第六十一話 幸福の監獄
「や、おかえり、雫ちゃん。戻って来てくれて嬉しいよ!」
「……どうも。お久しぶりです、旦那様」
館の玄関ホールで、私は両腕を広げて、雫ちゃんが戻ってきてくれたことへの歓びを表現する。勿論大げさなんていう事はない、本心が伝わるように精いっぱいアピールである。
対して雫ちゃんは気まずそうに顔を逸らして床を見ている。まあ、うん。気持ちは分からないでもない。
気まずいよね……。
ちなみにそんな雫ちゃんの恰好は、侍女をやめたという事からか、黒いワンピース姿である。なんていうか、深窓の令嬢というか、森の奥の館のお嬢様って感じだ。
この館のシチュエーションにどんぴしゃりである。何なら彼女の方が主っぽくなぁい?
「そ、その。別に戻ってきた訳じゃなくて、あくまできちんと事情を伝える為でして……」
「うん、うん。それは分かっているよ。でもまた顔を見れて嬉しいよ、本当に」
ちらり、とメアリに目くばせして、小さく合図。こちらへ、と先導するメアリに続いて、雫ちゃんを館の奥にエスコートする。
「とりあえず話は部屋で聞こう。それでいい?」
「いえ、その。あまり長い話でもないので、適当に応接間でも……」
「そんなの駄目だよ、今の雫ちゃんが侍女でないというなら、お客様だからね。せっかくの来賓なんだから、主人の私手ずから歓待させてくれたまえ。私の顔を立てると思って、ね?」
言葉を尽くして説得すると、しぶしぶながら雫ちゃんも納得してくれた様子。宮子ちゃんの話だとほんとに上流階級ご出身のお嬢様らしいからね、面子の大切さは分かってくれたようだ。いや、私は現実ではただの貧乏人だから実際の所は何もわからんのだが。
私の執務室に辿り着き、メアリが静かに扉を開いて、どうぞ、と雫ちゃんを招き入れる。それに続き、私も部屋に入ると、メアリが深く頭を下げて一礼した。
「どうぞ、ごゆっくり」
「うむ。用事が済んだらまた呼ぶね」
私の言葉に頷き返し、メアリは静かに扉を閉ざした。一方、雫ちゃんは執務室の中を、どこか落ち着かなさそうに見回している。
「どうしたの?」
「いえ、その。なんか雰囲気が違うな……って」
「ああ。雫ちゃんが居なくなってから、ちょっと改築してね。隣の部屋を仮眠室にしてこことつないだんだ」
私はそういって、部屋の奥、以前は本棚がおいてあった場所に出来た扉を指さす。この関係で棚の位置が全部動いて、それに伴って壁の飾りとかも配置が変わっているから、見覚えがあるのにない感じだったんだろう。
私の説明に合点がいったようで、雫ちゃんはソファにおずおずと腰かけた。対面に、私もどっかと座る。
「さ、それじゃ話といこうか」
「あの……その前に、ええと……宮子さんは? さっきから、姿を見ないのですが。まさか、彼女も居ない、とか……?」
「あはは、流石に彼女にまで見捨てられたら私も流石に参っちゃうな。まあ、そんな事はなくて、ちゃんといるよ」
私は机の上に置いた、小さな鐘を手に取る。新しく用意したそれを、私はチリン、と鳴らして合図した。
「なんなら、雫ちゃんのすぐそばにね……宮子」
「はぁい」
「……きゃっ!?」
全ては一瞬の早業だった。
雫ちゃんの座ったソファ、その後ろからぬっと姿を現した侍女姿の宮子ちゃんが、不意を突かれた雫ちゃんに背後から襲い掛かる。
そして響くのはガチャリ、という金属の鳴る音。
不意を突かれた雫ちゃんの腕を取って、宮子ちゃんは目に留まらぬ早業でその腕を拘束具で戒めると同時に、ぽん、とソファの上に転がした。さらにすかさず、足首にも拘束具をつけて完全に動けなくしてしまう。
流石。
私も散々練習相手になった甲斐があるというものだ。
「ようし、いっちょ上がり」
「お見事」
「な、なな、ななな?!」
互いにグッジョブ、と親指を立てて労い合う私と宮子ちゃん。大して、身動きを封じられた宮子ちゃんは、ソファの上で混乱しきった様子で芋虫みたいにもがいている。
ははは、無理だよ。そんなんなったら動けないもの。
「い、一体、二人とも何を!?」
「ふっふーん。夢にさえ引き込んじゃえばこっちのものよ。口ではなんだかんだいっても、未練たらたら、自分だって誤魔化せてないじゃない、貴女。だったら、たーーーっぷり、本当の所を、時間をかけて理解させてあげないと、ね?」
「まあそういう事だから。悪いけど、今回ばかりは私も怒ってるからね、雫ちゃん。飢えた狼の巣にのこのこ戻ってくる方が悪いとあきらめて欲しいな」
のたのたしながら逃げ出そうとする雫ちゃんを御姫様抱っこで抱え上げて、強く胸に抱き寄せる。食い込むような指の力に、雫ちゃんはひっと息を呑んで大人しくなった。
宮子ちゃんが開いてくれた仮眠室への扉を潜ると、その先には広い部屋に大きなベッドが一つだけ、どどんと置いてある。大きな窓から差し込む陽光が、部屋の大半を埋め尽くす巨大なベッドを明るく照らしていた。
