表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「今晩はいかがなさいますか?」と侍女は囁く  作者: SIS
第二部 彼女達の贖罪

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/62

第四十一話 過程の話


「ふぅ……」


「ふふ、お疲れ様でした」


 一通り面通しを終えて、私はぐったりと談話室の隅っこ、人気のないソファーに腰かけて休んでいた。傍らによりそう雫ちゃんがそっと差し出してきたコップを受け取り、中の水を煽る。


 微かに柑橘のエッセンスをきかせた水は、強張った体に染み入るようだった。


「ん、美味しかったよ、ありがとう」


「いえいえ」


「……それで、どうだい。メアリ。及第点はもらえたかな?」


 一息ついた所で、傍らに控えるメアリに声をかける。


 次々と話しかけてくる諸侯の名前を、メアリは全て暗記していた。そのつもりがあれば、事前に私に通達しておくことも十分出来ただろうし、本来そうするべきだった。


 にも関わらずこの侍女長がそういった事をしなかったのなら、恐らくはこれもまた、夢の主に相応しいか確かめる試練であったと考えるべきだろう。


 首の無い侍女長は私の問いかけに小さく傾ぐような動きをもって答え、満足気な明るい声で採点を告げた。


「勿論でございます、旦那様。立派な受け答えだったと思われますわ」


「そうか、それならいい」


 抜き打ちテストもほどほどにしてほしいんだけどな、と私は改めて気の抜けなさを感じながら、談話室に佇む諸侯の顔立ちを見渡す。


 顔立ちっていうか、どこから見ても人間じゃないのが大半だが。しかしおかげで、人の名前と顔が一致しない事に自覚のある私でも、ほとんどの相手の顔と名前が覚えられるというものだ。


 流石に水晶玉だとか黒いもやだとか、そういう特徴的過ぎる見た目で間違える事はない。とはいえ一気に名前を詰め込まれたからちょっと怪しい所はあるが。


「……あの人はなんだったっけ。サルゴン……じゃないな。サリファスだったか」


 黄色い箒みたいな頭を目で追いながらメアリに確認する。指さし呼称は流石にアウトだろう。


「はい、サリファス様ですね。サルゴン様は、あちらの……煌めくような頭をされている方ですね」


 真っ白な石膏を荒く砕いたような、細見のゴーレム、みたいな人がサルゴンね、よし、覚えた。


 と、そこで私はふと、雫ちゃんの事が気になった。


 一連の騒動の間、ずっとペルセポネの入った鳥かごを抱きかかえて控えていた彼女だが、退屈じゃなかったろうか。


「雫ちゃんはどのぐらい覚えた?」


「一応、皆さま全員は。何かあればお申し付けください」


「それは凄いな、助かる」


 後ろで聞いてて全部覚えたのか。覚えやすいとはいえ、凄いな。


「さて。とりあえず一通り言葉はかわしたが、うちの領地と関係が深い人は誰だ? 優先順位をつけるべきだとは思うが」


「そこはやはり、アシェフ様かと。領地との繋がりもそうですが、それ以上に権力者に顔が広い方です。社交的かつ、悪戯に敵を作らないよう立ち回れるのもお上手な方なので、積極的に交流を持つべきかと」


「なるほど。確かに、らしいといえばらしい」


 私に真っ先に声をかけてきたのもそう言われれば納得だ。


 いわゆる社交界の貴公子、なんて呼ばれたりしている人物なのだろう。


「雫ちゃんはどう見る?」


「……侍女長の意見に異論はありません。……ただ、あのアシェフ様という方、口調程には明け透けな方ではいらっしゃらないと思われます」


 意見としては同じ。ただ、接するスタンスは違う、と。


 ……雫ちゃんの事は、恐らく資産家か何か、それなりに良い所の出の娘だと、私は見ている。となると、社交界の場での立ち回りもまた、私より彼女の方が経験豊富だと考えてよさそうだ。今の提言も、実にそれっぽく思う。


 貴重な意見だ。無碍にせずに、参考にさせてもらおう。


「よし、休憩はこれまで。私も会話に……おや」


 ソファから勢いをつけて立ち上がった所で、ガランゴロン、と鐘の音が響く。見れば、お喋りに興じていた来賓の方々も、会話を止めて顔を上げ、天井を見上げている。


 これは……。


「どうやら、歓談の時間は終わりのようですね」


「と、いうと?」


「鷹狩の始まり、という事です」


 反射的に、鳥かごに目を向ける。


 図体からすれば小さな鳥かごにちんまりと収まっているペルセポネが、私の視線に目を合わせて『クェア』と応じるように鳴いた。




◆◆




「さあ、皆さん。ご自慢の鷹を是非とも披露していただきたい!」


 音頭を取ったのは、やはりというかアシェフさんだった。大仰な彼の手振りにつられるように、来賓の皆が各々、鳥かごを手にした侍従を引き連れて屋敷の窓から外に出る。


 その先には大きなベランダが広がっている。さらにそこからは、眼下に広がる広い草原と、真っ黒な枝葉を広げる林が一望できる。


 みれば、ベランダの下に、何頭もの騎獣が繋がれている。鷹が獲物を捕らえたら、これに乗って追いかけていく、という事だろうか。


「旦那様、ルールは把握しておられますよね?」


「ああ、うん。勿論」


 基本的なルールは、現実の鷹狩とそう変わらない。


 そもそも現実の鷹狩は、あくまで鷹に好きに狩りをさせて、それを人間が楽しむようなものだ。別に捕まえた得物を持って帰らせるような訓練をさせるのではなく、鷹が捕まえた得物を食べてしまう前に、あらかじめ用意していた餌と入れ替える、そういったもの。


