第四十話 翼のフェスティバル
翌日、早朝の内に村を辞した私達は、ようやく目的地である高原までやってきた。
麓には、いかにも金持ちの別荘、という雰囲気の建物。その周囲には、すでに何台かの馬車がとめてある。
変わらず奇怪な生き物が引く馬車の並びの横に、私達の馬車も車輪を止める。ぎしり、と馬車が軋んで停止するのを見届けて、私はうーん、と背筋を伸ばした。
「ふー。やっとついた」
「お疲れ様です、旦那様」
「いやいや、これからが本番だからね」
雫ちゃんと気安い言葉を交えて、上着に袖を通す。朝の高原が寒いのは、壁を通り抜けてしみ込んでくる冷気からはっきりとわかる。
雫ちゃんに身だしなみをチェックしてもらっていると、がたんごとん、と外から音がして、がらり、と扉が開かれた。
「お待たせしました、旦那様。お降りください」
「うむ」
馬車から降りて地面を踏みしめると、青い若草のキュキュッとした感触が足の裏に返ってくる。
爽やかな草の香り。すう、と深呼吸すると、キンと冷え込み、朝露に潤った草原の空気が肺の奥まで染みわたった。
「うーん、いい空気。すっきりするね」
「ふふふ、はい。良い鷹狩日和でございます」
メアリもなんだか嬉しそうだ。そもそも、鷹狩を言い出したのは彼女だという事を考えると、単純に好きなのかもしれないな。
周囲を見渡すが、他の来客の姿はない。もう皆、ペンションの中に入ってしまっているのだろうか。
私が辺りを観察している間に、メアリと雫ちゃんは馬車の荷台から荷物を取り出している。着替えのつまった鞄、防具の入った袋、その他もろもろ……それを見ていて、私は大事な事を見落としている事に気が付いた。
鷹狩には、当然鷹が必要だ。
ペルセポネは?
「あれ、メアリ。ペルセポネの奴はどこに居るんだ?」
首を傾げながら、運び出された荷物に目を向ける。
荷物の中には、当然のように鳥かごが並んでいるが、その中に白い鷹の姿はない。
まさか、連れてくるのを忘れた?
もしくは脱走した?
そんな、それじゃあ鷹狩に来ても何の意味も……。
「ふふふ、旦那様。鷹を鳥かごに居れてこんな馬車に閉じ込めたら、鷹狩の前に駄目になってしまいますよ。大丈夫ですよ、これを」
「? 笛?」
メアリが(顔見えないけど)苦笑しながら差し出してきたのは、一つの小さな笛。熊避け? んな訳ないか。
とりあえず促されるままに吹いてみると、ぴぴぃーと軽やかな音が空に突き抜けていく。晴れ渡った空に吸い込まれるように消えていく笛の音……それに、山彦のように返る鳴き声があった。
『ケェー!』
どこかの枝で休憩でもしていたのだろうか。遠くに見える林の片隅から、空に舞い上がる白い翼。それはばっさばっさと羽音を打ち鳴らしながら、私の頭上をぐるぐると円を描くように旋回し、やがて高度を下げて私の腕へとひらり、と舞い降りた。
反射的に差し出した私の腕に、とすんと体重を預けてくる白い鷹。遅れて籠手をつけていなかった事を思い出すが、鋭い爪は上着の袖を突き破る事無く、やさしくしかしがっしりと腕を捕らえていた。
安定感のある佇まいで羽を休めるペルセポネの姿に、私の頬が思わず緩む。
「ペルセポネ、お前、先に来ていたのか? かしこいなあー!」
『クェ』
「ずいぶん待たせたろうに、悪いな。ほれ、おやつおやつ。お食べ」
差し出した手にメアリがご褒美の干し肉を渡してくれる。それをペルセポネの頭まで持っていくと、頭足類の頭を持った白い鷹は上手そうにもしゃもしゃとそれを食い千切った。
細められた目が私をじっと見て、小さく首を傾げる。
『クェ、ケェ』
「ふふ、今日はよろしく頼むな」
「こちらからもよろしくお願いしますね、ペルセポネ。とりあえず、一端この中にお願いします。旦那様にはまだ、皆様方との顔合わせ等おありですので」
メアリが入口を開いた鳥かごを手に近づくと、ペルセポネは自分からその中に飛び移った。大人しく白鷹が鳥かごに納まったのを確認して、入口に鍵をかける。
はぁー、本当に賢いなあ。こっちの鷹ってこれぐらい賢いのがデフォなのか? やらかした挙句脱走したミネルヴァも賢いからこそこっちを舐めて反抗した訳だし、なんだろうな。現実の大多数の人間よりよっぽど賢いんじゃないか、物分かりの良さという意味で。
