第五十一話 二人と一人の組み合わせ
衝撃的というかかなり突っ込んできた質問に咽た咳が落ち着くのをまって、私は声を荒げないように問い返した。
好き?
私が宮子ちゃんや、雫ちゃんを?
「え、えと。違うんですか……?」
「いや。なんていうかな……」
まさか、肉体関係前提の雇用関係とは言えず、私はしばし言葉を選んだ。
「彼女達は、あくまで私の仕事を手伝ってくれる関係であって。まあその過程で、業務を円滑に進める範囲で親しくしたいとは思うが……。でも、年代が合わないし、私みたいな地味でつまらない根暗なおじさんに好かれてもお断りだろう」
「杉下さんはつまらない人間じゃないと思いますけど」
私の卑下に、即座に言い返してくる黒川さん。言葉が心なしか早口で、力が入っていた。
えっと、これは。
……むっとした、という感じ? え、なんで?
「あ、いえ。その、さっきも助けてくれたし、こうして初対面の女相手に気を使ってくれてるし、その、あのですね」
「はははは、ありがとう。気を使わせてしまったかな。ふふ、あまり自分を悪く言うのはよくないか」
「は、はい、そうです」
こくこく頷く黒川さんに、私は落ち着いて再度コーラを口に運んだ。
しゅわしゅわした炭酸の感触を楽しみつつ、少し言葉を選ぶ。
「まあ……勿体ない、というのが正直な処かな。彼女達はとてもいい娘さんだと思う。だからこそ、もっと相応しい相手がいると思ってしまうから、そういう気持ちを持つのは失礼かな、と。そういう所かな」
「……そういう気持ちは、あるんですね?」
「そりゃまあ。男と女だ、その、一緒に仕事していればいいな、と思う事はあるよ」
なんだか気恥ずかしくなってきた。
どうして私は初対面の女性に、職場の話……夢ではあるけれど……の話を深堀させられているんだろう。
というか、彼女はこういう話をされて困らないのだろうか?
見た感じ、どうにも彼女はこの話題に興味津々のようだが、一体なぜ? 単純に女性は恋愛話が好きとか、そういう事なのだろうか。
「じゃ、じゃあ、もしも、もしもですよ?」
「うん?」
「その女性たちが、立場とか年齢とかどうでもよくて、本当に杉下さんに、その、慕情の念を持っていたら、それを受け入れますか……?」
なんだなんだ、随分深い所まで話が進んだな。
しかし、どうにも黒川さんには、ふざけているとか、面白半分、という感じはしない。今もぎゅっとコップを握りしめるようにして、真剣に私を見つめている。
その視線に気圧された訳ではないが、私も少し、その妄想を考えてみた。
理由とか道理は別として、もし、雫ちゃんや宮子ちゃんが、私と男女の関係、そう恋人になりたい、と言ってきた場合、私はそれを受け入れるのか?
年齢とか、立場とか、そういうのを別とした場合、私の気持ちは……。
「それは……」
「お待たせしました! マルゲリータピザと大盛りポテト、ハンバーグディッシュとチーズドリアでございます! ご注文は以上でよろしいですか?」
「あ、ああ。間違いない、ありがとう」
ごゆっくりー、と下がっていくウェイトレスを見送り、黒川さんと目を見合わせる。
互いにどちらからともなく、ぶっ、と噴き出して小さな笑みがこぼれた。
「食べよっか」
「そ、そうですね」
「んじゃ、まずはこれ。ドリアにハンバーグを乗せて、と。んでピザは塩をよく振って、くるり、とピザ生地で包み込む、と」
サクサクのポテトを、とろーりとしたチーズとカリカリに焼いたピザ生地で包み込んで頬張る。
熱々でザクザクサクサク、ジャンクな食感と味が口いっぱいに広がる。個人的にはポテトに塩をしっかり振るのがポイントだ。チーズやピザソースに比べるとポテトそのものの味は薄いので、塩でメリハリをつけないとどうしてもモサモサした感じになってしまう。
「あ、なるほど。これは美味しいかも」
「気に入ってくれたかい?」
「はい! あ、でも、カロリーとかヤバそうですね……」
それは同意。まあでも、美味しい物は脂質と糖、あとついでに塩で出来ているのだから、しかたないね。
「夜にファミレスなんか来てるんだから誤差だよ、誤差。若いんだし大丈夫大丈夫」
「それ逆説的に若くないとヤバイという事では?」
