シンデレラ
これはある夏の日の物語である。
学校へ行く途中に俺こと日向紘高校生男子はある物を見つけてしまった。
それを見つけてしまったためにこのような自体になってしまったわけだが。
あれを見つけなければ、こんな事にはならなかった筈だった。こんな面倒な事には巻き込まれなかった筈だったのだ。
あの時の俺に言ってやりたい。あーいう不審物は拾わない方がいい、何があっても触らない方が良かったんだ、無視すべきだったんだ!、と。
「何故拾ってしまったんだー、あの時の俺よぉー」
机の上に突っ伏しながら日向は項垂れる。丸くて小さい机は、日向が体重を預ける事によりぐらぐらと不安定に揺れる。
意味もなく机を左右に揺らしてしまう日向であったが、しばらくするとそれにも飽きたのか、それとも意味のない事をしている自分にアホらしくなったのか、
机から手を離し座っていた椅子に体重を預けため息をつく。
自分はこんな所で、一体全体何をやっているのだろうか。
自業自得な展開なのだが、やっぱり腑に落ちない。
ガチャ、と後ろから扉の開く音がして誰かが入ってくる気配がした。
「王子、そろそろ行きますよ」
後ろを振り向くと、そこには執事風の洋服に身を包んだ男性が、
笑顔で日向に手を伸ばして、立っていた。
何故、この様な事になったのか。それは今、問題ではない。問題なのは俺の今の立場が『王子』だと言う事だ。
王子と聞くとうすら寒い物を感じる男が、大半を占めていると思われる。
例えば、
王子と言えばイケメン、スレンダー、足が長い、歯が真っ白で笑顔の時にはキラリと光っちゃったりする。女の子に優しい。お手をどうぞとか言っちゃったりして、大抵の女の子はそんな王子にメロメロになる。
そして服はかぼちゃパンツ。ぴちぴち白タイツ。だったかも知れない・・・。
「制服で良かった・・・」
「どうかされましたか?日向様」
前を歩いていた執事風の男、ぺローは後ろを振り返り日向に言った。
「いや、服装が制服のまんまでいいだなんて良かったなーって思ってさ。びらびらのマントとか、変な洋風っぽいびらびらの服着せられたりしたらどうしようって思ってたから」
自分の姿を見ながら日向は言う。
日向の今の服装は、紺色のチェックズボンに上は白い半袖のカットシャツ。
シャツのボタンを一つ開け、その上から水色っぽいネクタイを少し緩めて首につけているという一般高校生夏服スタイルだ。
元の世界では8月の上旬、夏真っ盛りの猛暑日。夏休み中だと言うのに何故制服だったのか、
それはそんなに不思議ではない。日向の入っている部の活動が、その日その時間にたまたまあったからだ。
『絵本部』
それが日向が入っている部活動。その名の通り絵本を書く部活だ。日向は絵を書くのが好きだったので、高校に入ったら美術部に入ろうと思っていた。中学では訳あって入れなかったので、高校では必ず入ってやるぞ!と言う意気込みのもと、新入生が入ってきたらどこの学校でも、必ずやるだろうと思われる上級生による、
部活動勧誘イベントなどもろくに見ず、部活動希望シートに『美術部』と書いて、職員室にいる担任の先生に提出しにいったのだ。
そこからが、日向があれほど入りたかった美術部から、
そんな部活があったのか!と言うほど影の薄い、弱小絵本部に変更した最大の理由になるのだが。
職員室についた日向は、さっそく担任に希望シートを渡すべく職員室の中を、キョロキョロとしながら担任の先生を探す。
担任は意外とすぐに見つかった。
日向の担任は今どき珍しい金髪の若い男の先生で、教科は国語を担当している。
そんな担任の、クラスでの国語の授業中の出来事を、一つ紹介しておこう。
「なんでその頭で怒られないんですか?」とクラスの誰かが担任に聞いた。
先生が金髪だなんて非常識にもほどがある。
担任はよくぞ聞いてくれました!と、
涙ながらに金髪に関する自分の体験談を長々と聞かせてくれたのだ。
最初の方はちゃんと先生の話しを聞いていたクラスの連中も、それが5分、10分ともなると流石に飽きてきたのか、
机に頭をのせ、あきらかに寝る体勢に入る奴や、持ってきていた本を読む奴、教科書をぱらぱらと捲る奴や、隣の席や後ろの席の奴と喋りはじめる奴が出てきてしまったのだ。
因みに日向は最後のやつに当てはまる。
流石にそこまで来ると先生もクラスの異変に気付いたようで、教壇を叩き皆の注目を集め、真面目な顔でこう言ったのだ。
