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「今晩はいかがなさいますか?」と侍女は囁く  作者: SIS
第二部 彼女達の贖罪

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第三十四話 決断


 さて。


 私が仕事を片付け終えたのは、日が陰り始める頃……しばらくすれば夕食の声がかかる、そんな頃合いだった。思ったよりも時間がかかってしまった。


 傾きつつある太陽の光を窓から浴びながら、私は物思いにふける。


 本日の議題は、宮子ちゃんと雫ちゃん、果たしてどちらを今回の鷹狩に連れていくか。


 まず第一に意識しなければならないのは、今回の鷹狩が私の領主としてのお披露目も兼ねているという事だ。侍女長であるメアリが付いてきてくれるとはいえ、他に誰を連れてくるか、というのは他の領主の目線を意識する上で重要な事だ。


 本来ならば、だ。


 しかし今の所、私はここを重視するつもりはない。何せ、私自身がまだ領主としてはへっぽこもいい所だ。いかに豪奢に着飾っても、中身がぱっとしないのでは釣り合わないどころか、マイナス評価だってありうる。


 それに宮子ちゃんも雫ちゃんも、まあ侍女としての仕事ぶりはまだまだのようだが、礼節に関してはおよそ問題ないとは思われる。そもそも二人とも方向性が違うだけで高次元の美女であるし、見目、という意味でも問題ないだろう。


 どっちを連れて行ったかで、私の対外的影響力が大きく変化する、という事はないと見る。


 なので今回重視すべきは、ここで選択する事による私との関係性、だろうか。


 前提として、私は極力二人を平等に扱いたいと思っている。別に八方美人がしたいとかではなく、私は彼女らの雇用主だ。メアリの話を聞く限り、二人に能力差はなく、どちらも同じように熱心に働いているなら平等に扱うのが筋である。


 夜の関係だって、あくまで職務ありきの話だ。正直今でも納得しがたい所はあるが、それが恐らくは彼女らの望みでもあるというのなら、応じるというだけの話。


 少なくとも今の所、変な偏りを生じさせたくはない。


 さて、それを踏まえた場合、宮子ちゃん、雫ちゃんとの関係はどうか。


「……ちょっと、偏って来てはいるよな」


 私の想いとは裏腹に、現状は宮子ちゃんに偏りがち、と言えるだろう。特に鷹探しのイベントに宮子ちゃんが抜擢されたのが大きい。あれで私と彼女の心理的な距離は大きく近づいたともいえる。


 それに対して雫ちゃんはどうだろうか。


 実の所、雫ちゃんは割と最初から積極的というか、宮子ちゃんにリードを取られているのを理解した上で立ち回っている節がある。なんだかんだで中庭での一見から少しずつ距離が近づいてきているというか、こちらは日々の積み重ねを続けている感じ。


 トータルで見ると、やや宮子ちゃんが有利、しかし雫ちゃんをないがしろにしている訳ではない。


 バランスを取るなら、雫ちゃんを連れていくべきか?


 しかしここで、先日の宮子ちゃんのやらかし、というかメアリの計画倒れが効いてくる。


 夜の当番をすっぽかした上に、雫ちゃんにフォローに入られたあの一件、実際の所は宮子ちゃん、メアリともにかなり尾を引いている。


 ここで雫ちゃんを連れて行ってしまうと、それは宮子ちゃんの中で決定的な事実になってしまうのでは、という懸念がある。


「んむむむむ……」


 空を眺めながら腕を組んで懊悩する。


 考えすぎか? しかし、学の無い私は考えすぎるぐらいがちょうどいいのは自明の理だ。女心に限らず人の心なんてわからないものである。


 たった二人の侍女への采配でこれなのだ。十人近い部下を持ちながらほぼ放任主義、思い付きで言う事がコロコロ変わるあのクソ上司はどうしてそんな判断が出来るのか理解に苦しむ。


 それも上司としての判断が大変だから思考停止しているのか?


 給料と立場を返上しろバーカ。


「いかん、考えがずれてきている」


 眉間を揉んで頭を捻る。


 一体どうするのがクレバーなやり方なのだろうか……。


 うんうん思い悩んでいると、こんこん、と部屋をノックする音が響いた。夕食の呼び出しだろうか? 時計を見るが、聊か早い気がする。


「旦那様、雫です。今、よろしいでしょうか?」


「ああ、構わないよ。入っておいで」


 私が許可を出すと、しずしずと部屋に入ってくる黒髪の小柄な侍女。彼女は扉を閉めると私に向き直り、ぺこり、と頭を下げた。


「料理長からのご連絡です。本日の夕飯は、いつもより少し遅くなりそう、との事です。何やらトラブルがあったようで……」


「ああ……そういう事もあるよね。仕方ないさ、わかった」


 別に、この時間帯に絶対に食事、なんていうこだわりは私にはない。あんまり遅くならないならば、という前提ではあるが、多少夕ご飯が遅れたぐらいでかっかするほど私は狭量ではないつもりだ。


 それに正直、ちょっと有難い。まだ考えが纏まっていなかったので、時間が欲しい。


「…………ふむ」


「? あの、旦那様? 私の顔に、何か?」


「ああいや。大したことはないんだけど、少し、意見を聞きたくてね」


 思えば宮子ちゃんとの関係も、雫ちゃんが色々と後押ししてくれたので上手くいったようなものだ。その後も彼女にはフォローに回ってもらっているし、変に一人で思い悩むより、いっそ彼女の意見を聞いてしまうのもいいだろう。


