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「今晩はいかがなさいますか?」と侍女は囁く  作者: SIS
第一部 欲望の館

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第二話 支配者の責務


 ほんの少し、欲望に素直になっての浅慮。


 その結果、要望通りの侍女二人を紹介されてびびり倒している私。


 情けない話だ。


 挨拶を終えた侍女二人と共に侍女長が執務室を出ていき、私は一人、執務室に残って仕事の書類に目を通していた。


 だが、当然ながらまったく頭に入ってこない。


 机の上に3枚ほどの書類を投げ出し、私は椅子を回転させて窓から外を見た。


 ここからは、整理された中庭がよく見える。


 青い芝生に、小さな泉。外の景色を隠すように広がる針葉樹の植木。巧みに計算された、見目麗しい箱庭。


 この屋敷はどこもそうだ。窓は多いが、そこから外の世界というものを見る事はできない。とんでもなく敷地が広いのか、あるいはもっと別の夢らしい荒唐無稽な理由があるのか。


 興味はあるが、今の所館から出るつもりはない。


 篭の鳥、という言葉が頭をよぎるが、篭の中でも快適ならばそれでいい。少なくとも現実よりはよっぽど居心地がよいのだから。


 それにしても……。


「なんでも、と来たか」


 侍女長の含むような言葉。その裏を察する事は容易だが、同時に本当に? と疑う気持ちも強くある。


 所詮、夢の世界の話だ。あの女の子二人も、別に現実の登場人物という訳でもない。私の頭の中から出てきた妄想を相手にするのは、さもしい一人遊びと変わりはしないが。


「旦那様、戻りました」


「ああ」


 と、そこでメアリが戻ってきた。傍らには誰も居ない。


「二人は?」


「屋敷に慣れるため、という名目で掃除を言いつけました。旦那様も、少し落ち着く時間が欲しいようでしたので」


「……今日からいきなり私の傍付きにする予定だったのか?」


 勿論、とメアリは体を傾けた。


「旦那様。メアリが思うに、旦那様には一つ、足りていないものがあります」


「それは、何かな?」


「支配者としての経験です。人を道具として扱う経験が、旦那様には不足しています」


 しれっと、恐ろしい事をメアリは言う。


「旦那様のお立場は、人一人の人生など好きにできる、それを許される立場であり、同時に人一人に御心を砕くような“無駄”は許される立場ではありません。旦那様はこの領地の支配者であり運営者であり、そこに住む全ての人間の生殺与奪の権と義務がおありになります」


「つまり、経営者としての素質が不足している、と君は言いたい訳か。参ったな、否定できない」


 理屈ではわかる。


 雇われる立場と、雇う立場は違う。雇う立場は、人を評価し区別する事を求められる。それがどれだけ人間的に素晴らしい人材でも、上から見て利益を齎さないなら解雇する必要があるし、それが正しい行いでも恨まれる事を受け入れなければならない。同時にそういった自分の判断、行動全てに責任を取る必要がある。


 名目上はそうだ。分かっている。道理は通っている。


 だがしかし、私が現実で対面する経営者に、そういった者はほとんどいない。誰もが自分の責任から逃げ、嘘をつき、言い訳をし、責任を取らずに権利だけ振りかざしている。


 ブラック企業なんてその際たるものだ。


「誰からも好かれようとするのは、誰からも軽率に扱われるという事でもあります、旦那様。家畜の躾けに必要なのは、友好ではなく鞭と飴です」


「……君の言いたい事はよくわかるよ、メアリ。耳に痛いな。正論はだからこそ否定できない」


「わかっていませんよ、旦那様。たかが侍女長であるメアリの言い分を黙って聞いているのがその証明です」


 正論でボコボコにしてくるのは勘弁してくれないかな。


 詭弁と詐術、あとそもそも言動が狂ってるのに立場が上というだけでこっちの反論を封じてくる現実よりはよっぽどマシだけど。


「参考にしたいので聞くが、正解は?」


「まずはメアリに侍女長風情が分かったような口を聞くな、とお怒りになり、表向きのケジメとして何かしらの処罰をします。その上で、注意された事を無言で実行、心掛けるのが、出来た支配者かと。忠言には、行動で返すべきです」


「わかった。次から気を付ける。……具体的には、メアリがこの執務室を出てから、そう振舞うように心がけるよ」


 正直、実感はもてない。そもそも私は努力してこの立場にいるのではなく、たまたま夢に招かれただけだ。


「あの二人は、旦那様の教材として呼びました。本人達も、そのように扱われるのを納得しています。旦那様も、あの二人を人間ではなく、侍女としてお扱いください」


「……あらゆる要望を、というのはそういう事か」


 彼女達を、家族や友人としてではなく、配下として道具のように使えと。


「はい。これは、侍女長メアリとしてではなく、館の管理と旦那様の支援と教育を任された者としての言葉です。……毎晩、二人のどちらかを部屋にお呼びください。最低限、それができなければ旦那様はその資格を失うでしょう」


 これは……ゲーム的にいうと、ゲームオーバー条件の提示か。


 意図的に虐げるような悪辣な真似は必要ないが、自分自身の欲望を解消する為に侍女を“使う”ぐらいはして見せろ。それすら出来ないのなら、見捨てると。


 毎晩若いメイドを部屋に呼び寄せて凌辱の限りを尽くすとか、絵にかいたような悪徳貴族の所業で草も生えない。


 まあこんな夢を見ている性欲を持て余した気持ち悪いオタクらしいといえば、らしいか。そのくせ、想像上、空想上の相手にすら嫌われたくなくて純愛好きのヘタレだ。


 自嘲しながらも、私はメアリの提示した条件に頷いた。


「了解した」


「はい、旦那様。それでは、メアリはそろそろ二人の様子を……」


 ガチャン、ガラガラ。


 館の奥から聞こえてきた騒音に、私とメアリの動きが止まる。


 今の、音は。


 まるで、飾ってあった壺を落として割ってしまったような……。


 さらに、遠くから掠れた悲鳴が聞こえてきたかと思うと、今度はパリンパリン、と無数の食器が棚から雪崩落ちて割れるような音も聞こえてきた。


「……メアリ?」


「少し失礼いたします」


 足早にメアリが執務室を出ていく。残された私はちょっとぼぉっとした後、とりあえず机の上の書類に目を向けた。


 気が進まないなりに、仕事を進める。


 幸い、内容の方はメアリに判断を仰がなくてもできるようなものだった。井戸の利用権のトラブル、畑の境界線、脱税者への処罰。


 先ほどのメアリの忠言がさっそくここで試されている気がした。以前であれば、書類の向こうの人々に思いを馳せてどっちつかずの判断をしていたのを、今回は敢えて独善的、断定的に判断を下す。


 正直いうと、こちらの方がはるかに楽だった。行き過ぎると独裁かつ横暴なのだろうけど、なるほど。


 当人達にとっては大ごとだが、他人からすれば些事、か。


 あらためて世の無常さを噛みしめていると、コンコン、とドアがノックされる。


 メアリだ。


 戻ってきた彼女は、こころなしか元気が無かった。


「……旦那様。申し訳ありませんが、二人を今日から傍仕えにする、というのはしばし見送っていただければと……」


「……そうか」


「一週間! 一週間あれば、なんとか使いものにして見せますので! どうか、メアリに今一度御慈悲を……!」


 どうやら色々大変そうだ。


 決意を新たにする彼女に、私は無理しないでね、と小さく頷いた。


 ……大丈夫かね?? 一週間で。


 再び聞こえる破壊音に部屋を飛び出していくメアリを見て、私はちょっと不安になった。




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