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「今晩はいかがなさいますか?」と侍女は囁く  作者: SIS
第一部 欲望の館

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第三十話 銀の月の女


 宮子ちゃんは目を閉じて、気持ちよさそうに寝息を立てていた。いやまあ、完全に前後不覚だったし。酔っぱらった人にはよくある事だが……。


「え、ええー……? これで終わり……?」


 その不満が、果たして続きに期待していた事に対するものなのか、あるいは楽しみにしていた晩酌が御釈迦になった事に対するものなのか釈然としないまま、私はもぞもぞと宮子ちゃんの体の下から這い出した。彼女はもう完全に夢の世界で、私の動きに反応する様子も見えない。


 ベッドから抜け出し、すやすやとお眠の彼女を見下ろしながら、私はどうしたものか、と嘆息した。


「ううーーん……」


 一番手っ取り早いのはメアリを呼んで、彼女を回収してもらう事だろうか。が、しかし、その場合後で彼女が怒られる事になってしまう。出来れば黙っておいてやりたい所だが……。


「……おーい、宮子さん、宮子さんやー……」


「Zzzz……」


 それなりに強く揺さぶっても全く起きる気配がない。


 これは……ううーん。駄目だな。


「仕方ない……か」




「それで、私の所にいらっしゃった、と」


「うん、そうなんだよ」


 扉の間から顔を出した雫ちゃんが、心底呆れかえりました、とため息をつく。私はそれに、いやはや申し訳ありません、と頭をかいた。


 ここは、雫ちゃん達侍女の部屋があるフロア。大半の部屋が空き部屋になっている中に、雫ちゃんと宮子ちゃんの住んでる部屋がある。


 空きがあるのにルームシェアしているのは、まあ、メアリ曰く「侍女にそのような贅沢は不要です」という事らしい。


 ちなみに侍女長であるメアリの部屋はまた別にある。学生寮と、その監督の部屋は違う、みたいなものか。


「それで、ちょっと悪いんだけど、宮子ちゃん連れ帰ってくれないかな?」


 そんで、私がわざわざこんな夜分に彼女の部屋をノックしたのは、それが理由。雫ちゃんは宮子ちゃんのルームメイトだ、こっそり連れ帰るには最適な人材だと思ったのである。


 が、しかし、雫ちゃんはちょっと困ったように眉を顰めるだけだった。


「……ううん。その、申し上げづらいのですが、そのプランには問題がありますわ……」


「え、そう?」


「はい。立ち話もなんなので、どうぞ、中に」


 そういって部屋に招かれ、私はしばし躊躇ってからお邪魔する。幸いにして、雫ちゃんはまだメイド服姿だ。これがパジャマ姿とかだったら流石に遠慮するが、これなら本人もそう言っているのだし、いいだろう。


「お邪魔します……」


 初めて入る女の子の部屋。思っていた以上に狭い部屋で、二段ベッドの他には小さな机が一つあるぐらい。その机の上で燃える蝋燭が、唯一の灯である。


 部屋っていうより大きなロッカーというか……縦長の四角い窓が無ければ、用具室を改装したものだと思っただろう。


 当然、女の子らしい可愛らしい私物など置いてない。徹頭徹尾、業務員の部屋、といった感じの無機質な品揃えに、私は思わず周囲を見渡した。


「はあ。こんな部屋で過ごしてるんだなあ……」


「狭苦しくて申し訳ありません、旦那様。それで、先の話なのですが……」


「あ、うん。問題があるっていってたね。どこに?」


 とりあえず、適当に壁際に腰を下ろす私。大して、雫ちゃんはしずしずと床に女の子座りをする。


「まず、ですね。運搬者の問題がありますわ。申し訳ありませんが、私では宮子さんを抱える事ができませんので、必然、旦那様に運んでいただく事になりますわ……そこをもし、夜巡回の侍女長に発見でもされたら、その……」


