表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「今晩はいかがなさいますか?」と侍女は囁く  作者: SIS
第二部 彼女達の贖罪

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/62

第五十九話 摩天楼の隠れ家


 自称探偵を名乗る怪しげな男。


 その男が残していった封筒を頼りに、宮子は今、ある最高級高層マンションの入り口を訪れていた。


 見上げるだけで首が痛くなるような高層建築。一体どんな人間が住んでいるのか、理解が及ぶどころか一生縁がないと思っていた建物の下で、宮子は何度も何度も手紙の中身を読み直した。


「ここ……よね」


 スマホのマップ機能も併用して、念入りに場所を確認する。何度確認しても指定されている場所はここのようだった。


 白い封筒には、二枚の紙と、キーカードが入っていた。


 一つはこの場所の住所。


 もう一つは短く、しかしあの夢を供にした者にしか意味を成さぬ言葉が綴られていた。


「『共に白い鷹に餌をやった者同士 話がしたいならここに。ただし、一人で来ること』か……。ペルセポネを可愛がっていたのはどっちかというとアンタだったと思うけど……」


 再度マンションを見上げ、宮子はよし、と気合を入れてエントランスに向かった。




 エントランスで守衛にキーカードを見せ、エレベーターへ。何も操作しなくても勝手に行く先が決定し、エレベーターが動き出す。


 驚くほど静かに上昇していく函が、微かにふわりとした感覚を伴って停止する。まるで雲の上に辿り着いたような気分で、宮子は開閉スイッチに手を伸ばした。


 滑るように、溶けるように閉ざされた扉が開く。その先に広がっていたのは……。


「……すっご。最近の高級マンションってみんなこんななの?」


 目の前に広がっていたのは共用エレベーターホールではなく、絨毯が敷かれ大理石のような壁が左右に並ぶ大きな一室の玄関だった。壁には大きな靴箱が埋め込まれているようで、小さな傘立てが置かれている。


 正面には大きな部屋が広がっており、ソファやテーブルが並び、窓からは白い日光が差し込んできていて、余りのブルジョワ感にうっと宮子は呻いた。


 踏み出した足の裏に、柔らかな絨毯の感触。土足で踏んでいいものか躊躇われるほどに、それはきめ細やかな感触だった。


 背後でエレベーターの扉が閉じて、函が下に降りていく音。とっちめるつもりでやってきたのに、宮子は急に、自分が怪物の巣だか、盗賊のアジトだかに一人で無謀にも乗り込んできたような気分になってしまった。


 どうしたものかと宮子が困惑していると、部屋の奥から、聞きなれた声が彼女を促した。


「どうしたの? 早くいらっしゃい」


「雫さん……!」


 穏やかで涼し気で、しかしまるで挑発するような呼び声に、宮子は意を決して乗り込んでいく……前に、段差の前で靴をきちんとそろえて置いておく。 そして改めてフローリングの床にソックスで踏み込むと、呼び声を探して部屋に押し入った。


「来てやったわよ、これで満足!?」


「ええ。とても」


 再びの声に左を向く。


 そこには長いテーブルが置かれていて、そしてその一番奥の席で、窓から差し込む光に照らされる黒いワンピース姿の淑女が佇んでいた。


 雫……現実の名を、天満雫。


 彼女はいかにも高級そうなティーポッドを傾けて、カップに紅茶を注いだ。途端にふわり、と香しい紅茶の香りが部屋いっぱいに立ち込める。紅茶などティーパックのそれしか知らない宮子が、その甘やかな香りに目を白黒させてたじろいだ。


