第四十八話 窮屈な羽伸ばし
そこからはもう、大騒ぎだった。
返事をすると慌ててロープが降ろされ、それを昇って私達は洞窟から脱出した。上に昇ると、複数の貴族やその侍従が待ち構えていて、ただちに私は担架に乗せられ、別荘で軽い手当てを受けた。その後、すぐに大きな馬車で最寄の街まで移送され、そこで本格的な治療を受ける事になった。
当然ながら鷹狩は中断。
想定していなかった獣の出現に、参加者は騒然。特に今回主催だった貴族は、もしかして私が死んだんじゃないかと気が気でなかったようで、ひたすらに私に謝り倒してきていた。
私としては、想定外だったんなら仕方がない、命が助かっただけでも儲けもの、といった所ではある。まあ、命あっての物種だ。
ちなみに地下にいた私達が見つかった理由だが、これもまた、ペルセポネのお手柄だった。
やはり彼は、熊っぽい獣との戦闘をうまくやり過して離脱したらしい。慌てて別荘に戻ったペルセポネの尋常ではない様子に不審を抱いた数人の貴族がその誘導で森の中に入り、そこで明らかに様子がおかしく怯えているムタの姿と、何者かに持っていかれた鹿の血の跡、私達が落ちた穴の近くに血や防具の破片が散乱しているのを発見した。
私達が獣に襲われて地下洞窟に落ちた、と判断したものの、流石にそのまま後を追っては二次遭難もありうる。二の足を踏んでいると、再び飛び立ったペルセポネが別の場所で旋回、鳴き声を上げ始めた為、そこに向かってみると……という事だったらしい。
どうやら、思ったよりも短い時間で状況は推移していたらしい。体感だと半日ぐらい地下にいた気分だったんだが、全然違った。やれやれ。
ちなみに熊みたいな獣は、状況を把握した何人かの腕に覚えがある貴族の方々がガチ装備で追跡し、森の奥で鹿を喰っていた所を仕留めたのだという。今は、こいつがどこからどう紛れ込んできたのか、調べているそうだ。
まあ何はともあれ、命は助かったものの、色々てんてこまいである。
メアリは責任を感じて滅茶滅茶落ち込んでるし、顔見知りになった貴族の方々には心配されるし、正直懇親会とかそういう雰囲気は完全になくなってしまった。せっかくペルセポネが仕留めてくれた鹿も、獣に乱雑に食い散らかされて首の剥製も作れなかったらしい、まさに踏んだり蹴ったりである。一方獣の毛皮は、仕留めた方が勲章として持って帰ったらしい、いいな、羨ましい。
なんていうか、散々な社交界デビューになってしまったものだ。参加者はその場で解散、皆、次はパーティーでもしよう、との言葉を残して、領地に帰っていった。
んでもって、私はそのまま、街の病院に入院中である。超絶VIP待遇ではあるが、病院は病院。館に比べれば大分グレードの下がる部屋で柵のあるベッドに寝かされて、窓からそよ風が差し込むままに任せている。
そんな私の隣には、二人の侍女の姿があった。
「よし、綺麗に剝けた!」
「ふふ、宮子さん、お上手です」
「貴女に言われると嫌味にしか感じないんですけど……」
薄暗い病室に咲く、二輪の花。
宮子ちゃんと雫ちゃんである。二人は揃って椅子に座り、果物の皮むきに挑戦中である。流石に技量差が出ているようで、綺麗な雫ちゃんのそれと違い、宮子ちゃんのは解像度の荒い、スーファミ時代のポリゴンのような有様だ。ま、それでも茶の一つも淹れられなかった頃を考えると大いなる進歩ではあるが。
「はい、それじゃ、旦那様。あーんして」
「どうぞ、お召し上がりください」
気にする目が無いという事で、割とぶっきらぼうな感じでフォークを差し出してくる宮子ちゃんと、しとやかに片手を受けにして果物を差し出す雫ちゃん。二人の対照的な、しかし真摯な看護に、私は照れ臭く思いつつも、あーん、と口を開いた。