 当然、上手くやらねば鷹は獲物を横取りされたと勘違いして怒ってしまい、言う事を聞かなくなってしまう。


 あくまで鷹は猛禽、猛獣なのである。だからこそ、武士のような力を誇る立場の者達が、自らの度量と力量を示す場として、鷹狩を好んだのである。


 しかしながら、この夢の世界の鷹達は聊か事情が違う。自分で先に鷹狩会場に向かっていたように、現実のそれと比べても段違いに賢い。


 おかげで、不安もあまりない。


 少なくともペルセポネは、頼み込んでおけば勝手に獲物を食べたりはしないだろう。


「よろしく頼むよ、ペルセポネ。お前の賢さを皆に見せてあげなさい」


『クェ』


 篭から出した白鷹が、ぴょんぴょんしながら私の右腕に移ってくる。そのずしりとした重さを頼もしく思いながら声をかけると、まるで人間が返事するように白鷹が鳴いた。


 鷹に不安はない。上手くやってくれるだろう。


「へえ、それが君の鷹かい。なかなか綺麗じゃないか、白無垢のように純白だ」


「ありがとうございます。サリファスさんの鷹も、実に雄々しくいらっしゃる」


 少し侮るような響きで声をかけてきたのは、先ほど人相確認の相手となったサリファスさんだ。彼の手にも、私と同じく鷹が既に放たれている。


 なんていうか、かなり大きな鷹……いやワシか? ペルセポネよりも二回り以上大きな灰色の猛禽類、頭部はなんだろう……頭足類というよりもワームの類のような刺々しい顔立ち。ええとこれは……あ、あれだ。オニイソメ。


 クワガタみたいな大きなキバをかっぴらいてカチカチ鳴らす様子は迫力満点だ。これに比べたら、確かに小さくてしなやかなペルセポネが侮られてもしかたないかもしれないが、別にでかければいいというものでもあるまい。


「お名前はなんというので?」


「ガルーオだ。見ての通り力自慢の子でな、見ていたまえ、今日一番大きな獲物を捕まえるのは私の鷹だろう」


「ほほう、それは聞き捨てなりませんな」


 私とサリファスさんの会話に割って入ってきたのは、恰幅の良い紳士どの。豊かなお腹をたぷんたぷん揺らしながら歩いてくる彼の頭はなかば首に埋まるようで、顔の中心には口らしき大きな洞だけが開いている。その奥から発せられる声は見た目通り重々しい。


 確か、この人はガルファさん、だったか。口があるというだけである意味、比較的人間に近い見た目の人だ。あくまで比較的、だけど。


「パワーだけならうちのモルフォンが一番に決まっている。なあ、モルフォン?」


『ガチッガチッガチッ』


 主人の呼びかけに嘴をならして応えるのは、その肩に留まる猛禽だ。黒い翼に、腹部は白い羽毛で覆われている。頭部は……ええとこれは、なんか、頭足類どころか海洋生物ですらないな。ゾウムシ。そう、あの長い口吻が特徴の甲虫のそれに酷似している。


 別に軟体生物縛りじゃないんだ、鳥の頭。へぇ。


 ところでどこをどうかみ合わせて音を出してるんだろう、これ。


「ほぉ。その鈍い嘴に捕まるどんくさい獲物が居るといいな?」


「貴様こそ、狩りが始まる前からそのように殺気を撒き散らしては居る獲物も逃げてしまうわ、主人と違って落ち着きの無い鷹だな」


「まあまあまあ。皆さん、うちの子が一番! というのは当然の前提でしょうし。後は、結果をもって語るのがよろしいのではないでしょうか?」


 何やら険悪な感じで罵り合い始めた二人の間に割って入る。


 始める前からスペックで喧嘩しても非生産的だ。物事は全て、結果でのみ語られるべきである。


 そう。


「他人から見て価値があるのは、結果だけ。そうでしょう?」


 過程や努力が大事だなどと、詐欺師の言い分。誰も、そんな所は見はしない……。


 そう思って不毛な諍いを止めたつもりだったのだが、帰ってきたのはなんていうか、ちょっと微妙な感じの視線だった。


「む……それは、そうだが」


「むぅ……」


「? ええと、何かおかしなことを言ってしまったのですか?」


 仲良く(?)喧嘩していた二人がそろって口を紡いでしまったので、なんだか私も不安になる。鷹狩なんて初めてだし、空気を読めない事をいってしまったのだろうか。


「いや……君の言う通りではある。大言壮語しておいて、鼠一匹、というのでは確かにしまらんしな」


「ふん。まあ、わざわざ最初から貴様の顔で不愉快なスタートを切るのも演技が悪い」


 だが、微妙な空気が流れたのは僅かな間だけだった。興が削がれた、といった感じで、二人は諍いをやめて、それぞれ他の参加者の元に向かっていった。


 それを見てちょっとほっとする。


 あまり知らない顔同士とはいえ、見ている前で諍いを始められるのは心臓に悪い。それが当人達にとってはじゃれ合いのようなものであっても、やっぱね。


「……旦那様」


「ああ、雫ちゃん。なんとか場をとりなせたつもりだけど、余計な事だったかな?」


「いえ。旦那様の振舞いは間違っていなかったと思いますし、今のでお二人も旦那様の事を好意的に記憶してくださったと思います」


 雫ちゃんにそう言ってもらえると有難いね。


 さて。私も人の事ばかりじゃなくて、自分の事に集中しようか。


「頑張ろうね、ペルセポネ」


『クァ』


 そして、鷹狩が始まった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