表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「今晩はいかがなさいますか?」と侍女は囁く  作者: SIS
第二部 彼女達の贖罪

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/62

第三十二話 罪人達

 駅前の居酒屋から、何人かの若者が出てくる。


 皆、顔を赤くした大学生。人生最後のモラトリアムを楽しんでいる、仕事も責任も持たない自由な者達。


 今日は飲み会だったのだろう。互いに楽しそうに語り合いながら、次はどの店に行くかを相談している。


「二次会はこないだのとこどうよ」


「いいねぇ」


 寒空の下でも火照った顔で楽しそうに話し合う彼らに遅れて、最後に一人、女性が居酒屋の扉を潜る。


 ロングヘアに、野暮ったい丸眼鏡。モコモコのダウンジャケットを羽織った、地味な女。


 彼女は語り合う若者たちにちらりと視線を向けるだけで、その輪には入って行こうとはしない。


 と。


「黒川さんもどう? 二次会」


「…………いいえ」


 一人の若い男が、二次会に女を誘うが、その返事はそっけないものだ。


「すいません。電車の時間が近いので、私はこれで」


「あ……」


 小さく頭をさげて、そそくさと歩み去っていく女。


 それをなおも呼び止めようとする男を、その友人が手をやって押しとどめた。


「やめとけって、アイツいつもああなんだよ。付き合い悪いんだ」


「何、お前黒川が好みなのか? あんな地味な奴が?」


「いやそういう訳じゃないけど……」


 がいがいわやわや騒ぐ内に、アルコールも入っていた事もあって、彼らはすぐに居なくなった女の事など忘れてしまった。


 肩を組んで、次の店に向かう。


 一方、学友達から離れて一人歩く女は、かつかつと寄り道もせず駅に向かう。道中すれ違うのは楽しそうな男女、仕事帰りのサラリーマン、着飾った女性。その全てに一瞥もくれずに、まっすぐに駅に向かう女。


 と。


「…………!」


 不意に女の足が止まる。


 まるで信号機を待つように立ち止まる女の視線は、道路を挟んで挟んで反対側の歩道に向けられていた。


 そこを歩いているのは、一人の男性。


 野暮ったいジャンバーに身を包み、寒さに身を震わせながら、何か買い物の帰りなのだろう、白いビニール袋を手に提げて早足だ。当然、反対側の歩道にいる女の事など気にもかけず、早足でその場を歩き去っていく。


 女が呼び止めるように右手を掲げ、しかし、戸惑うように半端に手を下げる。


 しばしの逡巡。


 その間に、男性はすでに歩き去ってしまっていた。


「…………」


 女はしばり名残惜し気にその背中を見送っていたが、やがて気を取り直して、駅へと向かう。


 その道中、女は吐息で曇った伊達メガネを外し、野暮ったく纏めていた黒髪を払う。さらさらと絹のような髪が夜風に靡いた。


 素顔を晒し、一転して活動的で気力に満ちた彼女の姿を、見咎める者はいない。


 ホームから、次の便が近く到着する事を告げるアナウンスが響いている。


『間も無くホームに列車が参ります。危険ですので、黄色い線の内側にお下がりください……』




◆◆




 今日も今日とて、領主の仕事に励む私。


 なのだが、ここ数日は、その様相が少し変わってきていた。


 館の中庭。泉がちょろちょろと音を立てる前で、私と雫ちゃんは向かい合って佇んでいる。


 そして私の右手には、籠手の上にちょこん、と座り込む白鷹の姿。彼は頭の触手をわしわしさせて、嘴を剥き出しにするとくしくし、と羽の手入れをしている。


 リラックスしている様子の彼を極力揺らさないようにして、私は対面の雫ちゃんに合図を出した。


「じゃあ、雫ちゃん、よろしく」


「はい、わかりました」


 雫ちゃんが何かを懐から取り出して、高く手を上げて振る。


 それを見て反応した白鷹が、羽繕いを中断して、まじまじと雫ちゃんに視線を向けた。ぴく、ぴくっ、と機械的に首が小刻みに揺れる。


「いきますよ。そーれっ」


 ぽーい、と雫ちゃんが手にしたものを天高く放り投げる。それを見て、私も白鷹が止まる右腕を大きく突き出すように振るった。


「それ、いけっ!」


『ググルゥ』


 ばさばさ、と羽音を響かせて白鷹が宙に舞う。軽やかに舞い上がった彼は空中のターゲットに追いつくと、華麗に一回転しながらしっかりと脚でキャッチした。そのまま右足でターゲットを掴んだまま、私の腕に戻ってくる。