「え、えと……」


「ほら。いつまでそこでかかしのように立っているの? 貴方の分もあるから、こっちにいらして」


「え、あ、はい……」


 乗り込んだ時の気合はどこへやら。すっかり圧倒的な資本力の差に呑まれてしまった宮子は、こくこくと頷いて大人しく雫の隣に座った。


 す、っと差し出されてくる紅茶のカップ。


 その、飲み物とは思えない上品な香りに、これ一杯いくらぐらいするんだろう、と彼女は現実逃避する。


「……」


「……」


 そのまま、妙な沈黙が続く。


 カップを傾けて紅茶を口にした雫は、はぁ、と諦めたように溜息をついて、宮子に話を促した。


「……それで? わざわざ、私を探していたからには、何か理由があったんでしょう?」


「そ……そ、そうよっ! あんたなんで急に館から姿を消したのよ! 旦那様を心配させて……一体何がしたいのよ、貴女っ!」


「貴方と同じよ、宮子さん」


 ひたり、と宮子の動きが固まる。


 そんな彼女を横目で見つめながら、雫は淡々と感情を抑えたように言葉を紡いだ。


「わかっていたはずでしょう。私も、貴方と同じ。世間的にも、法律的にも罰される事のない、自分にしか見えない烙印から血を流し続ける罪人同士。私達は口にせずとも、その事実を共有していた。そうでしょう?」


「それは……そうよ。でも、だったら、なんで?」


「……それは、改めて言葉にしなくても、分かっている事じゃない? 宮子さん、貴方なら」


 再びカップを口にする雫。まだ半分ほど満たされたままのカップをコトン、とソーサーに戻すと、琥珀色の液体が揺れ、窓から注ぎ込む日光に水面が白く曇る。


 その曇る鏡に自分の顔を写しながら、雫は言葉を続ける。


「……でも、無言の理解、なんてものにもいつまでも甘えている訳にはいかないわね。いいわ、語りましょう。私が胸に抱えた罪業を」


 天満雫は、裕福な資産家である天満家の長女。望めば何でも手に入る、裕福な家庭。彼女はそこで育った。


 そんな雫には幼い頃、親しい友達がいた。


 同じ資産家一族の、同い年の女の子。両親同士が話す横で、幼い雫と女の子は、毎日のように遊んでいた。


 それだけなら、ごく普通の友達関係。しかし、一つだけ奇妙な事があった。


 「あの子と話した事を全て教える事」。両親は雫にそのような言いつけをし、雫は何も疑わず、両親の言葉に従って、友達と楽しく遊んだことをたどたどしく報告していた。


 それが。悪意に満ちていた事を知ったのは、全てが手遅れになってからの事。


 友達の話した、些細な両親の仕草。言葉。それをいつものように、雫は自分の両親に伝え……それが全ての破滅の始まりだった。


 友達の親は、裏で非合法行為に手を染めていたのだ。投資に失敗し、それを埋め合わせる為だったのだと、後で知った。それを、雫経由で把握した両親によって、友達の親は逮捕され、その財産は親類一同で切り分けられた後、一部は天満家のものとなった。


 全てを失った友達は遠方の親戚に引き取られる事になる。別れの日、雫を見つめる友達の昏い憎しみに満ちた視線を、彼女は今でもありありと思い出せる。


『お前なんか友達じゃない』


 友達はそう言って雫と絶縁し、以降、一度もあっていない。


 ……雫が、何か間違えた訳ではない。どんな理由があっても犯罪は犯罪だし、裁かれるべき事だ。世間的には、雫が行った事は間違いなく正しい。


 しかし、雫の言葉が、大切な友達一家を破滅に導いた事は事実だ。何より、自分の両親が友達との会話を聞きだそうとしていたのは、邪魔な資産家を追い落とすための情報源にするためだったのは明らかだった。例えそれが犯罪でなくとも、正しいとしても、悪意に満ちた邪悪な動機であったのは疑いようがない。


 そして雫は、それに加担したのだ。少なくとも彼女はそう思った。


 ……その後、雫は14で独立する。それまでの貯蓄を投資に回して成功した彼女は実家と縁を切り、完全に自立して自分ひとりで資産家としてやってきた。


 だけど、どれだけお金を稼ごうと、どれだけ正しく富を得ようと、どれだけ貧しい誰かを助けようと、雫の過去は変わらない。失われた友情は戻らない。彼女の罪を罰してくれるものはいない。それを理解してくれる者は居ない。


 生き馬の目を抜くような資本家の世界。誰にも弱みを見せる事は許されない。


 永遠に抜けない、心に刺さったままの棘。その痛みに彼女が屈しそうになった時、彼女は現れた。


『お金持ちなのに、生き辛そうな顔してますね、お嬢さん。どうです? 占いでも一つ』




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