「そうだよ。だから私はちょっと運動しないといけないね……ちなみに、よく一つ駅を早く降りて歩こう、なんて言うけど、あれって東京基準でしか物を考えられない可哀そうな人の考えだよね。東京なら駅と駅の間が一キロもないけどさ、こんな地方都市だとどれぐらい歩くと思ってるんだろうね?」
少なくとも、提唱者の思う様に5分程度ですむ運動ではない。10分? 20分? そんなに通勤時間増やしたら普通に遅刻するっての。
私の豆知識だか愚痴だか区別のつかない小話に、くすり、と黒川さんが微笑む。
花のような笑みだった。
おもわず見惚れていると、黒川さんは恥ずかしそうに口元を手で隠した。
「その。そんなにみられると、食べられないんですけど……」
「あ、ああ、ごめん」
私は油で汚れた手をペーパータオルで拭き、ハンバーグドリアに手を付けた。こっちは単純に美味しくてボリューミーだ。ハンバーグの上の卵の黄身を潰して、ハンバーグは一口サイズにフォークで切り分ける。そしたら、スプーンで纏めて口に運ぶ。
うむ、美味しい。
そして濃厚すぎる味はコーラでさっぱりと流す。これこれ、ファミレスといえばこのジューシーでジャンクな味だよ。
健康に悪すぎるので時々にしているが。
「あっ、しまった。つい普通に二人前頼んじゃったけど、大丈夫? 食べきれる?」
「ん、問題ないです。でもピザは半分より少なくてもいいかも」
「良し来た」
その後は、ちょこちょこ小話しながら、私達は食事に集中した。
合間に小さな笑み。まあ、そう悪い時間ではなかったはず、と思いたい所だ。
「ごちそうさまでした。その、お支払い、良かったんですか? 誘ったのは私なのに」
「思わぬ楽しい時間を提供してもらったからね。学生は何かと物入りだろう? 大学生であってもさ」
支払いを終えて、レシートでちょっとばかし分厚くなった財布を懐に入れていると、黒川さんが申し訳なさそうに後をついてくる。
時間的に、これからが一番の稼ぎ時だろう。次々にやってくる客に道を譲るようにして、ファミレスの入口から離れて、物陰に。
「やっぱり若いね。いい食べっぷりだった」
「それはその……すいません」
半分より少なくていい、と言いながら、結局黒川さんは四分の三ぐらいぺろりと食べてしまった。これは流石の私もあんぐりである。
まあ若いってのは無敵だからな。これぐらいはいいさ。
吐く息が白いのを見て、空を見上げる。
……そろそろ帰らないと、ちょっと明日が辛くなってくるな。
「それじゃあ、私はこれで。おやすみなさい黒川さん、よい夜を」
短く挨拶をして、この素敵な逢瀬を未練なく終わらせようと背を向ける。と、不意にぐっと右肘のあたりを引っ張られて、私は脚を止めた。
振り返ると、そこには手を伸ばして私の肘を掴む黒川さんの姿。
「あ……っ」
無意識の動作だったのだろう。彼女ははっとして手を引くと、ぺこり、と頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。その、夕ご飯ありがとうございました。気を付けてお帰りください」
笑って誤魔化そうとするが、そこにはどこかぎこちなさがある。
……。
もし、私が女慣れしたプレイボーイだったりしたら、ここで一つ、彼女を誘ってみたりもするのだろうが。
生憎、私は今日あったばかりの相手にそんな提案をするほど自分に自信はないし、己惚れてもいないし、勢いがある訳でも軽率でもない。
だから、ここで言える私らしい言葉は、一つだけ。
「またね」
「……! は、はい、またっ!」
嬉しそうに顔を上げて、黒川さんが笑う。その頬が紅潮しているのは、もしかすると寒さのせいだけではないのかもしれない。
なんでこんなに好かれてるんだか、もしかして私が覚えていないだけで、どこかであってたりするのだろうか?
こんな可愛らしい人、そうそう忘れるとは思わないんだが。
手を振る黒川さんに名残惜しく手を振り返しながら、私は駅のホームを目指した。
「……あ、あれ。方角一緒?」
「え、えと。私、昇りに二駅……」
「そ、そうか。私は昇りで五駅先だね……」
まあ直後に駅のホームで再開したんだが。
きまずいったらありゃしない!
「うふふふ、杉下さんって面白い人ですね!」
「は、はははは……」




