第四十二話 ハンティング
「よぉし、行ってこい!」
腕を振るようにして、ペルセポネを送り出す。真っ白な翼が、抜けるような青空に羽ばたき、瞬く間に高度を上げていく。
その向かう先には、色とりどりの鷹の姿。他の参加者たちが、自慢の鷹を解き放ち、得物を狙わせている。
「おっ」
と、見ている間に一匹の鷹が梢の間に飛び込んだ。枝葉を潜り抜けて地上の草原へと鷹が飛び込むと、ばたばたと何かが繁みの中で抵抗して暴れる。
「よぉし、よくやったぞイルガーム!」
紳士の一人が快哉をあげて騎獣に飛び乗り、一目散に繁みへと向かっていく。その姿が繁みの向こうに消えてしばらくした後、得意そうな笑みを浮かべた紳士が獲物を片手に、愛鷹を反対側にとどまらせて引き返してくる。
彼が手にしていたのは……なんだろう? ウサギとイカを足したような奇妙な獣だ。上半身がウサギで、下半身は烏賊。だけど全体的な質感は烏賊のそれでつるつるぬるぬるしており、しかし色はウサギの枯葉色。
まあ、この世界の動植物についてつっこみを入れるのはもう諦めたが……。
「どうだ、サイズはともかく一番手は貰ったぞ!」
「ふん、そんな小さな獲物一匹で得意になってどうする。早くて拙いだけでは何にもならんぞ」
「はっはっはっ、負け惜しみが心地よいというものだ! 拙速は巧遅に勝る、というもの! 誰が何を言おうと、どれだけ大きい獲物が出てこようと、一番乗りは私のものという事実は動かん! がっはっはっは!」
騎獣にのって戻ってきた彼は、獲物を自分の侍従に任せると、愛鷹に餌をあたえながらどっかとベランダのベンチに座り込んだ。
どうやら、一番手を取った事で満足したらしい。
価値観は人それぞれとは言うが、しかし、彼の判断は悪くはないと思う。何事も半端が一番いけない。獲物も取れず、うろうろとして曖昧なままに終わるぐらいなら、最初の一手に全力投入し一番手をかっさらい、後の者達を“二番手以下”として酒の肴にしてしまうというのもまた一興だ。
少なくとも、彼は一番手を取る! という確固たる目標を立ててそれを達成した勝者だ。その腕で胸を張る鷹も、心なしか誇らしげに見える。
「旦那様……」
「なあに、勝負はこれからさ」
雫ちゃんがちょっと不安そうに見てくるが、私は表向き動揺を見せないように振舞った。
まあ、最初にいったように、人は人、私は私、だ。
私はとりあえずペルセポネに任せると決めた。だったらじたばたせずに、信じて待つのみである。
空を羽ばたく白い鷹を見つめる。
と、そんな私の横にやってくる人影があった。雫ちゃんやメアリが佇むのは反対側、無防備な側面に近づいてくるのは、会話の意図を感じる。
なんとなく視線を向けた私は、相手の素性を把握してぎょっと首を引いた。
太った首にめり込むような口だけの頭……ガルファさん。
先ほどちょっと気まずい形で別れたのが頭の片隅にひっかかり、私はおっかなびっくり、相手の出方を疑うように挨拶をした。
「ど、どうも……」
「うんむ。なあに、別にとって喰いやしないわい、そんなに腰が引けていたらこっちも話辛いわ」
「あ、すいません……」
私が謝りつつ背筋を正すと、ガルファさんはちょっと不愉快そうに口をもごもごとさせた。
「そのすぐ謝るのもやめんか。いや、中身のない謝罪とは言わんが、世の中にはすぐ謝られると馬鹿にされてると曲解してキレだす、神経が短絡しとる奴もおる。気を付けい」
「す……わ、わかりました」
反射的に謝りかけて、慌てて正す。ああ、でも言いたい事は分かる。
会社の同僚にも、謝罪を要求しておいて謝るとすぐ逆切れする意味不明な生命体がいるが、あれはそういう事なのか。勉強になる。
「あー、なんだ、その。今は領主をやってるようだが、以前はそれなりに苦労したのか? いや、みなまでいうな、大体わかる。そういう奴は能力の割に卑屈でな、さぞ生き辛いだろう」
「……は、ははは……」
うーん、この見透かされてる感じ。ちゃんと偉い人、って感じだ。
でも話していて、不快さは感じない。あちらに、こちらを馬鹿にしたりとか、蔑むつもりが一切ないからだろう。
この人は、私と対等に話をしてくれている。
それだけで、なんていうか、話しやすい。
「その。さきほどの話で不愉快な思いをさせた事についてかと思ったのですが……違うようですね。私に、何か?」
「んむ。まあ、なんだ。話したい事があるというか、深く考えずに、他人の独り言を聞き流すようなつもりで聞いてくれればいい」
「はぁ」
何が言いたいのかよくわからないが、とりあえず頷いておく。
「さっきの話。他人は結果しか見ない、と言ったな。……あれは、お前さんの周りの人間がそうだからか?」
「? え、ええ。そうですが……だとしてもそもそも、人はそういうものでしょう?」
なるほど。妙な反応だったと思ったが、その事をわざわざ気にかけてくれたのか。でもなんでだろう? そんなにおかしな考えか?