「……あ、ああー……」


 ごもっともな指摘に私は頭を抱えてた。仰る通りである。逆ならともかく、雫ちゃんの体格で宮子ちゃんを抱えて部屋まで戻るのは無理がある。


 ただでさえ寝落ちは怒られるだろうし、それであまつさえ主人の私に運ばれてる所を視られたりしたら……メアリの怒髪天は免れられない。


 それは流石に可愛そうだ。


「ですから、このまま宮子さんは寝かせてあげて、明日、何事もなかったように部屋に戻ってもらうのが、一番旦那様の意に沿うかと」


「あー、うん。そうだね。雫ちゃんの仰る通りだ。というかそんな事も思いつかないとか、私もお酒が入って頭の回転が鈍くなってるかなあ」


 苦笑いで誤魔化しつつ、私は額に手を当てて真面目に落ち込んだ。これだからアルコールは……。


 お酒飲んでも飲まれるな、昔の人はよい事を言う。


「ところで旦那様。宮子さんの飲まれたカクテルですけど……紅茶の匂いがした、って本当ですの?」


「ああ、うん。普通にアイスティーの味と香りだったらしいけど……何か心当たりが?」


 私の説明に露骨に顔をしかめる雫ちゃん。何か、思い当たる所があるらしい。


「……ロングアイランドアイスティー……かと思われます」


「?」


「いわゆる、レディーキラーと呼ばれるカクテルの一種ですわ。とても強い酒を合わせているのに、アイスティーの味と香りがする、印象と内実が大きく剥離した女殺しのカクテルです。多分、宮子さんに出されたのはそれじゃないかと……」


 雫ちゃんの説明に思わず目をぱちくり。


「そんなものがあるの!? あ、でも、言われてみればそれなら納得が……」


「悪い男性が、意中の女性をベッドに連れ込む為に使うようなカクテルです。これは、侍女長が文字通り一計を案じたのでしょうね……爆睡してしまったのは、想定外だったと思われますけども」


 実際の所はわからない。メアリ、結構侍女に対してはあたりが厳しいし……ここ最近、鷹狩関連で不手際が多かった宮子ちゃんへのお仕置きのつもりだったのかもしれない。真相は当人に聞いてみないと分からないけど、なんか曖昧に誤魔化されそうな気もする。


 それはともかく、そういう理由なら安心した。宮子ちゃんがアルコールに異常に弱かったとかではないのだね。


「なるほどなあ。しかし、よく知ってるね、雫ちゃん」


「え、ええ。身を守る為の知識と申しますか……」


 私の誉め言葉に、雫ちゃんはしかしちょっと目を逸らして曖昧に言葉を濁した。やっぱりこの子、普段からお酒に飲み慣れているんだろうか? さっきも自分で言っていたし、悪い男にひっかからないように危険なカクテルについては知識がある、とか。


「まあ、おかげさまで理由もわかってすっきりした。それじゃ、私はこれで……」


「あっ」


 一しきり頷いて立ち上がる私。そのズボンを、追うように雫ちゃんの指がつかんだ。白い指に引っ張られる感触に、思わず動きが止まる。


 視線を向けると、雫ちゃんも咄嗟の動きだったのか。吃驚したような顔で、自分の指をじっと見ている。


「雫ちゃん?」


「あ、いえ……その。旦那様がこのまま戻られるのは、不味いと思いますわ」


「え?」


 不味いって、何が? そりゃあ、ベッドは占拠されてるけど、それならそれで床で寝ればいいし。あの部屋、無駄に備品が豪華だし、床にしいてある絨毯も毛が長くてふかふかなのよね。