腕の中の雫ちゃんの顔が赤くなったり青くなったりしている、おもしろ。
とりあえず、この部屋の用途はご理解いただけたようだ。
背後で、がちゃり、と宮子ちゃんが鍵をかける音。
「ひ……っ?!」
「あらー……旦那様、すっごい怖い顔。こわーい、ふふ、今からめっちゃくちゃにされちゃうんだ、よかったねえ、雫さん?」
「そりゃあもう、もう二度と離れよう、だなんて考えられないように、めっちゃくちゃにしてあげるよ。そういうの好きだもんね、雫ちゃん?」
私達二人の会話に、顔を真っ青にして震えている雫ちゃん。でもさ、抱きかかえている私にはわかるよ。まるで期待するように、肌がどんどん火照ってるの。
いささか乱暴に、ベッドの上に雫ちゃんの身を投げ出す。白いシーツに沈む彼女の体に、素早く宮子ちゃんが絡みつくようにして抑えにかかった。
「ふふふ。それにぃ、気が付いてないと思った? 相部屋で過ごす間、着替えの時、貴女、私の事をちらちら、熱心に見てたわよね?」
「そ、それは、自分に無いモノが気になったから……っ」
「そーう? でも、それだけにしちゃあ、随分とねちっこい視線だったわよ? 街で知らない男が、発情してるの隠そうともしないで人の胸をじろじろ視線で嘗め回すのと同じような……ふふ、雫さん、女の子も行けるクチでしょ? わかってるんだから……この際、旦那様と二人がかりで、貴女がどんな女の子か、自覚させてあげるんだから」
突如始まった百合百合しい絡みを他所に、私は襟をほどいて服をベッドの横に脱ぎ捨てる。ぎし、とベッドを軋ませて近づいてくる私を目にした雫ちゃんが、ごくり、とその白い喉を嚥下に鳴らすのが見えた。
「ふふ、そっちだってもう十分、その気じゃない。いつまでも意地はってないで、素直になっちゃいなよ。ま、その気じゃなくても、旦那様にかかったらおしまいだけど」
「悪いけど、そのつもりだから。この屋敷では、君は私のものだ……雫」
「あ……」
そうして私は、濡れたような黒い瞳との距離を、限りなくゼロにした。
ガラガラガラ、とメアリは台車を押して、執務室に戻ってきた。
呼び出しがあった訳ではないが、三人が部屋に籠ってから数時間になる。飲み物と軽食を用意して部屋に入るとそこには誰もおらず、隣の仮眠室からは悩まし気な歓喜の声が途切れ途切れに響いている。
「……ふむ」
メアリはしばし考えた後に、台車を扉の前に置くと執務室の道具を借りて置手紙を書いた。それを扉の下をくぐらせて、仮眠室に放り込む。
あとはこれに気が付いたあちら側で勝手に食べるだろう。
侍女長は満足げに首を振り、扉の向こうに意識を向けた。
「旦那様も、らしくなったというか。この調子でこれからも頑張っていただければ幸いですわ」
自らの仕事に密かな達成感を得つつ、メアリは静かに執務室を後にした。
扉を閉ざす前に、最後に一度だけ執務室に振り返る。
「では、何時間でも、何日でも、心行くまで、ごゆっくりどうぞ」
◆◆
夢のような時間は、過ぎてみればあっという間だった。
どれぐらいの間そうしていたかは数えていない。
気が付けば私はベッドの上で、二人の侍女を小脇に抱えたまま、朝の陽ざしの中で目を覚ました。
「ううん……む……」
「おっと、ごめん」
身動ぎした拍子に、どうやら雫ちゃんを起こしてしまったようだ。目を擦ってぼんやりと顔を上げる彼女に、私は軽く声をかけた。
「おはよう」
「…………おはよう、ございます……」
不承不承、といった感じで不機嫌そうに返事をしつつ、しかし彼女は私の胸に頭を戻した。視線を合わせないまま、シーツの中で体全体で絡みついてくる彼女に苦笑する。
「考えは変わった? まあ、こうしてここでこうしてるのが答えみたいなもんだとは思うけど」
「……旦那様のいけず。すけこまし。性欲魔人。ろくでなし。善い人装ったミミック人間。サディスト。スケベ」
ひどい言い草である。何も否定できないけど。
黙って罵倒されるがままにしていると、雫ちゃんはそこで一旦言葉を切り、私の顔を見上げた。その瞳は艶めかしく潤み、頬は紅潮している。
「……でも、好き。大好き。愛してる……離れたくない……」
「ん。……私もだよ」
彼女の腰に手を回し、啄むようなキスをする。
「これからも、よろしく」
「はい……旦那様……」
「ん……うぅう……あれ、朝ぁ……?」
雫ちゃんと二人きりの空気を堪能していると、反対側でもぞもぞ動く気配。そろそろ、宮子ちゃんも起きてくるようだ。
私達二人は顔を見合わせ、くすり、と小さく笑った。
「さ。いつまでもこうしてられないぞ。仕事が待ってる」
「ええ。しばらくさぼってた分、勘を取り戻さないと。……ほら、宮子さん、起きて。シャワー浴びて着替えるわよ」
「あーい……」
そうして。
夢の館での、新しい日常が始まった。




