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「今晩はいかがなさいますか?」と侍女は囁く  作者: SIS
第一部 欲望の館

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第二十七話 赤い瞳


 突然の鷹の襲撃に、後ろの席に座っている宮子ちゃんも手を振って追い払おうとする。


 が、鷹はそれを意にもかけない。彼女を無視して私に爪を立てようと激しく羽ばたくばかり。


「こ……この……! いい加減……」


『ケーッ!』


「調子に乗るんじゃないわよ、このすっとこどっこい!!」


 ひらり、と視界の端で長く艶やかな黒髪が翻った。


 大胆に鞍から身を乗り出した宮子ちゃん。彼女の足が、スカートが捲りかえるのも厭わず、大きく振り上げられる。カモシカのような太ももが跳ねあがり、それはそれは綺麗なフォームのハイキックを、襲ってくる鷹の胸元に叩き込んだ。


『グゲェー!?』


 これには鷹もたまらず吹っ飛ばされる。唖然として固まる私の目の前で、宮子ちゃんは男らしく鞍に片手でしがみつきつつ、ふぅーー、と息を吐いた。


「はんっ。そのまま地べたにひっくり返ってろっての。…………あ゛っ」


「み、宮子ちゃん……?」


「お、おほほほ……は、はしたない所をお見せしました、旦那様……。ほほほほ……」


 私の視線に気が付いて、誤魔化すように笑う宮子ちゃん。続けて彼女はそっとスカートを押さえて、恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「あ、あと……その。……見えました?」


「……ばっちり」


 しばし躊躇うが、嘘はよくないと私は正直に頷いた。


 はい。ばっちり見えました。翻ったスカート、振り上げられた長い脚に続いて、白い下着がばっちりと。


 ごめんなさい。そのつもりはないけど目に焼き付いてしまいました。


「……あうう……」


「ご、ごめんね。……ところで宮子ちゃん、あっちが素なの?」


「な、なんの事でしょうか旦那様? 私にはさっぱり? そ、それより、これ以上襲われる前にさっさと戻りましょう。ええ。そうしましょう」


 露骨に目を逸らして話も逸らしにかかる宮子ちゃん。


 まあ、本人がそうしたいならそれでいいけど……。


「……まあ、その。無理しているなら、こういう外に出ている時ぐらい、砕けた言葉でいいと思うよ。屋敷だと流石にメアリに怒られてしまうだろうけど、こういう彼女のいないとこでぐらいなら」


「えっと。……旦那様は、ああいう言葉遣い、お嫌いではないのですか?」


「いや、別に。人それぞれだと思うし」


 正直に答えると宮子ちゃんはきょとんとして、ついでにへら、と相好を崩した。触れ難い雰囲気のモデル美女が、親しみやすいお姉ちゃんに一気に化けたような変化に、またしても私は目を白黒させた。


「なーんだぁー。それなら最初からそうしておけばよかったー。言葉使い選ぶのって肩がこるのよねぇ」


「ははは。わかるわかる。自分の口調がおかしくないか気になるよね」


「そうでしょー? 旦那様も話が分かる人じゃなーい。あ、でも、別に内心、旦那様が嫌いなのをしぶしぶ、って訳じゃないから! そこは勘違いしないでくださいね。堅苦しい言葉が疲れる、って話なので」


 はっとして補足してくる宮子ちゃん。


 正直言うと、今の意思表明が私には一番の収穫だった。内心、実は嫌われてるんじゃないだろうか……という気持ちがずっと私にはあった訳で。いやそんな風に考えるなら夜に部屋に呼ぶなよ、という話なのだが、それはそれ。これはこれ。メアリから言いつけられた条件でもあるし。