「その……旦那様のご事情は、私達も聞かされていまして。このままですと、ノルマ未達成になってしまうのでは、ないかと……」


「うっ」


 雫ちゃんの指摘に口元を押さえる。


 というか、やっぱり彼女達にもこのあたりの事情は周知の事実だったのか。


「そうは言われてもな……今回ばかりは……」


「そうですよねぇ……。今回、お酒を用意したのは侍女長か料理長でしょうし。それにしても一体なぜ、あんな質の悪いカクテルを……」


 二人顔を見合わせて考え込むが、答えは出そうにない。


 どうしたものか。考えつつ顔を上げた私の前に、考え込む雫ちゃんの横顔があった。


「む……あ」


 その時、不意に蝋燭の火が消える。部屋に暗闇が戻ってくる……そう思いきや、薄闇に慣れた私の目に見えたのは、室内がほのかに銀色に光る様。


 横目で窓を見ると、いつの間にか天に上った銀色の月が、キラキラと輝く光を振りまいている。輝く皿のような、銀色の月。


 月光に照らされる、目を細めて、何事かに思いを馳せている憂い顔。人形のような整ったかんばせ、少しだけ傾けた首に絹糸のような髪が傾いている。


 それを見て、私は。


 月の光に照らされる彼女を見て、私は……。


「…………旦那様?」


「……あ、いや。なんでも……」


 彼女の肩を掴もうとした手を引っ込めて、私は曖昧な愛想笑いを浮かべる。


 危ない所だった。私は一体、今、何をしようとしていたのか。


 自分で自分が分からない。自分の行動を制御できないほど、アルコールに酔っていたとは思わないのだが。


 いや。そもそも、前後不覚になるほど、酒に酔った事はない。自分のコントロールを失うというのがあまりにも恐ろしい故に、いつも必ずある程度の所でセーブしてきた。


 なのに、今のは。衝動的、と呼ぶしかない、脈略なく唐突に動いた自分の腕を見下ろす。


 腕が勝手に動くはずはない。今のは私の意思だ。


 ……彼女が欲しい、と思ってしまった、私の。


「いや、すまない。ちょっと思ったよりも酒が回ってしまっているようだ。これ以上の粗相をする前に、ここを去る事にするよ」


「……旦那様。そんな、味気ない事をおっしゃらないで」


「雫ちゃん?」


 下げた私の手を、冷たい指先が取る。私の指先も彼女の指先もすっかり冷え切ってしまっていたが、きゅ、と握りしめると互いの熱が微かに伝わる。


 私だけではなく。彼女もまた。


「せっかくお尋ねしてくれたのですから、私がお相手させていただいても……よろしいでしょう?」


「え……」


 反射的に、薄く微笑む彼女の顔、その胸元、そして狭いベッドに目を向ける。使用人、というより侍女用に割り切っているのだろう、この部屋のベッドは明らかに小さく、男女二人で横になるにはあまりにも窮屈だ。


 さすがにこれは……と思うもの、私は断りの言葉を出せずにいた。


 何より。彼女からの露骨な誘いに、心が揺れ動いていた。雫ちゃんはもともと積極的だったが……手を伸ばしてまで、というほどではなかった。


 ここが自室であるという事が彼女を強気にさせたのだろうか。あるいは、私にペナルティがあれば彼女達の望みが遠のく事を顧みての事か。


 どちらにしろ、私は卑怯にもこの彼女からの誘いに身を任せるつもりになっていた。


「……わかった。いいよ、今日はここでしよう。どうすればいい?」


「ベッドに腰掛けて頂けますか?」


 彼女に導かれるがままに、狭いベッドに腰を下ろす。私からするとほとんどソファーのようなものだ。クッションもよくなく、まるで板のよう。現実の私のベッドの方がまだ幾分か上等だろう。


 幸い、二段ベッドの二段目は高い。私が立ち上がってもそうそう頭を打ちそうにはない。


「それでは、失礼しますね」


 そして座り込んだ私の足の間に、雫ちゃんが身を寄せてくる。彼女は私を見上げるようにしながら、ふふ、と幼げに笑った。


「いつも、旦那様にリードを取られてしまっていますので。……たまには、女性がリードをとってこその戯れもあると、愉しんでいただきますわ……」


 つ、と雫ちゃんの細い指が、私の内股を官能的に撫でる。


 私は彼女のさらさらとした黒髪に指を通して応じ、彼女のするがままに身をまかせた。





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