第二十六話 小鳥遊
「ムー」
私達が近づくと、ムタはそのくりくりした瞳でこちらを見ると、小さく一声鳴いた。先ほどから草を食んでいなかったので、そうじゃないかと思ったが、もう満足しているらしい。
それで、勝手にどっかにいかず私達を待っていた当たり、今度こそメアリの言う通り、ちゃんと躾けの行き届いたよい子のようだ。
ミネルヴァもこうだったらよかったんだがなあ。
「じゃあ、旦那様は防具をつけていますので、私が先に」
「うん、よろしく」
ひらり、と鞍に昇った宮子ちゃんが私の手を取って引き上げてくれる。
最初と同じように鞍に二人が収まった事を確認すると、ムタはのっそりと歩き始めた。
「行きとは違う道みたいですね」
「方角的には帰り道なのは違いないみたいだけどね」
ゆさゆさ揺さぶられながら、ムタの進路に目を向ける。
どうやらこの湖畔に繋がっている森の道は一つや二つではないらしい。行きとは違う道に、のっそのそとムタが歩んでいく。
背後から、行く先をしきりに注視する宮子ちゃん。そのせいで胸がぎゅうぎゅう押し付けられているが……残念、防具のせいでなにもわからない。
ちょっと、いや、とてももったいなく思いつつも、私は鷹探しに集中した。帰り道でよい鷹が見つかればいいのだが。
日差しが遮られ、再びちょっと薄暗い森の小道に入る。
ただこちらは、先ほど通った道とちょっと雰囲気が違うのが一目でわかった。
「わあ……」
「たくさんいるな……」
そう。
こちらの道には、行きの倍ではすまないほどのたくさんの鳥が枝にとまっていた。
色とりどりの極彩色から、梢に溶け込むような濃緑色の保護色まで。様々な色、大きさの鳥が、枝の間に姿を見せている。
先ほどは、静かな海の底を歩くような散策だったが、こちらはまるで熱帯のサンゴ礁の間を行く様だ。
ぱたぱたと小さな鳥が二人の頭上を舞い踊るようにして羽ばたいて、羽毛を散らしてまたどこかへと飛んでいく。
その軌跡を眺めながら、二人は小鳥たちの鳴き声の合唱に耳を傾ける。
「いいね……平和な森の、鳥のパレードって感じ」
「これはこれで可愛い、かも? ですね?」
変わらず鳥たちの頭は尋常ならざる奇怪な様相だが、愛嬌とカラフルな色合いがそれを相殺……できているかは人によるだろう。
私がそっと右手を差し出した先に、赤いインコのような鳥が乗ってくる。可愛らしく小刻みに首を傾げるその鳥だが、頭が海老っぽいのでは流石に素直に愛でられない。とうとう嘴すらなくなったぞこれ。
困惑半分で見つめ合っていると、その小鳥は興味を失ったのか再び枝に戻っていった。
「うーん。今日来たのが、ペットの小鳥探しだったなら一匹ぐらい連れ帰りたい所だけど……」
「あくまで鷹探し、ですからね」
「鷹じゃなくてインコ連れて帰ったらメアリに怒られるだろうなあ」
そういう訳なので、小鳥に目を和ませるのもほどほどにして、私は木の枝に猛禽類の姿を探した。
「なかなかいませんね……」
「まあ考えてみれば、小鳥遊と書いて“鷹無し”と読むぐらいだ、こんなに小鳥が居る所に鷹が居る訳が……おっ」
不意に。
一斉に、木の枝にとまっていた小鳥たちが飛び立った。まるでどこかで爆竹でも弾けたのを聞き届けたかのように、彼らは一斉に梢の向こうに散り散りに姿を消してしまう。その申し合わせたような動きに、私はしばらく呆然と周囲を見渡していた。見渡す限りの鳥が消えてしまったのを確認して、私と宮子ちゃんは顔を見合わせる。
「もしかして……」
鳥たちが去り、静寂に満たされる森。その静けさの中に、ばっさ、ばっさと、大きな羽音が響く。
それも一つや二つではない。
周囲を見渡す私達の頭上に、ばさり、と大きな翼が影を落とす。
「あ……」
一際太い木の枝に、優雅に降り立つ黒と茶、白の混じった色合いの鳥。着地した勢いで軋んで揺れる枝の上で首を巡らせるのは、雄々しい姿を持った猛禽だった。いや、首は変わらず蛸とか烏賊なのだが。
