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「今晩はいかがなさいますか?」と侍女は囁く  作者: SIS
第二部 彼女達の贖罪

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第五十六話 屈服



 ……怪しげな占い師のお姉さん?


 突然の覚えのある人物に、私は思わず口をはさんでしまう。


「その、占い師、まさか……いや。それはいいや。……とにかく、それで、宮子ちゃんはこの夢に訪れた、と」


「はい。古びた鍵を渡されて、枕元に置けば、私の望む夢が見られる、と占い師はいいました。それに従って、私はこの館に来たのです……」


 己の罪を告解し、宮子ちゃんはどこか、さっぱりした顔をしていた。


 一方私は、むぅん、としかめっ面を浮かべている事だろう。


 成程。いや、最初からやたら積極的な事に内心ビビっていたのはそうだが、それはそういう理由だったからか。


 いくら贖罪を望むからと、売春紛いの事はかっ飛ばしすぎじゃないか、と思ったが、彼女達もこの世界を夢だと認識していたのならつじつまは合う。私が夢だからこそ大胆に振舞ったように、彼女達も夢の世界だからこそ、現実では躊躇するような代償行為に踏み切れたのだろう。夢の中で体を差し出した所で、現実のそれには影響はない。それでいて、その事実は心に残る。


 自らを罰したいと願っていた彼女には、文字どおり夢のように都合がいい話だ。


「……でも、それがなんで、急に私から距離を置こうとしたんだ? 君にとって、私に抱かれる事は罪滅ぼしだったんだろう?」


「それは……その……ええと……だって」


「だって?」


 少し身を屈め、彼女の顔を覗き込むように目を合わせる。


 宮子ちゃんはその視線から逃げるように視線を伏せて、小さくつぶやいた。




「だって。……罰に、ならなくなってしまったから」




 罰に、ならない?


 きょとんとする私に、宮子ちゃんはたどたどしく答えた。


 その頬は、気が付けば真っ赤になっていた。


「その。最初は、内心嫌だな、痛いの嫌だな、みたいな気持ちがあったのはその、否定しません。それを偽る事は、もうしません。けど、その」


「その?」


「う……うう……ほ、本当に言わないと駄目です?」


 このごに及んで誤魔化そうとする宮子ちゃん。そのたじろぎようを見て、私もようやく深層を把握した。なるほど。そういう事か。


 私は彼女を安心させるように、にっこりと笑みを浮かべた。


「駄目。宮子ちゃんの口から言って。言いなさい。言え」


「ううううぅう……だ、旦那様のいけず……。す……すき……」


 唇を尖らせて、宮子ちゃんはしぶしぶ、これまでで一番の恥じらいと共に本音を口にした。




「す……す、好きになっちゃったのよ、旦那様の事……っ!」




 おぉう。


 態度や情報から想像はしていたけど、いざ、当人の口から言われると衝撃が違うな。


 好き。好きかあ。ライクじゃなくてアイラブユーだよね。


 そうか。宮子ちゃんが私の事を。


 ……なんで?


「だ、だって。好きになっちゃったものは仕方ないじゃない! 何かこう、決定的な理由がある訳じゃないけど、包容力があるっていうか、気を使ってくれるし。ちょっと自信がないのに無理して頑張ってる所、可愛いし。懐広いし。あと、その。……夜、気持ちよくしてくれるし……っ」


「そ、そう? そんなに上手じゃなかった気がするけど」


「さ、最初はそうだったけど、それは私もそうだし。痛いだけだったのが、その、段々……な、何を言わせるのよぉっ!」


 顔を真っ赤にした宮子ちゃんに怒鳴られる。


 いや、自爆したのはそっちじゃん。


 はあ、しかし。ふーん。そうか。へぇー。


 なんだろうこれ。凄くこう、すっきりぴったりした気分。これまでびゅうびゅう吹いていた胸の灯篭の隙間風がぴたりと止まって、なかなか火が付かなかった蝋燭にぼっと火が灯ったような感じ。