『お前らは俺のように、熱く清らかなる心で金髪と言う愛しく、そして儚げなものに愛をそそぎたくはないのか!』と。
誰も言葉を発する者はいなかった。
クラス中がシンとし、静寂が教室を満たす中、先生は正規の国語の授業を再開したのだ。
あの時のクラスの連中の大半がこう思っていただろう。
『髪の色にそこまでの愛をそそぎたくない』と。
それでもそんな担任の先生が生徒から変な目で見られて嫌われないのは、明るく、性格もいいからだ。
生徒にも気さくに話しかけてきて、冗談なども軽く言うので付き合いやすく、どの生徒からも、そして先生からも評判が良かった。
そして、ここからが一番重要なのだが。
先生は顔がそこそこ男前だったのである。
これがただの不細工なおっさんだったら許されなかっただろうが、顔がいいとは特なものだ。
どんな変な発言をしても軽く流してもらえるか、ちょっと変わってて素敵、そのギャップが良い!なんて思われてしまうのだから。
まぁ、金髪の件を除いたらすこぶるいい先生なのは確かだが。
話を元に戻そう。
無事職員室内で担任を見つけた日向は、先生に近付こうと足を動かした。
その瞬間、ものすごい怒鳴り声が横から聞こえてきて、思わず立ち止まる。
横を見るとそこには、2年生用の深緑色のネクタイを絞め、直立不動の姿勢で腕を後ろに組み、いわゆる自衛隊風立ち姿で立っている男と、同じく直立不動で深緑色のネクタイを絞めている、そこそこ顔の可愛い女の子が、いかつい顔の先生の前に、真剣な顔をして二人並んで立っていた。
「てめぇら、解ってんのか?試合まであと1ヶ月きってんだぞ?こんな状態で他校の奴等に勝てると思ってんのかっ!」
いかつい顔の先生が二人に怒鳴りつける。二人は、「はいっ、勝てません!」と綺麗に揃えて答える。
「解ってんならもっと練習しやがれってんだよ。努力が足りてねーんだよ、努力がよぉ!お前らの中にはちゃんと努力って言葉は入ってんのか?部のために自分のために努力しようって気持ちはその頭の中に入ってんのか?えぇ?」
二人の生徒は又もや揃えて、「はいっ、入ってます!」と答えた。
日向はそんな光景を見ながら、凄いバリバリの体育会系だな、と顔をひきつらせる。するといつの間にか日向の目の前に来ていた金髪のクラス担任が日向に声をかける。
「すごいだろ?あそこの部活。顧問の先生がスパルタ中のスパルタなんだ。並みの神経じゃやっていけない部だって話しだからな」
いかつい顔の先生はまだ二人に怒鳴りつけている。
「……本当に凄いですね。どこの運動部なんですか?男女が一緒なんて」
とりあえず参考までに聞いておこうと担任に聞いたら、耳元でひそひそと話してくれた。別に普通に喋ってもいいんじゃないか?
「運動部じゃーないんだよ。あれは美術部」
日向はその言葉を聞いて固まる。
あれが美術部?だってさっき、試合とかなんとかって言ってませんでしたっけ?
「試合ってのはコンクールの事だ。春の美術コンクールがすぐそこまでせまってきてるもんだから、気が立っているんだと思う」
たかだか高校のコンクールで?しかも美術。
「春の美術コンクールは結構規模がでかいんだよ。この辺りの小学校、中学校、高校、それに大学も関わってきていて、
その学校の全員に応募資格があるんだ。そこで入賞できるってことは物凄い事になるんだぞ」
聞いた事ないか?と聞かれるが、生憎日向は、この辺りに住み始めたのが最近だったので分からなかった。つい最近引っ越して来たばかりなのだ。
「でかいコンクールだからって部活動の絵にそこまでの気合いを入れるもんなんですか?部活って楽しくやるもんじゃ?」
「そこは野球部でもサッカー部でも同じで、誰かと競いあうってのは、文化部でも運動部でも変わらない。
コンクールでも試合でも、何も変わらないって事なんだよ。1番になりたいって気持ちは誰にでもあるって事だ。闘争心や競争心ってのは大事なんだぞ?人が成長していく上でかけがえのない物の一つだと先生は思ってるからな」
まぁ、そうかも知れないけどさ、と思いながら日向は横目で怒鳴られていた二人を見る。
今はもう怒鳴られてはいなく、いかつい顔の先生に自分の描いた絵を見せ、どこが悪いのかを真剣に聞いている。いかつい顔の美術部顧問の先生も真剣に二人にアドバイスしている様だった。
暫くじっとその様子を見ていた日向に、担任は「ところで何か用事か?」と聞いてきた。
