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「今晩はいかがなさいますか?」と侍女は囁く  作者: SIS
第一部 欲望の館

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第十九話 面従腹背


 メアリに手伝われて鷹狩の装具を装備した私は、一足先に庭に出た。右腕につけた小手の上には、ミネルヴァがとどまっている。勝手にどこかに行かないよう、その足には短い縄がまきつけられていた。


 自由を封じられた彼は不機嫌な様子で、さっきからもにょもにょと頭の触手で私の頭を掻きまわしている。嘴で齧られるようりはましなのだろうが、生臭い粘液がしたたってきて私は辟易した。


『ぐげごごご』


「お前、もしかして私の事が気に入らないのか?」


『げごぐぐぐ』


 返事は応、とも、否ともとれるようなもの。くちくちと吸盤がおでこに吸い付いて、ちくちくと痛みを残した。


 と、そこにメアリが戻ってきた。傍らには、なぜか宮子ちゃんの姿。


 彼女は私と、その腕にとまる怪生物の姿にぎょっと目を見開いて後ずさった。気持ちはわかる。


「お待たせしました、旦那様」


「いや、そんなに待ってないよ。それで、どうして宮子ちゃんを呼んだの?」


「少し彼女に練習を手伝ってもらおうと思いまして」


 そういってメアリは、今度は何やら、鳥の形をしたおもちゃのようなものを取り出した。


 ゼンマイをギコギコ回すと、ぱたぱた翼がはためくように動く。もしかして、これって……標的?


「これを宮子さんに飛ばしてもらい、ミネルヴァにとらえさせるようにします。まあ、お遊びのようなものです。まずはこれで、鷹の扱いに慣れて頂ければ」


「なるほど……あ、でもなんで宮子ちゃんが? メアリは手伝ってくれないのかい?」


「申し訳ありません。私は領主代行としての仕事がありまして……もちろん、旦那様が私が代行している仕事を果たしてくださるというのなら、ええ、勿論付きっ切りでご指導させていただきますが」


 思わず苦笑いが浮かんでしまう。そうだった、これでメアリは忙しいのだった。それを踏まえても、鷹狩を教えておく事が必要だと判断したのだろう。


「いや、わかった。すまないね、領主の仕事、そのうちちゃんとできるようにするから……」


「お気になさらず。とりあえずは一度やってみましょう。宮子さん」


「は、はい」


 前に出てきた宮子ちゃんがちらちら私を見る。それでも手の上に道具を渡されると、お仕事モードに意識を切り替えられたようだ。


 私から遠ざかり遠くに行く。ゼンマイを回して、紙飛行機を飛ばすように構える彼女。


「い、いきますよ!」


「あ、ああ。よろしく頼む」


「それでは……せーの、ええいっ!」


 ひょい、と宮子ちゃんが標的を投げる。ぱたぱたと羽ばたいて、空に舞い上がるそれに、私は鷹に指示を下した。左手で標的を指さし、掛け声をかける。


「よし、いけっ!」


『ぐごごごげ』


 ばん、と腕に強い反動を残して、鷹が空に舞い上がった。ばさばさばさ、と羽ばたく音を立てて標的にとびかかった鷹が、空中で華麗にそれを捉える。顔の触手で標的をからめとって腕に戻ってきた鷹に、私は装具の中から干し肉のようなものを出して、ご褒美に差し出した。


「よしよし、うまいぞ」


『ぐるげげ』


 ぽいっと標的を放り出し、ご褒美の干し肉をくっちゃくっちゃ食べる鷹。近づいてきたメアリが標的を拾い上げ、ぱっぱと土を払った。


「お見事です。まあこういう感じで、鷹と訓練を兼ねたコミュニケーションを行っていただければ。ミネルヴァは賢いので、すぐになれると思いますわ」


「わかった、ありがとうメアリ」


「これが私の使命ですから。それでは、申し訳ありませんが私は館の仕事に戻らせていただきます。あとは宮子さん、お願いしますね」


 宮子に標的を渡すと、メアリは一礼して屋敷のほうに戻っていった。


 ある意味、これも宮子の信頼を得られつつあるという事なのだろう。私は一層気合を入れて、宮子ちゃんに声をかけた。


「もう一度頼む」


「はい」


 二人きりだが、お仕事モードの宮子ちゃんは素直に応じた。カチカチ、とゼンマイを回し、再び標的を投げ放つ。


「よし、いけ!」


 そして私もミネルヴァに合図を送るのだが……。


『ぐげげ』


「? あ、おい、こら」


 指で指し示しても、鷹は一向に飛ぶ様子がない。羽をぐちぐちと手入れして、知らんぷりだ。


 こいつ……。


「いいから、いけ、いきなさい! いけったら!」


『ぐごげげげ』


 何度か合図をし、さらには右腕を振って揺さぶるが、鷹は飛び立つ様子がない。そうするうちに、標的はそのまま地面に落ちてしまった。


 慌てて宮子ちゃんがそれを拾いに行く。すると……。


『げげげご』


「あっ」


 腕に反動。舞い上がったミネルヴァが、まっすぐ向かうのは……宮子ちゃんの頭上。嫌な予感がして、私は急いでそのあとを追った。


『ごげげげ』


「え……きゃああ!?」


 ばさばさと黒い翼が、少女の頭上で羽ばたく。奇怪な怪鳥が少女を弄ぶように足で蹴るのをみて、私は思わず怒声を吐き出した。


「おまえ、なにやってるんだ! やめろ!」


『げっげっげっ』


 腕を振り回して追い払おうとするも、ミネルヴァは少し高度をあげるだけでそれをやり過ごした。あざ笑うように声をあげて、何かをべっと吐きかけてくる。咄嗟に宮子ちゃんを庇った私の顔に、生臭い粘液のようなものが吹きかけられた。