 ずしり、という重みと共に着地した白鷹が、すこしぎこちない動きで羽を畳む。


「よーしよし、上手いぞ、よくできました」


『ケェ』


「うん、勿論。食べていいぞ、しっかりお食べ」


 私が許可を出すと、白鷹は獲物……燻製したササミの切れ端を口に運び、もむもむと食べ始めた。


 館に来た当初は体の自由も利かなかったようでちょくちょく取り落としていたが、今はそんな危なげな様子は微塵もない。器用に体を折り曲げて、足で保持した肉を啄んでは引き千切っている。


 すっかり調子も戻ってきたようだ。


「お見事です、旦那様」


「あ、宮子ちゃん。見てたの?」


「はい」


 と、そこで背後から声をかけられて振り返ると、バケツを持った宮子ちゃんの姿。彼女は屋敷の壁に荷物を置くと、小さく私の横に走り寄ってきて白鷹を覗き込んだ。


「ばっちりでしたね。大分、息があってきたんじゃないですか?」


「まあ、ここ数日ずっとやってるからね。しかし、この白鷹が鷹狩に付き合う気になってくれてよかったよ」


『クェ』


 宮子ちゃんの顔を覚えているのか、白鷹は餌を食べるのを中断すると彼女に向き合い、小さく鳴いた。宮子ちゃんはにっこり笑って、ちいさく指先で白鷹の眉間のあたりを撫でてやる。急所に触れられているのに白鷹は振り払う様子もなく、目を細めて撫でられるがままだ。


 彼女には完全に心を許しているらしい。なんていうか、人懐っこい奴だ。


 と、急に白鷹がぴんと背筋を伸ばした。突然の警戒仕草に首を傾げていると、私の影で小さく舌打ちする小柄な姿。


 雫ちゃんである。


「……私はまだ駄目のようですね」


 いつの間にか忍び寄っていた彼女は、白鷹に向けて伸ばしていた手を引っ込めながら嘆息した。


「宮子さんばかりずるくないでしょうか?」


「あはは、ごめんね。まあ、この子を連れ帰ったのが私と旦那様での事だから、顔を覚えているんだと思うよ」


『クエ』


 宮子ちゃんの弁解に応じるように鳴きながら、私の腕の上を後退るようにする白鷹。宮子ちゃんに近づき、雫ちゃんから距離を取るようなその動きに、さしもの雫ちゃんも表情は動かないものの傷ついたような目をする。


「まあまあ。そのうち慣れると思うから。実際、今だって別に雫ちゃんの投げた餌を無視したりはしないだろう? 嫌いな訳じゃなくて、まだちょっとおっかなびっくりなだけだ。恥ずかしがり屋さんなんだよ」


「……旦那様がそういうなら、まあ……」


 しぶしぶとはいえ、納得してくれたようだ。


 私としても、早く雫ちゃんに白鷹が慣れてくれるのを望むばかりである。


「でもこれなら、鷹狩参加できそうですね!」


「ああ、そうだな。メアリが喜ぶ」


「そうですね……あ、でも、名前はどうなさるのです? いつまでも白鷹、では味気ないのではないかしら」


 それは、確かにそう。


 名前を考えていなかったのは、単純に愛着が付いたら不味いな、と思ったからだ。なんせ、鷹狩に協力してくれるとは思わなかったので、怪我が治り次第、野生に戻すつもりだったからだ。


 こうして館に滞在し、練習に付き合ってくれているなら、館の一員として名前を与えなければならない。


「ほんとはね、もう候補は決めてるんだ」


「え、そうなんですか?」


「是非、お聞かせ願いたい所ですわ」


 侍女二人はノリよく応じてくれる。そんな二人に、私はちょっとした秘密を打ち明けるように、その名前を言い聞かせた。


「いいとも。この子につける名前はね……」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ふむ。現実の方でも動きが出てきましたね。赤坂さんは宮子ちゃんかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