 その上でどう判断するかは私の問題だ。


「実は鷹狩に、侍女を一人連れていくようにメアリに言われていてね。君か宮子ちゃん、どっちを連れていくのかで思い悩んでいたんだ。ただ、どうにも決めあぐねていてね。宮子ちゃんとは最近色々あったから……」


「まあ、そういう事でしたのね。わかりましたわ、私でよろしければご相談に乗らせて頂きます」


 良かった、雫ちゃんも割と乗り気だ。


 いそいそと近づいてくる彼女にソファを促して、私も執務机から離れてソファに向かう。


 皮張りのソファは座り心地がよく、ふかふかと私の体を受け止めてくれる。対面に回った私に雫ちゃんはしばらく困ったように躊躇っていたが、自分だけ立ったままなのもよくないと思い直したのか、ふわり、とソファに身を預けた。


「あ、いいソファですね」


「だろう? まあ別に私が見繕った訳じゃないが、座る機会が少ないのが勿体なくてね」


 ギシ、と軋む音を立てて脚を組み替える。一方、雫ちゃんは明らかにソファの凹みが小さく見えた。やっぱ軽いんだなあ……よく知ってはいるけど。


「まあ、それで誰を連れていくべきかな、という話で。雫ちゃんはどう思う?」


「そうですね。ご意見を述べさせていただきますと……僭越ながら、私めをご推薦しますわ。勿論、宮子さんを出し抜きたい、とかではなく、合理的判断からの提案です」


「ふむ。その心は?」


 今更雫ちゃんがそういうせこい子をする娘だとは思っていない。そもそも彼女達が私に従順なのは何か事情と理由があっての事で、今回の事は恐らくそこから外れている、と私は見ている。いや、望みが何なのかはさっぱりなのだが、どうも彼女達は私に従うのが目的であって、必要以上に気に入られたいとか取り入りたいみたいな、早い話が出世欲のようなものは無いように見えるのだ。


 最初のころ、雫ちゃんが嫉妬したのも宮子ちゃんに置いて行かれるというより、私が宮子ちゃんを気にいった結果、自分が放置される……最悪、館から暇を出される事を警戒しての事だったように私は考えている。


 彼女達にとって重要なのはこの館で侍女として働く事であって、それを足掛かりに何かを得よう、という訳ではないのだろう。


 そうなると俄然、一体何が狙いなのか、不思議にはなってくるのだが……まあ、今は関係ない話だ。


「宮子ちゃんは、色々と便宜してもらったにもかかわらず、最後に失敗した事で大きな失点を得てしまった、と考えています。それを挽回しようとするのは当然ですが、そのせいでいささか、空回り気味といいましょうか。今の彼女に何か御仕事を任せても、変に気負ってよくない結果に終わり、余計に彼女を追いつめてしまうと思いますわ」


「ううむ。それは、私も同感だ」


「ですのでここは、敢えて心を鬼にして突き放し、彼女を遠ざけて気持ちを落ち着かせるのも一つの手かと。物事にはメリハリが必要です、宮子さんが失敗をしたのだから、罰を与えるのも道理。お気持ちは分かりますが、罪を償いたい、罰されたい、という気持ちを抱えている相手に気遣いをするより、ざっくり冷たくあしらわれるのも、一つの救いかと思われます」


 なるほど。言いたい事は分かる。


 私も身に覚えがある。


 失敗してもそれを咎められない、いつものように対応されるのって、当事者からすると見捨てられた、呆れられた、っていう風に感じられて、怒られるよりもよっぽど辛いんだよね。それをどうにかしようと頑張っても、冷静じゃないから大抵ロクな結果に終わらないし、そういう対応をしてくる相手は、こっちが頑張ってもそれを評価してくれない。


 怒られるのは嫌だし悲しいが、一つの区切りをきちんとつけるという事でもあるし、何より相手を見捨てていない、という意思表示でもある。……ちゃんと怒る場合はね? 部下をストレス解消のサンドバックか何かと勘違いしているような奴の怒声は無視していい。


 まあ、しかし、あらためて言われると、私の宮子ちゃんへの対応はあまりよろしくなかったか。彼女に変に負荷をかける事になってないといいんだけど。


「いえ、旦那様の気遣いである事は、私も彼女も分かってはいますよ。ただ、それはそれ、これはこれ、という事です。旦那様がお優しく接すれば、その分居たたまれないものもあるでしょう」


「うーむ。別に優しいつもりはないが、そうか。そう言われるなら、そうなんだろうね」


 なるほど。


 しかし、おかげで方針が固まった。雫ちゃんに相談して正解だったな。


「ありがとう、考えがまとまったよ。またあとで、正式に話は伝える」


「お役に立てたのなら何よりですわ」


 夕暮れの光が差し込む中、雫ちゃんが首を傾けて小さく笑う。


 まるで水彩画のワンシーンのような、その儚げな美しさに、私は思わず一瞬目を奪われてしまう。


「旦那様?」


「ああ、いや。何でもない。……そうだな、少し気が早いかもしれないが、食堂に行こうか。なんだったらテーブルに飾ってある果物でも食べて時間を潰すかね?」


「まあ。食いしん坊ですこと」


 口元を手で隠してふふふ、と笑う雫ちゃんと、揃ってソファから立ち上がる。


 とりあえず、あんまり嫌な感じにならないように宮子ちゃんに沙汰を告げる文面、考えないとな。



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