 今なら何でもできそう。そんな根拠のない肯定力が無限に湧いてくる。


「なるほど。つまり、辛い事をして贖罪とするはずだったのだ、それ自体が楽しい事、報酬になっちゃって、理屈が破綻しちゃったと。それで、わざと嫌われるっていうか、空気を悪くして居心地の悪い空気にして、自分への罰にしようと考えた、みたいいな? ……自己中過ぎない? それで自分は罰されたいとか、矛盾してるでしょ。まあ嫌われたかったんならそれでいいかもだけどさ」


「う、うぅ……」


 意気揚々と揶揄するような私の言葉に、宮子ちゃんは顔を真っ赤にして唇を噛んだ。


 まあしかし、そういう事が。


 これまでの全てにつじつまがあって、私は深く納得した。


「そっかあ。好きになっちゃったのかあ。なるほど、へぇー。気持ちよかったのかあ」


「れ、れ、連呼しないで……っ!」


 顔を真っ赤にしたまま、ごほん、と宮子ちゃんは強く咳払いした。場を仕切り直したつもりらしい。そんな訳ないでしょ。


「で、ですから、私は、旦那様にそんな風に可愛がって貰えるような女じゃないんです! 罪人で、自分勝手で、浅ましい……だ、だから、軽蔑していただければ、それで……」


「……あのさ。宮子ちゃん、何か勘違いしてない?」


「え?」


 きょとんとする彼女の襟元に、私は開いた右手を差し込んだ。そのまま、乱暴にエプロンごと、彼女の侍女服を引き裂いた。


 ビリビリという音と共に、彼女の下着と柔肌が露になる。


 そんな乱暴な仕草に、宮子ちゃんの反応は、というと。


「ぁあ゙……っ?!」


 ベッドに押さえ込まれ、体重をかけられて身動きを封じられ。多少の息苦しさだってあるはずだ。


 その上で乱暴に衣服を割かれて、まるで強引にされているような状況なのに、彼女の口から零れたのは熱く湿った歓喜の声だった。


 はっとしたように口を紡ぐ彼女に、私は冷酷に告げる。


「私達を夢に招いた者達の考えがどうであれ、この屋敷の主人は私だ。君達は、私に絶対服従する侍女の立場だ。君の事情を、どうして私が顧みる必要がある?」


「だ、旦那様……っ」


「罰してほしい、といったな。ならば、これまで通り、私に尽くせ。罪悪感を覚えるなら、それを飲み込むのが君の罰だ、宮子ちゃん……いや、宮子。そもそも、罪人が自分の罰を自分で決めるというのが、烏滸がましいとは思わないか」


 つらつらと口から出てくる言葉は、自分で自分と思えない程、酷薄で強制力を伴う自信に満ちた響きだった。どうやら私には演劇の才能もあったらしい、などと思いながら、宮子ちゃんに顔を寄せる。


「私の望むままに、全てを捧げろ。それが、君の罰だ、宮子」


「あ……っ、は、はい、旦那様……」


 そしてそのまま、私は熱く湿った彼女の唇に、自分の乾いたそれを重ねた。




 夜明けの2時間前。


 まだ空は暗闇に閉ざされているものの、心なしか夜天の星空の輝きが衰える頃、館の廊下を蝋燭片手に歩く姿があった。


 雫。


 彼女は静かに主の寝室までやってくると、音を立てないよう慎重に部屋の中を覗き込んだ。


 微かに燃え残った蝋燭の灯の下で、ベッドで眠る男女の姿。生贄の乙女が歓喜と共に食い尽くされた宴の跡をみて、雫はしたり、と小さく頷き、扉を閉ざした。


「……これで、もう心残りはありませんね」


 小さく呟くと、何事もなかったように来た道を引き返していく。


 まだ暗い夜空の下。廊下の向こうで、小さく蝋燭の火が揺らめいて、そして、消えた。






 そして、朝が来た時。


 雫と名乗った侍女の姿は、もう館のどこにも存在しなかった。



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