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「今晩はいかがなさいますか?」と侍女は囁く  作者: SIS
第一部 欲望の館

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第四話 夢か現か






 鳥の鳴き声と、朝の陽ざしで目が覚める。


 混乱したのは一瞬の事。


 隣に感じる体温に、私はすぐに状況を把握した。


「……夢の……続きか」


 夢の中で目覚めるというのも変な感じだ。


 私はベッドから身を起こし、部屋を見渡した。


 相変わらず見慣れない、屋敷の寝室。ベッドの横の小さなテーブルには、飲みかけのグラスが一つ。


 そして、私以外の寝息も一つ。


「…………」


「すぅ……すぅ……」


 隣では、シーツに丸まるようにして宮子ちゃんが一糸纏わぬ姿で寝入っている。朝日に照らされた剥き出しの肩が艶めかしい。


 気恥ずかしさを誤魔化すように頭をぼりぼり書きながらベッド横の床に目を向けると、脱ぎ散らかされた私の寝間着、ひんむかれたメイド服と下着、そしてグラスが転がっていた。


「むぅ……」


 あまりの現実感の無さに、思わず顔を押さえて唸る。いや、これは夢なのだが。しかし、だとしてもなんというか、リアル感が凄かった。淫夢は見た事があるけどここまでの臨場感があるのは初めてだった。


 シーツの一点をぼんやり見つめながら、昨晩の事を思い返す。


「……宮子ちゃんも、初めてだったな……む」


 大分混乱している自覚がある。


 ちらりと視線を向けるが、宮子ちゃんが起きてくる様子はない。多分、凄く疲れたのだろう。なんていうか、ゲームとかだと初めてでも気持ちいいのが当たり前だが、この夢は変にリアルでそう上手くはいかなかった。私に経験が無いのを差し引ても、多分、宮子ちゃんからすれば辛いだけだっただろう。


 しかし、彼女は最後まで拒絶しなかった。


 それは私にとって都合のいい夢だからなのか。


 再度、眠る宮子ちゃんの寝顔に目を向ける。


 彼女は、すやすやと眠り続けたままだ。その整った横顔を見ていると、記憶の中で蝋燭のオレンジ色の光がチラついた。


 滑らかな肌の感触。背中をひっかく爪の痛み。耳に残る呻き声。


 いかんな。思い出したらなんか変な気分になってきた。


「……シャワーでもあびてくるか」


 冷水でも被れば、煩悩も流れていくだろうか。


 そう思って部屋を出た私は、しかし背後から声をかけられて竦み上がった。


「おはようございます、旦那様」


「っ、お、おはよう、メアリ」


 振り返った先にあったのは、予想通り首無し侍女の姿。


 おかしいな、存在しない彼女の顔が、今はにこにことご機嫌なのが手に取るようにわかる。


「昨晩はお楽しみでしたね。……宮子さんは?」


「あ、ああ。まだ寝てる。……頼むから、もう少し寝かせてやれないか?」


「侍女たるもの、主人より後に起きてくるなどけしからん……と言いたい所ですが、今日は仕方ありませんね。大目に見ましょう」


 鬼の侍女長が見せた慈悲に、ほっと胸をなでおろす。


「ありがとう。私はシャワーを浴びてくるよ」


「ええ、どうぞごゆっくり」


 その場に佇むメアリを置いて、その場を離れる。


 背を向けて数歩歩いた所で、ぼそり、と彼女の言葉が背中を刺した。


「今晩もしっかりお励みください」


 思わず振り返ったが、そこに首無し侍女の姿はなかった。


 彼女は、忽然と姿を消していた。


「…………。ま、まあ、首が無い時点で幽霊みたいなもんだしな……」


 気まずさを覚えながらも、私は浴室に向かった。




 そして、朝食の場。


 メアリと、雫ちゃんの控える前、食堂で食事をする。


 宮子ちゃんの姿がないのは、まあ理由は言うまでもない。


 本日のメニューは、スクランブルエッグとサラダ、そしてロールパンが一つ。スクランブルエッグはたっぷり卵を三つぐらい使っていて、ボリューム満点だ。こういうの大好き。


 しかしながら、今日はどうにも視線がきになって食事に集中できない。


 背後に控える侍女二人。まあ普通に考えて、こういう御屋敷で使用人は食事を一緒にしないのは分かるんだが、ずっと視線が後頭部に注がれているのは決して気のせいではあるまい。


 特に雫ちゃん。


 つい先日来たばかりの彼女は、同僚が早速主人の寝室に呼ばれた事をどう思っているのか。私に関して、どのような感想を抱いたのか。


 スケベ親父、とか、クソ貴族だとか、罵詈雑言の限りを心中で呟いているのか。それとも、また別の想いがあるのか。


 わからない。


 まったくわからない。


 小心者としては、わからない事は恐ろしい。


 かといって、考えを止めてしまうのも恐ろしい。結局どちらもおっかないのならば、無知蒙昧であるよりも、自らの中で疑惑という怪物を育て続ける方を私は選ぶ。何故ならば、そちらの方が大変だからだ。


 辛くて大変な事に、何か意味があると思っている。そう言われれば否定できない。


 結局、自分から要らぬ苦労を背負い込んでいるだけだと分かっていながら、私はそれを捨てられないのだ。


 食べ終えた皿に、小さくスプーンを置く。


「ごちそうさまでした」


 さあ。食べたら仕事の時間だ。






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