第二十三話 バードスカウト
「それで、鷹を捕まえるってどうやるんだい?」
自室で、メアリに手伝ってもらいながら装備を身に纏う。鷹狩練習の時と三じく、右腕を守る籠手。それと革鎧のようなものも装備する。思ったほど重くないそれは、軽くてよく体に馴染んだ。ズボンも、野外の活動を想定したと思わしきもこもこしたものに履き替える。中に綿が詰めてあるらしく、肉襦袢のように膨らんでいるそれに足を通すと、メアリがベルトを締めてくれた。
「特別な事はいりません。これは、という鷹に手を掲げればよろしいのです。あちらにもその気があれば、自分から旦那様の腕に飛び乗ってきますわ」
「そんなうまくいくもんか?」
「むしろ、それぐらいの頭が回る鷹でなければ、鷹狩には不向きでございます」
ふーむ。まあ、メアリが言うのならそうなのだろう。。
現実の鷹狩がどんな訓練で、どんな風に鷹を選別するかは全くしらないが。まあ、賢い個体でなければ務まらないだろうな、というのはなんとなくわかる。
「よし。これで、装備は万全でございます」
「おぉ……」
手をぱんぱん、とはたいて満足そうにメアリが首を巡らせる。
私といえば、着なれない防具にわたわたと自分の体を見下ろした。違和感はないが、こういう、防具というものをつけている事自体が新鮮である。
なんかこう、見た事がある感じだ。中世ヨーロッパを舞台にしたRPGとかで、弓兵とかが装備していそうな感じである。
しかし思ったよりも動きにくいぞ、これ。
「なかなか、動きづらいな。この恰好で森の中を歩くのか? 木の根っこにひっかかってこけないかが心配だな」
「まあ、旦那様。まさかご自身の足で歩いて回るつもりでしたの? おやめください、足腰を痛めてしまいますわ」
「え? いや、だがしかし」
他になんか手段があるのか?
首を傾げる私に、メアリは勿論、と頷いて見せた。
「旦那様のような立場の御方が、下々と同じように泥に塗れるなど許されません。今回は、ムタを手配しているので、そちらにご搭乗くださいませ」
「ムタ……なんだって?」
今度は確実に聞いた覚えのない言葉が出てきたぞ? 私は眉をしかめた。
メアリに手を惹かれて、中庭に回る。
あいも変わらず泉がちろちろと見ずの音を立てている……その広場をつっきって、木々の向こうへ。少しばかり歩くと、館の領域を仕切っているのであろう高い壁が見えてきた。その向こうには、内側よりも高い密度で木々が生い茂っている。
「こちらへ」
そして案内されて向かう先には、その壁に切れ目が広がっていた。代わりに鉄格子の頑丈な門が道を塞いでいて、その横に、何故か宮子ちゃんの姿があった。彼女は私と目があうなり、ぺこり、と頭を下げた。
「あれ、宮子ちゃん」
「はい、旦那様。侍女長の言いつけにより、今日は私がお付き添いをさせていただきます」
「え、そうなの?」
聞いてなかったけど……とメアリに視線を向けると、彼女は小さく首を傾げて見せた。
「旦那様。何か、ご不満が?」
「あ、いや、それはないけど。てっきりメアリが付き添ってくれるのかと思ってたから」
「それは……その。本来ならばそれが望ましいのですが、ちょっと今は……」
そういって、メアリは彼女にしては歯切れ悪く、自分の両手をかかげてひらひらさせた。
それを見て、私も遅れて察する。
そういえば、メアリはほかならぬミネルヴァを折檻した時、凄い量の返り血みたいなのを浴びてたっけ。見た感じでは奇麗に洗い流されているけど、野生動物の嗅覚は人間の数千倍とか数万倍だとかと聞く。つまり……。
「……すっごい鷹の血の匂いがしみついてるから、警戒される、とか?」
「はい……」
心なしかしょんぼりとメアリは肩を落とした。
