第五十話 夜のファミレスにて
どうしよう。
人生で初めて逆ナンパされてしまった。
助けた通りすがりの女性と一緒にファミレスの席についた私は、そわそわと落ち着かなく佇まいを直した。
対面の女性も、落ち着かないのは同じようだが、こちらは先ほどから石像のように固まったまま、机の在らぬところを見ている。
どうしようこれ……。
いやでも誘ってきたのはあちらだしな。
まさか、これが噂にきく美人局……って事もないな。完全に偶然の出来事だったし。
誘っておいて動揺している? 普段からこういう事をしている訳ではない、という事? だったらなんで?
たかが、文房具を拾っただけで?
そのまま、ひたすら沈黙が流れる。もしかしてこのままずっと……と思いきや、強制的にその空気を割って入ってくる人物がいた。
「お冷お持ちしました」
店員である。
何もかもセルフなのが当たり前の中、珍しくこの店は店員がお冷をもってきてくれるようだった。礼を言って受け取る私に店員のお姉さんはにこりと作り笑いを浮かべると、そのままいそいそと盆を手に引き返している。
あの笑顔の裏で私何言われてんだろうなあ……。
「あ、あの、その……」
「? あ、ああ。お冷どうぞ」
「どうも……」
意を決して顔を上げてきた彼女に、お冷のコップを差し出す。彼女は首を縮めてそれを受け取った。そのまま、丁寧に机の上に置く。
また沈黙が流れそうな雰囲気に、ここは突撃あるのみ、と私も腹をくくった。
「そ、そういえば、名前まだでしたね。私は杉下。君は?」
「わ、私は、その……黒川、と申します」
「珍しい苗字だね。かっこいい」
そういいつつも、視線は彼女の長い黒髪に向けられている。ちょっとやぼったい感じにまとめられているこの髪、ストレートに伸ばしたら名前の通り黒い川のようだろう。
宮子ちゃんが、そんな感じで綺麗な黒髪だったな。この子もそうすればもっと美人だろうに。
いや、これ以上はやめておこう。万が一にでも口に出したらセクハラだ。
「その。さっきは、助けてくれてありがとうございました……」
「え? あ、ああ、いや。別に、あの程度の事は」
お冷を口に運びながらメニューを見る……振りをして、黒川さんの様子を伺う。
彼女はさっきからじっともじもじしてるだけで、チラチラ私に視線を送ってくる他に不審な様子はない。携帯を取り出してポチポチ始める様子もないし……。
え、本当に?
本当に、さっきのお礼だけで食事に誘ったの?
わ、わからん。本当に女の子はわからん。
夢の館で宮子ちゃんや雫ちゃんと接していても、彼女達が何を考えているのかは結局分からないままだしなあ。答えがない問題集を延々と解かされてる感じだ。
「……そういえばさ。最近の若い人って、レストランのメニューを組み合わせて食べるそうですね。黒川さんのおすすめってありますか?」
「えっ」
私の質問に、ビクッと肩を跳ねさせて見返してくる彼女。眼鏡の向こうの瞳が見開かれていて……ああ、これはそういうの興味ない奴か。
見た感じ、あまり社交的でもなさそうだしな。これまでのが全部演技じゃなくて素で、たまたま、気まぐれで変な行動力を発揮しただけの陰キャ、というのなら、まあやりようはある。
とにかく、この場はお互い楽しく過ごせるよう、それだけを考えよう。
よし!
「あんまり興味ない? それでは、ちょっと話に聞いた食べ方、試してみてもいいですかね?」
「ど、ど、どうぞ……」
「うっし。店員さん、注文よろしく」
私が頼むのは、マルゲリータピザに、大盛りのポテト。あとはハンバーグ単品に、ドリア。こっちは二人分。あとついでにドリンクバー。
メニュー表を手に下がっていく店員を他所に、私はガタリ、と席から立ち上がった。
「ドリンクとってきます。何がいいですか?」
「えっと、その、あの……じゃあ、ウーロン茶で……」
「あいよ」
ドリンクコーナーに行くと、年季の入った感じのドリンクサーバーが置かれていた。かすれはじめている表示を頼りにメニューを選び、コップにウーロン茶とコーラを注ぐ。あ、しまった、氷の有無を聞き損ねた。
まあいっか。無しでも。薄まったウーロン茶は美味しくないし。
たっぷりカップに満たしたそれを零さないようにして席に戻り、黒川さんの前に置く。
「ど、どうも……」
「いえいえ」
そして、再びの沈黙。
黒川さんはちびちびコップを傾けながらも、ちらちら視線は私に向けている。私の出方を伺うような露骨な視線に、私は内心小さく苦笑した。
なんていうか、人間として扱われてる感じがする、といったら大げさだろうか? 仕事の同僚、と呼べるのかどうかもわからない連中は、こちらの都合や感情など完全に無視して、あちらの都合を叩きつけてくるだけだったからな。こういう、相手の手足を探るような間合いの測り方は、ひさしぶりだ。
とにかくこれでは場が持たないと、私はとにかく話題を投げかけてみる事にした。思いついた事を口にする。
「ねね、黒川さん。黒川さんって、最近、プライベートでいい事はありました?」
「え? プライベートですか……?」
私の問いかけに、黒川さんは少しだけ宙を見るようなまなざしの後に、こくん、と小さく頷いた。
「す、少しだけ。肩の荷が軽くなったみたいな、事が」
「それは良い事です。暗い世の中ですから、良い事は一つでも多い方がいい」
「その。杉下さんは?」
問い返してきた彼女に、私もうーん、とわざとらしく天井を見る。
あるといえば、ある。すっごくある。
「ありましたとも。そうですね、仕事とは別に、ちょっとした副業みたいな、収入にはならないんですけど少し雑事をやっているんですが。それで、性格の良い娘さんと二人も知り合いましてね。今、二人に手伝ってもらってるんですよ、仕事を」
口にしてから、しまった、と反省する。
よく考えてみたら、この話題はこの場には不適切だな。黒川さんは勇気を出して私を誘った様子なのに、その場で違う女の話をするとか、考える案でもなく零点だ。
私も結局、人とうまく話が出来ない側だったのを忘れていた。機嫌を損ねていないといいが。
そう思って視線を向けるが、意外にも黒川さんは気分を害するどころか、興味津々の様子で私の話に食いついてきていた。
「そ、そうなんですか……。な、仲が良いんですか?」
「私は、そう思わせてもらってもいいんじゃないかと、思ってますね」
実際は、ベッドを共にするような関係だが、あれはあくまで雇用契約上の業務範囲だろう。一人の人間同士としては、まあ、うん、最近ようやく、襟元を緩められるようになってきた、といった所か?
とはいえ思いを寄せられている、なんて思い上がる事はない。普通に考えて、私は二人をとっかえひっかえしているクソ野郎でもある訳で。
しかしながら、二人はそんな私に嫌悪感を向ける事無く、心の距離を短くしてくれた。その好意が少し不思議ではあるのだが、恐らく彼女達の事情がそこに絡んできているのだろう。
「……じゃ、じゃあ。その、杉下さんは……その二人の事、好き、なんですか?」
「ゲブホォッ」
思わず口にしていたコーラが器官に入って咽る。慌てて肘の内側に口を押し付けて、ごほごほと飛び出す咳を抑え込んだ。
「な、なんだって?」