というか下手したら私より賢い。鳥に負けたくはないが……。
「むぅ……」
「……旦那様、鳥に対抗意識を燃やしてもしょうがないと思いますが……」
「い、いや、そんな事は……」
雫ちゃんのちょっと呆れたような囁きに我に返る。いかん、こんなことで劣等感を煽られてどうする。
誤魔化すように照れ笑いを浮かべる私に、しかし雫ちゃんはそっと身を寄せ、とろけるような笑みをと共に囀るように耳打ちした。
「そんな風に虚勢を張らずとも、旦那様の良い所、私はたくさん存じ上げていますから」
「え」
はっと耳を押さえるようにして仰け反る私に、雫ちゃんはそれきりにこりともせず侍女のすまし顔で荷物を以てペンションに向かう。その隣に、同じように荷物と鳥かごを抱えたメアリが並び、鳥かごの中からペルセポネが「おいてくぞー」と言わんばかりにケェ、と鳴く。
「…………??」
私は困惑しつつも、置いていかれないように二人の後を追いかけた。
女心と秋の空、なんていうけど、天気の方がよっぽどわかりやすいよ……。
相変わらず、彼女達の考えがさっぱりわからない私なのだった。
そんでもって、やってきましたペンション内部。
そこには既に他の鷹狩り参加者らしき人達が集まり、互いに談話に華を咲かせているようだった。
いずれも身なりの良い紳士に、それに付き従う侍女や侍従。皆、私と似たような立場なのだろう。
それはわかる。
わかるが……。
「…………成程」
「おぉ、本日の主役がいらっしゃったぞ」
一人納得に頷いていると、目ざとくこちらの存在に気が付いた一人の紳士が、大げさな身振りで演技がかった声をはりあげた。
私と目が合うと、まるでステージの上を歩くような足取りでまっすぐこっちに向かってくる。
身だしなみは、茶色いスーツをバシッと着こなしたいかにも貴族、といった感じの男。首元のなんかこうふわっふわしたレースがいかにもそれっぽく、胸板も暑くて逆三角形の体系はいかにも頼り甲斐がある。
が、その首の上にのっているのは真ん丸な水晶玉。その水晶玉の内部に、こぽこぽ目玉みたいなのが二つ浮いて、私に視線を向けている。
ま、まあ、首無しよりはわかりやすいのかもしれないが……。
ついでに言うと、彼だけが異形なのではない。他の参加者も、見知った人間の姿をしているのは一人も居ない。
ヒジキかカエンダケかという黒いもやもやが服を着ていたり、上から糸で操るタイプのマリオネット人形みたいなの、中にはそもそも人型すら取っておらず青いスライムの中に衣服が浮いている、なんていうのも居る。
わ、わあー、個性豊かですねー……なんて、言っても居られない。
まずは、こちらに向かってきた水晶玉紳士の相手をせねば。
い、いやしかし、誰ですこの人?
「ヴォリア領のアシェフ様です。なんとか話を合わせてください」
「なんとかって……」
耳打ちしてくるメアリだけど普通こういう情報事前にインプットしておくものじゃないの!? ええい、ままよ、なんとかなれーっ!
「これはこれは、アシェフさん。初めまして、私は……と申します。鷹狩は今回、初参加でして、右も左もわからぬ不作法者ゆえ、寛大な心で受け入れてくださると助かります」
「これはご丁寧な挨拶、痛み入る。はは、誰しも初めてはおぼつかぬもの。この場で貴公を嘲笑うような狭量はいらっしゃらぬよ。どうか、楽しんでいってくださると嬉しい」
互いに業務用の笑みを浮かべて軽く頭を下げる。
正直色々怪しい返答だったが、相手の度量にすくわれた感じだ。私のつたない言葉遣いを気にせず、気さくに手を差し出してきてくれたアシェフさんと握手を交わす。
「どうもありがとう。お互いに今日一日、良き日となりますよう」
「はははは、その通りですな」
「アシェフ殿、ずるいですぞ、某にもお目通りを……」
と、そこでアシェフさんが皮切りになったようで、次々と業界人らしき者達が話しかけてくる。たちまち私は無数の人垣に囲まれて、ひたすらメアリに耳打ちされながら権力者の方々と言葉をかわす事になったのだった。