 墨である。


「く、くそぉ、この……」


『げげげげげ』


 真っ黒にされて、べたつく墨に辟易している私を見下ろして、ミネルヴァは翼を羽ばたかせた。そして黒い影が翻り、どこかへと飛び去ろうとする。


 その直前。


 コマ落としのように突然現れた白い手が、ぐわし、とミネルヴァの足を掴んだ。


『ぐげっ!?』


「……様子がおかしかったので戻ってきてみたのですが……」


 メアリ。


 首無しメイドが、いつのまにか戻ってきて、鷹の足を掴んでいた。その声は、地獄の底から響いてくるように低い。


 めちゃくちゃ怒ってる……。


「まさか。私の目の届かない所でこのような事を目論むとは。……教育が必要ですね」


『ぐげげげ!?』


 メアリの言葉に、翼を羽ばたかせて逃げようとするミネルヴァだが、彼女は決してその手を離さない。存在しない彼女の首が私の方へと振り向くのがわかって、びくり、と私は一歩後ずさった。


「旦那様。私はしばし、この駄鳥をしつけておきますので、鷹狩の件はまた今度。今はとりあえず、湯汲で墨を洗い流してくださいませ」


「あ、ああ……」


「宮子さんは、旦那様の補助を。……わかっておりますね?」


 私に対しては優しかったメアリの口調が、宮子ちゃんに向けるときだけは少しだけ硬い。宮古ちゃんはびく、と肩を跳ねさせるも、すぐに頭を下げた。


「は、はい、すぐに」


「よろしい」


 あ、あー。これはメアリ、私が宮子ちゃんを庇った事にご機嫌斜めか。庇われるぐらいなら主人を庇いなさい、と。


 ただ、今はそれよりも優先して折檻をするべき相手がいる。彼女はそれ以上殊更宮子ちゃんを問い詰めなかった。


「では、旦那様、大変申し訳ありませんでした。この埋め合わせは必ず。それでは、失礼します」


 そしてメアリは、じたばた暴れるミネルヴァをひっつかんだまま、別館の方に歩いて行った。なんていうか、あれだ。羽をむしられる前の鶏みたいな持ち方されてる……。


「い、いこうか、宮子ちゃん……」


「は、はい、旦那様……」


 私達は顔を見合わせて、いそいそと風呂場に向かった。




 遠くから、鳥を絞め殺すような悲鳴が聞こえてきたが、うん。聞かなかった、という事で。




◆◆




 そして湯舟。ちゃぽん、という音を聞きながら、私は広い広い浴槽に身を浸していた。


 いや、浴槽っていうか、もはや温泉とか浴場だな、これは。


 深さはさほどでもないが、とにかく広い。全てが白い木材で作られていて、日本の棚田とか、洞窟の鍾乳洞みたいな感じで、いくつもの湯舟が折り重なっているようだ。そしてその最奥には、これまた奇怪な生き物が口からお湯をだばだば出している。源泉かけ流し、という訳だ。重なっている湯舟には高さが設けられていて、場所によっては滝みたいになっている。立ち上がる湯気で周囲の視界は悪いが、今は昼という事もあって天井から光が差し込み、それが白い靄に透けて幻想的な光景が広がっている。


 現実の温泉でも、これほど見栄えがよい浴場はそうそうないんじゃなかろうか。そして、驚くべき事にこの浴槽、館の主人専用である。一人でこれだけ広い湯舟を使うのはなんか気おくれがして、いつもは隅っこのシャワーで済ましているが、今日は頭から真っ黒にされたという事もあって、広いお湯につからせてもらっている。


「ううーん。極楽極楽……」


 ぐぐーーっと、手足を伸ばす。体を縮こまらせて入浴しなくてもいい、というのは実に開放感が溢れている。


 変にみみっちい精神を発揮せずに、もっと積極的にはいればよかった。考えてみれば、シャワーですませようがそうでなかろうが、お湯は満たされている訳だ。結局使っても使わなくても同じ事である。


「しっかし、これだけの広さの湯舟が個人用とは。領主ってのは随分と偉い立場なんだなあ……」


 まあ、風呂というのは、人が一番無防備な瞬間でもある。保安上の意味でも、広い風呂の方がいいのかも……なんて、そんなはずはないか。


 とにかく、やはり日本人の血には抗えぬというか、なんだかんだで墨を落としに来ただけだった事は忘れて、私は湯汲を堪能していた。


 その時である。


 ガラガラ、と出入口から音がして私は湯舟の中で竦み上がった。


「え、ちょ?」


 ここは私専用の湯舟だったはずである。一体誰が入ってきたのか。


 知らない……はずはない。そして、この屋敷に居る人間は、私の他にあと三人しかいない。


 白い靄の向こうに、浮かび上がる人影。ぺたぺたと近づいてくる足音。


 そして姿を表したのは、果たして予想通りの人物。


「だ、旦那様。お背中、流しに参りました……」


 そこには、透けるような薄い肌着だけを身に纏った宮子ちゃんの姿があった。





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