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ママズキッチン

作者: 桐生甘太郎
掲載日:2026/01/30

アクセス有難うございます。


母さんが熱を出した。問題は夕食。




場所はうちの台所。時刻は十九時半。僕はそろそろ目を回す男子高校生。台所に独り。


冷蔵庫にはぎちぎちに食材が詰まっている。どこを開けても。


台所の壁際には、なんだか分からない調味料入れがズラリと並び、あと一時間で夕食を食べる。


母さんが熱を出した。それはいい。よくないけど。決してよくはないけど。でも母さんは薬が効いてきたみたいで、体温も37.5℃になり、眠った。一眠りしたら熱は下がるだろう。問題は食事だ。


「ごはんは適当に作れる?」と母さんに聞かれ、僕は何も考えず「うん」と言ってしまった。それがために、大量の調味料と大量の食材に向き合ってから〝無理だ〟と気付いたのだ。


僕が今想像しているのは、母さんの美味しいチキンティッカマサラ。鶏肉が香ばしく焼けている料理。しかし作り方を教わっていない。


「んー、炒め物ならなんとか…」




僕は鶏肉を選んだ。多分鶏肉だ。冷凍庫に入っていた。母さんがビニールの袋にパック分けしたので、部位は分からない。


それからニラと、なんだか分からない葉物野菜。これは野菜室から。


「え、フライパン、こんなにあったっけ…」


シンク下を覗くと、どどどどんと、五つフライパンがあった。なんでそんなに必要なんだろう。中には鍋のように底が深いフライパンもある。


「父さんの分も作るし、大きめかな」


勘で選んだ材料と調理器具が出揃い、ゴムベラはいつもの場所にあった。


自信はないけど材料に不安はなかったし、塩はわざわざ舐め分けてまで確かめた。味付けも〝ガラムマサラ〟と書いてある缶があった。油も〝pure olive〟と書いてある緑の瓶だ。オリーブオイルなんだろうけど、ピュアな方がなんかいいと思う。


〝きっと美味しくなるぞ!〟


「さて、これで作れそうかな?」


怒られるかもしれないけど、肉はパックごと給湯ポットに入れて蓋をし、溶かした。それでも中がまだ凍っていたので切るのには力が要るなと思った。


〝炒め物でも、ゴロゴロの具があった方が良いよね〟


肉も野菜も大きめに切ろうとした。でも、それがまず大変だった。


具材を切るだけでも時間が掛かってしまう。そんなにトントントンと素早くは切れない。どういうふうに切ればいいのか想像しながら、実現していく。それにこんなに時間が掛かるなんて思わなかった。それに、料理番組では切るシーンなんてないから、どうやってるのかは知らないし。


切り終わって時計を振り返ると、あと二十分で食事の時間だった。もうお腹もペコペコだ。


「炒めよう。強火かな?」


油をちょっとフライパンに敷いてから、火を点け炒め始める。凍っていた肉から。


ところが、肉が焼けてくるいい香りがしてきても、中はまだ生だった。


「え、嘘、なんで!」


〝焦げちゃう!火を弱くしないと!〟


それでも肉には中々火が通らず、外側が焦げていく。仕方なく油を足して焦げないようにし、すぐに野菜を投入した。


「焦げてる〜!」


僕がたとえ泣きべそをかいても、火力は現実に肉を焦がしていくのだ。


「ああ!もう!」


僕はあろう事か、そこでフライパンの中身を全て大皿に開けて、それを電子レンジに突っ込んだ。なんとなく三分。


グワーンと電子レンジの中で魔法が起きている音が響く。そして、たった今まで起きていた混乱から解放され、僕は自分の額の汗に気付いた。


何の為にお前はフライパンを出したんだと自分に聞きたかった。




上手くいく訳がなかったんだ。僕も今目の前にある物を〝料理〟とは呼びたくない。


黒焦げになり掛けた鶏肉と、丁度炒め上がって少し萎れた野菜。それらが全て油塗れになってギラギラ光っている。スパイスは纏ついた黒い粒粒に見えて不気味だ。


「冷凍食品じゃないのに体に悪そう…」


〝炒め物を作る時の母さんはいつも、「今日は楽しちゃお」って言ってたのに…〟




「ありがとう、透…いただきます」


よろよろの母さんが二階から降りてきた。そして二人で食卓に就く。


「あ、うん、でもごめん、多分美味しくないよこれ…」


「確かにちょっと焦げちゃってるね。冷凍庫の鶏肉?溶かすの大変だったでしょ。冷蔵庫に豚肉あったのに」


「あ、そうなんだ、ごめん…」


「いーのよ、鶏肉美味しいし」


笑い混じりに母さんはそう言って、お肉を一口。


「んー…」


しばらく口をもぐもぐやっていた母さんは、首をあっちこっち動かした。そしてこう言う。


「これ、塩入れた?」


「え、あ!入れてない!」


そういえば、舐め分けてまで塩を判別したのに、肉が焦げてしまった混乱で忘れていた。


「塩、かけようか?」


僕がそう言って席を立とうとすると、母さんが〝いいって〟と手を放り投げる。


「いいよ、スパイス美味しい感じ」


「そう?」


「それで、お米まだ炊けないの?」


「あ、そうだお米!ごめん炊いてない!」


〝そういえば炒め物に夢中だった!〟


母さんは織り込み済みだったのか、冷蔵庫を指差した。


「じゃあ、冷凍庫にパック分けしてあるやつ、チンして」


「分かった!ごめんね!」


「ゆっくりやってね。ありがとう」


僕は、二つのご飯のパックを入れた電子レンジ前に立っている時、考えていた。


〝こんなに料理が大変だなんて知らなかったなあ、母さんは一時間で三品作るし。どうやってるんだろう?〟


〝普通の学生生活をして、仕事場で父さんに会うまでは母さんは働いていたよな…〟


〝いつ練習してたんだろう、料理…もしかして、僕みたいに高校生だった頃から…〟


熱が出ている母さんには何も聞けず、翌朝には食卓は元通りになった。その後僕は、「ごちそうさまでした。美味しかった」と必ず言うようになったのだ。出来ない事をして貰っているのだから、感謝が何よりだ。と学んだ。


それから、これは母さんには内緒だけど、最近母さんが寝てから、勝手に台所を借りている。


ちょっとしたサプライズを考えているのだ。母さんの誕生日に。




おわり

お読み頂き有難うございました。

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