「ん、わかった。でも流石に屋敷に近づいてきたら言葉は戻してね。メアリが怒る」


「わかってますって。旦那様は知らないと思うけど、侍女長、怒ると滅茶苦茶怖いのよ。ぶるぶる」


 冗談めかして言う宮子ちゃんに、思わず笑みがこぼれる。


 ほんの少し、私は本当の彼女に触れられた気がした。


「そうだね、メアリは割と怖……宮子ちゃん!」


「え?」


 ばさり、と響く強い羽音。


 地面に倒れていたはずの鷹が、いつの間にか舞い上がって宮子ちゃんの後ろにいた。鋭い爪が陽光に煌めき、彼女の首目掛けて真っすぐ振り下ろされる。


 振り返る彼女は間に合わない。私はただ突然の事に身動きが取れない。


 ただ、なすすべもなく、目の前で彼女が切り裂かれるのを見ている事しかできなくて……。




 瞬間。


 白い幻影が駆け抜けた。




『グアァッ!?』


『ケケーーーッ!』


 ばさばさばさ、と幾重にも重なって羽音が響く。白と黒の羽毛を撒き散らしながら、空中で落下しながら二羽の鳥がもつれ合う。


「み、宮子ちゃん!」


 なんとか私は硬直から脱して彼女の体を引きよせ、庇うように鞍から身を乗り出した。


 その間にも、喧嘩は決着を見たらしい。黒い鷹がふらふらと覚束ない動きで飛び去っていき、その場には白い一匹の鷹だけが残された。


 真っ白な艶やかな羽を持った、一匹の鷹。頭は殻を持った不思議な頭足類の形をしている。アオイガイ、と呼ばれる特殊な蛸の仲間のそれに私には見えた。


 目は赤色。アルビノ、という言葉が私の頭をよぎる。


 撒き散らされた白と黒の羽の真ん中でしばし逃げていった相手をねめつけるようにしていた鷹が、不意に翼を広げる。ふわり、と舞い上がり、頭上の枝へと飛び移った。


『ケーッ』


 小さく鳴いて、くしくしと羽の手入れをする白い鷹。


 それを呆然と見上げて、私ははっと我に返った。


「宮子ちゃん、大丈夫? ケガはない?」


「は、はい。旦那様が庇ってくださったので……」


「……私は何もしてないよ。宮子ちゃんを助けてくれたのはあの鷹だ」


 よっぽど怖かったのだろう、顔を俯けて小さく身を寄せてくる宮子ちゃんの頭を軽く撫でてやり、私は頭上の鷹に視線を戻した。


 鷹は逃げるでもなく、じっとこちらを見つめてきている。その瞳に何か知性の光を感じられた気がして、私は自分でも馬鹿らしいと思うが、鷹に礼を告げる事にした。


「あ、ありがとう。おかげで助かった」


『ケェ?』


「そ、その。これはどうだ? お礼に」


 私は懐から例の餌を取り出すと、指先でひらひらさせた。白鷹が興味ありそうな仕草を見せたので、それをぽいっちょと空中に投げる。


 すると、枝から飛び立った白鷹が、空中でそれをナイスキャッチ。そしてばさばさと羽ばたいて私の目の前にやってくると、鞍の縁に着地。そのままむしゃむしゃと、足で掴んだ餌を食べはじめた。


 でっかい猛禽が目の前に飛んできてびっくりした私は思わず仰け反るが、背後の宮子ちゃんに当たりそうになって慌てて背を伸ばす。


 ここで彼女にみっともないとこは見せられない。


「そ、そうか。受け取ってくれるか。旨いか? それ」


『ケェー』


「そうか、美味いか。何よりだ。もっとあるぞ、食べるか?」


 私が続けて餌を取り出すと、鷹はもっとよこせ、と顔を突き出してくる。触手に絡ませるようにして手渡すと、鷹はむちゃむちゃと音を立てて食べ始めた。本物の鷹より器用かもしれないな。


「……だ、旦那様、もしかして動物と会話出来たり……?」


「? あはは、会話は成立してないよ。でも多分、言葉は分かるんだろうね、この子。大分賢いみたいだ。すごいね」


「……言葉が分かるって事は会話が成立するんじゃないの?」


 不思議そうな宮子ちゃん。まあちょっと変な言い回しだったかもしれないが、いや、ホントにいるんだよ。人間でも、日本語を喋るし理解するけど、会話にならないやつ。喋れるだけと会話が成立するってのは近いようで全然違うんだ……。


 まあ、そんな事は今はどうでもいいか。


 相変わらず、ムタはトラブルにも我関せず、といった様子でのそのそ歩いている。ゆっくり揺れる鞍の上で、私は奇妙な恩人に、もう一つ、餌を譲った。


「おぅおぅ、よく食べるなお前。腹減ってたのか? ……ありえるかもなあ」


 雪山ならともかく、この森で真っ白な羽は目立つ。狩りなども他の鷹に比べて大変だろう。もしかすると普段から、他の鷹にいじめられていたのかもしれない。もしかすると私達を助けてくれたのは、たまたま怨敵が宮子ちゃんキックで弱っていた所を見逃さなかった強かさによるものかもしれないな。


 そんな事を考えながら眺めていると、その白い羽にじわり、と血が滲んでいる事に私は気が付いた。


「あ、お前……怪我してるじゃないか?!」


『クェ』


「さっきの奴にやられたのか……けっこう痛そうだぞ。大丈夫なのか?」


 白い鷹はケロっとしているが、見た感じ結構な出血だ。野生動物は弱っていてもそれを見せないというから、こいつの態度は当てにならない。


 少なくとも人間に置き換えたらかなりの大怪我だ。手当が必要だろう。


 しかしコイツは野生の鷹で……私はダメ元で、白い鷹に語り掛けた。


「ええと、なあ。お前、うちに来ないか? 別に鷹狩を手伝えとは言わない、ただその怪我が治るまでうちにいないか? 恩人を見捨てたとなったら、後味悪くて飯が不味くなる。どうだ? 来ないか?」


『クェー……?』


 まるで私の言葉を理解していて、その上で迷うように鷹が首を巡らせる。


 と、背後から宮子ちゃんも身を乗り出して、鷹を誘った。


「ねえ、おいでよ。私も、助けてもらったお礼がしたいし……旦那様は優しい人だから、きっと悪いようにはしないよ。大丈夫、私が保証する」


『ケェ』


 覗き込むようにして目を合わせる宮子ちゃんの誘いに、白い鷹は小首をかしげて小さく鳴いた。


 そのまま、鷹は鞍の上で向きを変えて、私に背を向ける。


 ああ、駄目か……と思ったが。


 どうにも。いつまでたっても鷹が飛び立つ様子が無い。お気に入りの枝にとまるように鞍の縁に留まった鷹を見て、宮子ちゃんが小さく笑った。


「ふふ。とりあえず、館には来てくれるみたいね」


「あ、ああ。うちに獣医っていたっけな……?」


「侍女長ならなんとかなりそうな気がしません? 得体が知れないもの」


 いやまあ、首が無い事を踏まえても大分怪しげな人ではあるが、信頼はできるんだよ。信頼は。怪しいのは事実だけど。


 何はともあれ、思っていたのとは違うが、屋敷に住人が増えそうである。


 私達はそのまま、のっそのっそ歩くムタのペースに合わせて、森の探索を楽しんだのだった。


「あ、まだ餌があった、食べる?」


『クェ、ケェ』


「よく食べるなあ……」


 動物にエサ上げるの、楽しいよね。





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