第六話 二番目
そしてやがて、日が暮れる。
なんとか今日の分の仕事を終えた私は、執務室でゆっくりと寛ぎながら赤く染まりつつある空を眺めていた。
もうしばらくすればメアリが夕飯に呼びに来る。
そして、その後には夜がくる。
メアリの告げた契約を遂行しなければならない。
相手はどちらでもいいという話だが、昨晩女になったばかりの宮子ちゃんは、ちょっと辛いだろう。となると、必然的に相手は雫ちゃんに限られる。
「…………」
嫌か? と問われると、絶対にそんな事はない。
ただ気が進まない点があるのも事実だ。
何より雫ちゃんがどう思うかが怖い。自分の同僚が女になったベッドで自分も抱かれる、というのはどう考えても愉快ではないだろう。
二番目、というのもよくない。決められなくてコインで決めたが、それこそが失敗だったかも、という気がしてきた。
どんどん気分が落ち込んでいく。
……メアリは、私のこういう所を矯正すべき欠点として、この話を持ち込んだ。なるほど、確かに彼女の審美眼に間違いはない。
自分の事を豪胆だなどと思った事はないが、しかし思った以上に私はヘタレだったようだ。
逆に不思議になってくる。
うちの会社の上司を始め、世の中の権力者は、相手を踏みにじる事がなんで平気なんだ? いくら権力で相手が逆らえないと言っても、同じ人間、毎日顔を合わせる相手に内心不愉快に思われているかもしれないという事が、不安だったり嫌だったりしないのだろうか。
それともそれを何とも思わない事こそが、メアリの言う支配者の資格なのだろうか。
わからない。全く、分からない。
そのまま私は、メアリが呼びに来るまで暗くなっていく空を眺めていた。
なお、その日の晩御飯は鰻、山芋、レバーにすっぽん、とにかく精がつくもののフルコースだった。
流石に夕方ともなれば宮子ちゃんも復帰してきたのだが、神妙な顔で食事する私の背後で雫ちゃんともども二人が苦笑いを浮かべていたのがありありと手に取るように分かった。私でもそうする。
あといいのか雫ちゃん。このままだと今晩その犠牲になるのは君だぞ?
なお味は普通においしかったです。お金払ってでもまた食べたい。
そして、風呂に入って汗を流して、就寝の時間。
私はちりりん、と鈴を鳴らした。
「……失礼、します」
静かにドアを開けて入ってくるのは雫ちゃん。その手には何も持たされていない。
二人目という事で大丈夫でしょう、というメアリの信頼なのか、あるいは逆に二人目ぐらい自力でなんとかしろ、という鞭なのか。考えすぎかな。
「こっちおいで」
「は、はい……」
ベッドを叩いて呼び寄せると、雫ちゃんはいそいそとやってきて、私のすぐ隣に腰を下ろした。
と、そこから体をずらして距離を空ける。
「…………」
俯いて顔を逸らす雫ちゃんの視線は、どこか絨毯の一点をじっと見つめているようだった。私が身じろぎすると、びくっ、と露骨に反応される。
苦笑して身を引き、少し彼女の様子を観察する。
……こうしてみると、随分と小柄だ。顔つき等を見ると幼くはないので、多分大学生ぐらいだと思うのだが、全体的に肉付きが薄く、儚げで少女、という表現がよく似合う。首筋ぐらいまでで切りそろえた黒髪も清潔感があり、深窓の令嬢、という言葉がよく似合う。もしかするとどこかいい所のお嬢さんなのかもしれない。
そんな美少女が、メイド服に身を包んで私のベッドの上にいる。このシチュエーションだけでなんかこう、うん。たまらない。
……いかんな。夕飯に食べさせられたもののせいだろうか、思考が煮えている。冷静になろう。
クールダウンするべく、こちらも天井の隅をじっと注視する。
意外な事にこの膠着状況、先に動いたのは雫ちゃんだった。
「……あ、あの、旦那様……」
「うん?」
「……私で、本当によろしかったのでしょうか」
俯き、髪を靡かせたままの雫ちゃんだが、その視線は確かに私に向けられている。その視線に嫌悪のようなものがない事に、私は少し安心した。
「よかった、というのは? 流石に昨日の今日は、宮子ちゃんが大変だと思うけど」
「そ、それはそうかもしれませんが、その……宮子さんの方が、旦那様には好ましいのでは……」
「え」
想定外の事を言われて固まる私。
「な、なんで……?」
「だって。最初に呼ばれたの、宮子さんでしたもの……」
小さく唇を尖らせてぼやくように呟く雫ちゃん。
私は唖然とした。
これは。もしかして。
雫ちゃん、自分が二番目な事にいじけてる……?