先ほどの小鳥と比べると大きいのがよくわかる。堂々とした、言い方を変えれば太々しい佇まいの鷹達が、のそのそ歩くムタを取り囲むように周囲の枝に姿を見せていた。
背後で宮子ちゃんが、それまでとは違う意味合いで私に身を寄せてくる。
わかる。デカイ鳥ってちょっと怖いよね。
「……とりあえず、お目当ての鷹には違いない。とりあえず、アピールしてみよう」
「は、はい。旦那様、お気をつけて」
宮子ちゃんの声援を受けて、私はぐるりと視線を巡らせた。なかなかいい色合いの雄々しい鷹ばかりだが……私のその中で一匹の鷹に目を向けた。
鷹の良し悪しは正直わからない。だがその鷹の頭は、青紫の紋を持った豹門蛸のそれである。なんだか強そう、という単純な理由で、私はまずその鷹にアピールしてみる事にした。
「や、やあ。君、鷹狩りに興味はないかい?」
『…………』
防具に包まれた腕を振り上げて自己主張してみるが、鷹はじろり、と一瞬こちらに視線を向けただけで、興味なさそうにそっぽを向いた。
聞こえていない、という訳ではない。明らかに関心がない感じだ、駄目か。
「そっか、今回はアンマッチだね。……そこの君はどう? 立派なお屋敷もあるし、広い鷹小屋もあるけど」
『……ジジッ』
別の鷹……こちらはコウイカのような頭を持った鷹にアピールしてみる。が、鷹は一声鳴くと早々に枝を離れて森の奥へと飛んで行ってしまった。こっちはさっきよりもさらに興味が無さそうだ。
「ううーーん……」
「なんか、みんな関心が薄そうですね。せっかく旦那様がお誘いしているというのに」
「まあ、そこは仕方ないよ。無理に一緒にやっていくのは互いに厳しい。こういうのは根気強くやらないとね」
人間関係もそうだ。人目で「あっこの人とやっていくのは無理だっ」って思う相手と、仲良くやっていくのはやはり難しい。仕事だし、しょうがないからと我慢していても、いつか必ず破綻する。
第一印象が全てではない。しかし、さりとて第一印象を無視してもいけないのだ。
まあ、とはいっても、えり好みなんかできないのが現実だけどね。
だけどこれは夢だ。別に焦ることはない。じっくりやればいいさ。
「おおい、そこの君。どうだい?」
『……グルゥッ』
今度は頭も体も、黄色と黒の縞々模様の鷹に声をかけてみる。するとその鷹は翼を広げて、ばさり、と枝を飛び立った。
その姿がこちらにみるみる近づいてくるのを見て、私はよし、と小さくガッツポーズをする。
「おっ、誘いに乗ってくれそうだぞ」
「やりましたね、旦那様」
二人そろって無邪気に喜ぶ。
だが距離が近づくにつれ、私はその鷹の目的がこちらの思惑と違う事になんとなく気が付いた。
鋭い爪を剥き出しにし、頭部の触手を激しく明滅させて頭上から急降下してくる。それはどう見ても、友好的な仕草のそれではなくて。
『ケェーー!』
「うわああああ!?」
鷹の襲撃。
頭上から振り下ろされえる爪の前に、私はとっさに防具で守られた右腕を盾にする。
辛うじて爪を立てられるのは防げたものの、鷹はばさばさと翼を羽ばたかせて私の頭の上で大暴れしている。ついばもうとしたのか、伸びてきた頭の触手を咄嗟に体を捩じって回避。
「こ、こいつ、離れろって!」
「だ、旦那様!」
腕を振り回して追い払おうとするが、鷹は巧みに一瞬だけ飛び上がって私の腕を避ける。まるで生きた風を払うように、手応えがない。それでいてあっちの爪はガシガシ振り下ろされてくる。防具をつけていてよかった、そうでなかったら今頃血塗れである。
しかしそれでも、顔までは守られていない。無防備な顔面向けて触手の奥の嘴がカツン、カツン、とついばんでくるのを、なんとか腕で追い払う。
ま、まずい、あんまり長く持ちそうにない!