「そういう事ですので、今回は宮子さんに、旦那様の介添えを頼みました。あ、大丈夫ですよ。彼女も森については詳しくはないのですが、今回はムタに全てお任せしますので。旦那様は乗っているだけでよろしいのです」
「なあ。そのムタっての、何なの? てっきり聞き間違えたかと思ってたんだけど、どう聞いてもムタって言ってるよね?」
「ムタはムタですよ。おかしなことをおっしゃりますね」
私の疑問に逆に首を傾げ返しながら、メアリはスカートの後ろから取り出した大きなカギで、鉄格子の鍵を外した。
見た目の印象とは違い、普段からよく油をさしているのだろう。大きな扉は、さして音もたてずに静かに開いた。
メアリに続いて、私も門の外に出る。
と、何かすぐ近くで物音がする。なんとなしにそちらに目を向けた私は、思わず息を飲んだ。
「……っ」
「ひっ!?」
同じように目を向けた宮子ちゃんが、ひっしと私の腕にしがみついてくる。その感触に我に返り、彼女を庇うように私は前に出た。
「こいつは……」
そこにいたのは、なんともいえない奇妙な見た目の生き物だった。
見た目はカバに似ているだろうか。肌は茶色、耳はロバのようで、背丈は私と同じぐらい。ずんぐりむっくりしていて、足は六本。目は殆ど見えないほど細められ、朴訥な顔つきから大人しそうに見えたが、僅かに開かれた口の中にはびっしりと小さな牙が並んでいた。
そうやって外見に目を向ける余裕が出来てくると、私はその生き物の腹に太い革ベルトが巻き付けられ、それによって背中に鞍のようなものが固定されている事にも気が付く事ができた。
こいつは……もしかして、これがムタ、という生き物?
まさか、これに乗れという事なのか? メアリに視線で問いかけると、彼女は小さく首を上下させた。
「立派なムタでしょう?」
「……あ、ああ」
どうやらこちらの意図は上手く伝わらなかったらしい。メアリは怪生物に近づくと、優しい手つきでその鼻づらを撫でてやる。むふん、と怪生物が気持ちよさそうに鼻を鳴らした。
「私の知る限り、これほど大人しくて賢いムタはそうそういません。この子に森をぐるりと一巡するよう言いつけてありますので、旦那様はゆっくり森の散策を楽しみながら鷹を見繕ってくださいませ。勿論、ミネルヴァの時のような事にはなりません。このムタは、私が特に信用が置ける、と見込んだものです。旦那様。どうか、今一度、このメアリに名誉挽回の機会を頂きたく」
「あ、まあ。メアリの事は信用しているけど……」
「ありがとうございます、旦那様!」
なんだろう。首がないのに、メアリの表情がぱあっと華やいだのが見える。彼女が分かりやすいのか、それとも感情を伝えるのが上手なのか。……まあ後者だな。
私の“恩情”に嬉しそうに頷くメアリ。その意識が、私の隣で腕を抱いている宮子ちゃんに向かうと、やはり分かりやすく、その空気が凍てついた。
びく、と肩を跳ねさせた宮子ちゃんが腕から離れ、前に出てくる。
それを見て、メアリはごほん、と喉を鳴らした。
「よろしい。いいですか、勘違いしないように。宮子さん、貴方は旦那様の情婦ではなく、侍女です。庇ってもらうなどもってのほか。何かあった時は、真っ先に貴方が体を張るのです。いいですね?」
「は、はい。心得ております、侍女長」
「よろしい。……それではまず、有言実行していただきましょう。先にムタの上に上がって、旦那様の補助をなさい。早く!」
メアリの怒声に、慌てて宮子ちゃんがムタの元に向かう。
言われて気が付いたが、ムタの鞍は前後に大きい。恐らく二人乗りだ。最初から、メアリはそのつもりだったのだろう。
とはいって、ムタとやらの背はかなり高い。鞍も当然高い所にあって、そう簡単には……。ハラハラしながら見守る私だったが、宮子ちゃんは臆した様子もなく、たんっ、と軽く地を蹴った。
「えいっ」
ふわり、と彼女の長いスカートが宙を舞う。