日向は、持っていた部活希望シートをそっと手の中に隠し、「何でもないでーす」と言って、そそくさと退散する。
職員室を出てから、手の中にあった紙をポケットに無造作に突っ込み、歩きだす。
「……………」
日向は別に競争がしたいわけじゃない。自分の絵で1番になりたいとも思っていない。
ただ絵を書くのが好きなだけだ。暇な時にちょこっと書いている趣味程度の物で、特にうまいと言うわけでもない。だからあの美術部に入るのは何か違う気がした。だから担任に希望シートを出さなかった。
そんなわけで。
日向は中学から入りたかった美術部(高校では熱血美術部!)ではなく。
こんな部活があったのか、『影の薄い絵本部』に入る事となったのだ。
「因みにさ、ペローさん。俺はこれからダンスパーティーに行くんだよね?」
廊下をどんどんと前に進んでいくペローに、日向はいかにも面倒なんですけど、といった口調で話しかける。
ぺローは歩みを止めず、ちらりと後ろを振り返ってからこれからの事を説明してくれた。
「これから日向様には、大勢の人々が集まっているダンスホールへ向かってもらいます。そこで魔女の魔法で着飾り、綺麗になったシンデレラを探しだしてもらい仲良く談笑し、音楽が流れ始めたらシンデレラを誘って一緒にダンスを踊り、いい雰囲気を醸し出してもらいます。
シンデレラは12時の鐘が鳴ったら慌てて走り出してしまうので、それを追いかけ、階段に残されているシンデレラが落としていったガラスの靴を拾って探して見つけて結婚して終了、ですね。オッケーですか?」
最後が物凄く適当極まりない説明をしてくれたペローは、足を止めて振り返り日向の方を向く。
「要は『シンデレラ』のお話しですから。日向様も知っているでしょう?シンデレラ。そのお話し通りに、ことを運んで頂ければいいんですよ、王子役として」
ペローはそれだけ言うとまた歩き始めた。日向もそれに続いて歩きだす。
シンデレラの話しだって言われても・・・。
日向だってシンデレラぐらいは知っている。仮にも『絵本部』と言う部活に入っているぐらいなのだから、大抵の絵本は読んできた。
まぁ絵本なんか読んでいなくても世界中のほとんどの人が知っているであろう、代表的物語なシンデレラ。
意地悪な母親と、これまた意地悪な姉達と一緒に十数年暮らしてきたシンデレラ。毎日毎日掃除や洗濯や買い物やらの、雑仕事ばっかりを押し付けられいじめられ、自分の着ている服はボロボロになっていく。姉達の着ている様な綺麗な服をいつか着てみたい、
そう日々夢を見て、頑張って生きてきた少女。お城の舞踏会の日も、母や姉達に家の仕事を押し付けられ、お城に行く事を許してもらえず、綺麗なドレスを着飾り楽しげに去っていく姉達を羨ましげに見送った。
シンデレラはベッドで一人寂しく泣いた。悔しくて、悲しくて、家の事をする気にもならなかった。そんな時に魔女に会うのだ。
後はペローが先程説明してくれた様に、魔女に魔法をかけてもらったシンデレラは、王子と出会い恋をして、末長く一緒に幸せに暮らすようになる、というお話しだ。
女の子ならきっとこんな展開の話し、大好きなんだろうなと思う。一度は夢みるお姫さまストーリーで、憧れてしまう展開なんだと思う。
だが。
いかんせん、日向は男だ。一端の高校生男児だ。女の子ではない。
なのでこんなお姫さま的話しにも、『王子』という単語にもあまり興味はない。むしろ『王子』なんていう単語に薄ら寒いものを感じてしまうほどだ。
絵本部に入った事により、多少の耐性は出来ているものの、自分が王子な立場になる事など絶対に嫌だったし、そんな展開万が一にも起こらないと思っていた。
あの時までは。
時を数時間前までに遡ってみよう。8月上旬、猛暑日、部活のある日。
制服を着て暑い中、家を出る。学校までは歩いて15分ぐらいだ。鞄を頭の上にかざして日除けにし、汗をだらだら流しながら、日向はえっちらおっちら歩いていた。
昨日やっと出来た、絵本に使う絵のラフ画。
他の部員が考えた話しに、日向の絵を使って作る今回の絵本は、この夏の部としての活動大作として学校に展示される事になっている。
弱小絵本部としては初と言ってもいいほど大きなイベントであったため、皆気合いを入れていた。皆と言っても日向を入れて部員が3人と言う超弱小部なのだが。
そんな訳で日向は、作る絵本に合いそうな絵を色々書いてノートにまとめ、他の絵本部部員と相談するべく学校への道を歩いていたのだ。