しゃくり、しゃくしゃく。
差し出された果物……触感と味的には多分リンゴ、間違ってもここの長男とか孫ではないはず……をもしゃもしゃと咀嚼しつつ、私はベッド横で待機する二人を見る。
メアリの姿はない。
というのも、ここに入院している間、私は領地の仕事ができない。となると、領地の運営権を持っているもう一人であるメアリが館に戻らねば、色々と大変な事になってしまう。このような状況で私を置いていくことに彼女は酷く躊躇いを見せたが、それでも最終的には館へと戻った。代わりにやってきたのが宮子ちゃんである。
彼女は雫ちゃんともども、私の面倒を見るように言いつけられてきたとの事だ。
館の外で、メアリのこわーい視線もなく、侍女二人と悠々自適。不幸中の幸いというか、羽を伸ばしてのんびりできる機会を、私が歓迎したのは言うまでもない。
まあ、ここが病院でなければもっとよかったんだがね! 流石に病院、それも怪我人とあっては自由自在に動けないし、制限も多い。一人で自分の事が出来ないってのがこんなにも不便だとは思わなかった。
「ん、美味しい。ありがとう。宮子ちゃんも、形は悪いけど味はいいね」
「ふふん。ほらね、旦那様はそんな細かい事を気にしないのよ」
「はっきり形が悪い、っておっしゃったの、聞こえなかったのかしら? ついでだから、宮子さんも病院で耳の検査をしていただいたらどう?」
あんですってー? って感じで詰め寄る宮子ちゃんを、すまし顔で受け流す雫ちゃん。別に本当に仲が悪いんじゃなくて、気心知れた者同士の気楽なやり取りだ……そうだよね? 本当に仲が悪い訳じゃないよね?
「勿論。それにしても宮子さん、素がこんなにガサツな方だとは思いませんでしたわ。館ではどのぐらい分厚い毛皮を被っていたのかしら」
「私から言わせればアンタがそんなに皮肉屋だとは思わなかったわよ、面食らったわ!」
「ええ、なかなか面白い顔でしたわ」
ちょ、ちょっと、やめてよ~。人の枕元でさあ。
まあ、見てて飽きないよい見世物ではあるんだけど。
いやあしかし、宮子ちゃんの素は知っていたけど、雫ちゃんにもこういう所があったなんてね。お淑やかで礼儀正しいのは変わらないんだけど、一言多いというか、礼儀正しいからこその慇懃無礼っていうの? 正直それが私に向けられたら怖い所なんだけど、今の所彼女のブリティッシュジョークみたいなのが私に向けられる様子はないので一安心である。
それにこれも、館に戻ったら鳴りを潜めるだろうし。今だけ、と思えば名残惜しくもある。
「ところで、旦那様はそろそろ、下のお時間じゃないでしょうか。最後に水を飲んだの、数時間前でしたよね」
「え? あ、いや、それは……」
「おっと、忘れてたわ。お医者様にも言いつけられてたんだっけ、ほら、手早く済ませてしまいましょう、旦那さま。尿の検査するんですって」
そういって、宮子ちゃんががさごそ用意してきたのは、奇妙な形の透明な瓶。所謂、尿便である。その傍らでは、雫ちゃんが涼しい顔で白手袋を装着している。
私は焦った。
「ま、まって、一人で出来るって」
「何をおっしゃるんですか、背中の怪我のせいで、未だに前屈どころかお辞儀もできない人が、一人で処置できる訳ないでしょう? いいから、ここは私共下々にお任せくださいませ」
「そうそう。大体今更、何も気にする事ないじゃない。互いに、知らないほくろの位置まで知ってる間柄なんだしー」
そ、それは! それはそうかもしれないんだけど! それとこれとは別というか、尊厳というか……!
「もう、往生際の悪い。これが初めてでもあるまいし」
「さっさと諦めたほうが楽ですよー。はい、さっさと下を脱ぐ!」
う、うわああああーーーっ!?




