エピローグ
私はあれから、仕事を辞めた。
拍子抜けるほどすんなり、会社は辞める事を認めてくれた。
一応、手順書などは出来る限り残しておいたし、後を引き継ぐ誰かが困らないようにはしておいたが……まあ、無理だろうとは思う。
勿論知った事ではない。もう私とあの現場は無関係だ。
今は、雫ちゃんのツテで小さな事務所で働いている。主には伝票整理だが、その他にも依頼を受けてパンフレットやガイドの紹介文を整えたりする仕事もしている。元々パソコンを使った作業は好きなので、苦労はしていない。
正直、自分の女に食べさせてもらっているようであまり気分は良くないが、背に腹は代えられない。
最も雫ちゃんは違う考えのようで、「世の中、相応しい仕事をしている人間なんて数えるほどしかいません。大半が給料泥棒か、あるいは過剰に安く買いたたかれているかのどちらかです。私は、旦那様に適切な仕事を宛て合ったつもりですが」との事。まあ、評価してくれている内が華、という奴だな。大人しく賛辞として受け取っておこう。
幸い、仕事で足を引っ張るような事になってないのが、救いと言えば救いか。
そして、現実での二人との関係は、というと……。
「ただいまー」
「たっだいまあ! 雫、お腹すいたー」
宮子ちゃんと二人でエレベーターから出て、雫ちゃんの部屋を訪れる。しばらくすると、部屋の奥からエプロンをつけた雫ちゃんが呆れ顔で私達を迎えてくれた。
「はいはい。宮子、ちょっとはしたないわよ。学生じゃないんだから」
「貴女と違って、私は外でOLしてるんだもの、働いたらお腹がすくのー」
「私も家で寝ている訳じゃないんだけどね……まあいいわ。ご飯にしましょう、旦那様」
ずかずかと部屋にあがっていく宮子ちゃんを尻目に、手を差し出してくる雫ちゃんにコートを預ける。彼女は私の襤褸っちいコートを宝物のように軽く抱きしめると、いそいそとコート掛けに吊るしに戻っていく。二人の女の後ろ姿を見送りながら、私は襟元を緩めて軽く息を吐いた。
あの後。
夢の中で互いの全てを曝け出した私達は、自然と現実でも一緒に居るようになった。とはいえ私は持ち家があるから、同居している訳ではない。ルームシェアしている宮子ちゃんと雫ちゃんの所に、夕飯を食べに来たり遊びに来たり、といった所だ。まあ、そのまま泊まって帰らない事が多いから、最近はこっちの部屋がすっかり我が家のようなものだが。
部屋の奥では、宮子ちゃんと雫ちゃんが仲良く騒いでいる声が聞こえてくる。実に姦しく仲睦まじい事だ。傍目からはケンカップルというか、百合ップルというか。さながら私は百合の間に挟まる間男か?
「なんてな。はは」
それにしても、まあ、なんていうか凄い事になったものだ。かつての私にこの未来を伝えた所で、鼻で笑って聞き流されるに違いない。
こうして、ひょんな事から始まった奇妙な夢は、私の人生を大きく変えてしまった。
あの占い師は、果たして一体、何者だったのだろうか。
今となっては、知る由もない。私は勿論、宮子ちゃんも雫ちゃんも、彼女とはあれから二度と会っていないそうだ。きっと、彼女が私達の前に姿を現す事はないのだろう。
彼女はいった。「この鍵を枕元に置いてお眠りください。そうすれば、良い事がある……かも?」と。
今となって思う。
占い師は、つまりこう言いたかったのだ。
現実の世界の運勢が壊滅的であるなら、違う世界で幸せを掴めばいい、と。
そして何より大事なのは、掴んだ幸せを手離さない事だ。それはきっと、言うほど簡単な事ではない。
事実、私も一度は、それを手放しかけてしまった。それでも手放さずにいられたのは、それまでの積み重ねや偶然で……きっと、幸せというのはそういうもので、人それぞれで違った形、経緯で訪れるものなのだろう。
これからも私はこの手の中の幸福を握りしめて、大切にしていけたら、そう思う。
「旦那様ー、早くご飯にしましょうよ、ご飯」
「旦那様。腹ペコ娘が姦しいので、申し訳ありませんが早く来ていただけると」
「ああ、ごめんごめん。分かった、今すぐ行くよ」
◆◆
どこかの路地裏。
消えかけの蛍光灯の下で、フードを被った女が、机の上の水晶玉を見下ろしている。
水晶玉には、仲睦まじい三人の男女の姿。
歪んではいるものの、間違いなく幸福の中に居る彼らの姿を見届けて、占い師は口元に小さな笑みを浮かべ水晶玉に布を被せた。
「これで、よし……ふふふ、お幸せにね。これで私達の食い扶持も繋がりそうです」
荷物を片付け、占い師はその場を後にする。
どことも知れない闇の中へ、ゆらりとその姿が翻って、消える。
彼女の去った後、床に堆く積もる埃の中に、二枚の絵札が落ちている。
正位置の恋人と、逆位置の悪魔の暗示。
世は全て事も無し……人の世に、栄えあれ。産めよ、増やせよ、地に満ちよ。そしてその影は、より暗く濃くあれば、良し。
ただ、それだけの事である。
END
あとがき
はい、作者です。これにて『侍女は囁く』完結でございますー。
えー、本作は割と実験作でして。これまで書いた事ない奴を書こう、という事で、大人向けの恋愛小説? のようなもの? を目指した作品です。とはいえ愛だの恋だの現実の無慈悲さの前では儚く散るのみ見たいな諦観が強いので、とりあえず立場が関係を作る、と言わんばかりに、登場人物達の立場を固めて、そこから関係を深めていくという構図にしてみました。
どうでしたかね?
本作の登場人物達は皆心がひんまがってネジくれていて、そのままではずっと孤独に生きていたような人間達でした。それが不思議な夢の中の歪んだ関係をきっかけにして、心の交流を深めていく……みたいな。そういう話を書こうとしたのが本作でした。
まあ思ったようにいかなかったのですが、難しいですね、筋の通った恋愛。それとも作者には難しいだけでそう複雑な話でもないのでしょうか。
あるいは、自信が無かったが故に読者サービスみたいな描写をがっつり盛り込んでみたのが逆効果だったかもしれません。難しい。
本作はこれで終わりですが、作者的にはもっとこう、なんていうか愛着のある話でもあるので、あきらめずにどこか違うカタチでリベンジするかもしれません。
それでは、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
また、次回作でお会い出来たらと思います。はい。
ではでは~。