「白鳥が水面下で必死に水かきしているのは見えない。当人がどれだけ努力や研鑽しても、それは自己評価にすぎない。所詮、他人が見えるのは結果が全てなのは事実でしょう?」
「……なるほど。おぬしは、それなりに苦労してきたんだな。まあ、それが間違っとるとは言わんよ。概ね事実だ。真理と言ってもいい……だがなあ」
ガルファさんは口をもごもごさせながら、ベランダから林を見渡している。その視線を追って、私は景色を見渡した。
色とりどりの、大小様々な鷹達が、獲物を狙って競い合っている。中には、ストレートに鷹同士で取っ組み合っているのも居る。その中で、ペルセポネは上手い事トラブルを避けて、見晴らしの良い場所をキープしているようだ。
それを見て、私は再びガルファさんに視線を戻す。
「他の考え方も聞いておけ。確かに、人が見れるのは結果だけだ。だが、結果だけを見るのは、器が小さい」
「器、ですか」
「想像力がない、ともいう。地位を得た者は、そこにつくまでに努力をした、研鑽をした、それらは決して、楽な積み重ねではなかったが、かといって無理難題でもなかった。だからこそ、自分の所までこれないものを、努力が出来ない、研鑽ができない、積み重ねが無いと軽蔑する……簡単な話だが、聊か安直すぎるだろう。おぬしも言っただろう、努力は自己評価だと。自分にとって簡単な事が、他人にとっても簡単とは限らんし、その逆もある。自分にとって難しい事を、簡単にこなす他者も居る。十把一絡げに一つの理屈を全部に適用するのではなく、個人個人の適正と努力を見てやれ。それが器の大きい奴って事だと、ワシは思う」
ピィー、と甲高い声が上がり、私は林へと視線を戻した。
そこでは、一匹の鷹が獲物と格闘していた。脚が八本ある鹿のような何か。自分よりも多少大きい体格のそれと格闘する鷹だが、最終的に力負けして振りほどかれてしまう。
よたよたと逃げ出す獲物……それを、別の鷹が宙から舞い降りて抑え込んだ。手傷を負っているとはいえ、激しく抵抗する獲物をその鷹は打って変わって簡単に抑え込み、その首筋を噛みちぎる。
その様を見ていた最初の鷹は、しょんぼりしたように力なく羽ばたき、再び空へと舞い上がった。
……少し心が痛む。あの鷹は、結果を出せなかったけれど、凄くがんばっていたのに。それを、私は今、確かに目にしていたのに、何もしてやれない。
そんな私の感傷を狙ったように、ガルファさんが問いただしてくる。
「……おぬしは、可愛がってる侍女にも同じことを言えるか?」
「!」
「言えんだろう。そしてそれはえこひいきではなく、その娘の事をよく知っておるからだ。その娘が何が得意で、何が不得意で。どれだけできて、どれだけできるようになっているから。正しく評価できているからこそ、結果が全て、とは言うまい?」
それは買いかぶりだ。私は、雫ちゃんの事を言うほどには知らない。
だが、知ろうとは思っている。
ガルファさんは、それを私の器の大きさだという。そうなのだろうか。
「ま、何も知らない他人の意見と、軽く聞き流してくれればいい。今日初めて会った奴の言葉をそんなに真に受けるんじゃない、真面目め」
「ははは……」
「しっかし、いいのう。ぴっちぴちの可愛い侍女を二人も連れおって。きっと夜はベッドでしっぽりやっているんじゃろうのう、なんだ、急におぬしの事が嫌いになってきたかもしれんぞワシ」
え、ええー。
さっきまでなんだか人生の教訓らしきものを聞かされていたかと思ったら、一転してこれである。
「い、いや、メアリとはそういう関係じゃ……」




