歩き初めた。
「・・・・・・・・」
日向の顔がひくりとひきつる。勇気を出してダンスに誘ったのに『嫌』の一言で断られ、そのまま置いていかれた。あんな奴がシンデレラ?想像していた女の子とは全然違ったシンデレラに日向は怒りを感じてしまう。
「ちょっと待てよっ!」
日向は叫んで走り出した。シンデレラもそんな日向に気付いてか、歩みを止め振り向く。二人はまた向き合った。
「まだ何か用?」
「あのなぁ、一応俺はこの城の王子だぞ。シンデレラならときめき対象に入る所だろ?なんで断られなきゃいけないんだよ」
我慢の限界に来ていた日向は一気に捲し立てる。
「それにお前お城に来たくて魔女に魔法でドレスやら靴やら馬車やら出して貰ったんだろ?なんで楽しんでないんだよ、なんで庭にいんだよ。可笑しいだろ?この物語ってシンデレラだろ?ちゃんと決められた役通り行動しろよ!」
一気に捲し立てて疲れたのか、肩を上下させながら睨んでくる日向を、冷めた目でシンデレラは見る。
「別に来たくて来たわけじゃない。それになんであんたが魔女や魔法の事知ってるの?もしかしてあれはあんたの差し金?ドレスやら靴やら人に無理矢理押し付けておいて、しかも変な馬車にまで乗せられてこんな所まで連れて来ておいて。本当に迷惑にも程があるわ。」
それだけ言ってシンデレラは日向に背を向け、また歩いていってしまった。
「・・・・日向様」
後ろからぺローの声がした。
「どういう事か説明してくれるな?」
後ろを振り向かずに、日向はつとめて冷静な口調を出すよう心がけながらぺローに言った。