その時に見つけてしまったのだ、あれを。こんな面倒な事に巻き込まれる原因となった物を。
地面に落ちていたのは鍵だった。金色で赤い石がついている、女の子が喜びそうな綺麗な鍵。
以前の日向なら、何もせずにそのまま通りすぎていただろう。だが、高校生になった日向は絵本部と言う部活に入る事により、少しだけだがそういった可愛らしい物にも目が行くようになっていたのだ。
絵の参考にと手に取り、観察するようになっていたのだ。だからといって地面に落ちている物など普通は拾わない。拾わない筈なのだ。
だが日向はその時拾ってしまった。なぜだか無性に気になり、ひょいっと拾い上げてしまったのだ。
そして今現在いる、ここ『王子のお城』に飛ばされてしまったのだ。
「時間よ戻れ」
何度そう願ったかわからない。鍵を拾う前の時間に戻ってくれ、と。
願いは叶わず、日向は王子としてシンデレラの話しを進行していかなくてはならないはめになったのだ。
本来女の子に拾ってもらう筈だった鍵を、誤って日向が拾ってしまった事により、シンデレラとして話しを進行してもらう筈だった予定が、『王子』として日向が進行していかなくては行けなくなってしまったと言う、なんとも悲しい展開に陥ってしまったのだ。
「自業自得ですよ。こちらも予想外の展開に色々変更箇所が増えて大変なんですからね」
執事ペローは、忙しくて大変だ大変だと言いながら歩くペースをまた少しあげ、階段を降りて行く。
それを追いかける日向。迷惑かけて、申し訳ないなーとは思っていますよ。本当に。
ペローは、今は執事の格好なぞをしているが、本来は物語の管理人という立場らしい。
物語の管理人とは、担当の物語に出てくる、登場人物達になりえる人をどこからか探しだし、
その人物を物語の中に連れて来て、ストーリーを最後まで進めてもらう。
そして物語が終わったら、管理人は連れてきた人の辿ったストーリーを回収し、その人の記憶を消して元の世界へと帰すのだ。
そしてまた新しい登場人物足り得る人を探しにいく。
それの繰り返しだ。因みにペローの担当物語は、シンデレラや白雪姫などの女の子よりの物語だ。
なので連れて来るのは、ほぼ女の子。
「そんなに何回もこんな事してどーすんだよ?」
日向がそう聞いてみた所、物語の大まかなストーリーは同じだが、
違う人物、違う考えの人が同じ役をやると、また違った物語におのずとなって行くのだそうだ。
シンデレラにも、
初めて物語の中に来たシンデレラはあんな感じになった、次に来たシンデレラはまた別の感じにストーリーが進んでいった。
それぞれがそれぞれのストーリーを描いて行く物語。まぁ最後にはハッピーエンドで終わる様にはなっているのだが。
それを集めて収集する事が、物語の管理人としての仕事なんだ、とペローは薄く笑った。
簡単に言えば、いろんなシンデレラやいろんな白雪姫やいろんなかぐや姫、などの話しを集めてるって事らしい。
そんな仕事が存在したとは驚きだ。まさにファンタジー。でもなんでそれを集めているのかは企業秘密、だそうだ。
そして今回、シンデレラの話しに連れてこられたのが日向と言う、悲しいかな男だった。
思いもよらなかった自体に、急きょ役割をシンデレラから王子に変更したため、話しの中は物凄いごたごた状態らしい。主にペローのみが。
……本当に申し訳ない。いや、俺だけが悪いわけでもないと思うんだけどさ。
何となく申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう日向なのであった。
じゃあ、違う誰かをもう一回連れて来たらいいんじゃないのか。
とも思うのだが、それは無理らしい。
残念ですよ、本当。
階段を降りきり、前を歩いていたペローが立ち止まる。目の前には扉。追い付いた日向もそこで止まる。
「この先がダンスホールです。シンデレラはもう来ている筈ですので中をお探し下さい。後は先程ご説明した通りの手順で。
私はまだ色々とやることがありますので、ここまでしかご一緒出来ませんが、日向様」
ペローはにっこりと微笑む。
「ごゆるりとシンデレラ物語の中の世界をお楽しみ下さいませ」
目の前の扉がペローの手により開かれる。
日向は覚悟を決め、ネクタイをきちんと絞める。
扉が開かれ、
目の前に広がった景色は眩しくて、思わず目を逸らしてしまうほどの、綺麗でぴかぴかした大きな大きなダンスホールだった。
日向の『シンデレラ物語』が今ここに、始まった。