第十四話 午後の語らい
渡り廊下にずらりと並ぶ石像を見渡す。
これだけの数があると、ただ拭き掃除するだけといってもそれなりに手間がかかるような気はするが……。
「いま、どのぐらい?」
「あ、ほとんど終わってます。今、旦那様が触っている、本館側の数個だけです、あとは」
「おや」
思ったよりもテキパキ済ませていたようだ。
私が反射的に石像から手を話すと、宮子ちゃんはさっそく付近でそれを磨くように掃除し始める。
なんだか気まずくなって、私は渡り廊下に目を向けた。
この数を昼からこの短時間で終わらせたのか……。要領がいいというか、行動力があるというか。見た所手を抜いてる様子もない。もともとハイスペック系女子なのだろうな。
「よし、と。これで終わりです」
「そうか、お疲れ様。これが終わったら、次は何を?」
「あー……それが……」
ふとした疑問に、曖昧に言葉を濁す宮子ちゃん。ちょっと泳いだ視線に、私はなるほど、と事情を察した。
「特に何も言われてないと。まあ、これだけの数があるから、すぐには終わらないとメアリも思ったのだろうな。ふむ、じゃあちょうどいい」
「はい?」
「実は小休憩しようと思って歩いていたんだが、せっかくだ。宮子ちゃんにお茶の用意をしてもらおうかな」
我ながら名案、と提案する。
見た所宮子ちゃんは仕事を指示されていないからとサボるような人柄ではないし、恐らくメアリの所に戻って指示を仰ぐだろう。
それなら私が指示を出しても問題はあるまい。一応、この館の主人は私なのだから、その身の周りの世話をするのは当然の事だ。それに微妙に距離がある宮子ちゃんも、あくまで仕事の一環、という形でなら話をしてくれるかもしれない。
彼女は次の仕事に取り掛かれる、私は宮子ちゃんと話す機会が得られる。お互いにWinWinな提案のはず。
「え……ええと……まあ、はい。わかりました。侍女長もそれなら何も言わなさそうですし……」
「? とりあえず、私は執務室に戻るよ。宮子ちゃんは執務室の場所分かるよね?」
なんだかいまいち歯切れの悪い返事に首を傾げるが、嫌、という訳ではないようだ。頷く彼女に、私はるんるん気分で来た道を引き返す。
そういえばここに来てからメアリ以外に茶を淹れてもらうのは初めてだった。どんなのが出てくるか楽しみだ。
「お、おまたせしました……」
執務室に戻って15分ほど。書類仕事の続きを片付けながら待っていると、ドアをとんとん、とノックする音。
上機嫌に許可を出すと、おずおず、と宮子ちゃんが台車を押しながら執務室に入ってきた。
その彼女の気まずそうな顔と、台車に乗せられたお盆の上の惨状に、私は彼女があまり気のりしていない理由をようやく理解した。
「……なるほど」
ティーポットから零れているお湯、飛び散っている茶葉。それだけで私は事情を察した。
「お茶を淹れるのは、苦手か」
「……えっと、はい……」
しょんぼりと肩を落とす宮子ちゃん。そういえば雫ちゃんと二人そろって、ここにきた当日は派手にやらかしていたようだしな。後にも先にもメアリがあれだけ取り乱したのはあの時だけだ。
「掃除は綺麗にやってたのになあ。ま、そこは人それぞれか」
「あ……」
ひょい、とポットを手に取り、お茶を注ぐ。
なんだかやたらと茶葉の多い茶が注がれてきて、私は目を丸くした。
「おいおい、網をいれなかったのか?」
「え? 網?」
「あらら……」
まあ、最近の若い子はこうやってティーポットでお茶を飲む事も少ないのかもしれないな。私はなんだか物哀しい気分になりつつ、葉が大量に混じった茶をぐい、と煽った。
うん。予想通り。
「……苦いな。むらし過ぎ、あと茶も入れすぎ。分量は教えてもらわなかったの?」
「え、えっと。葉はスプーン三杯って……」
多分山盛り三杯入れたんだろうな……。簡単に想像できる、初心者のミスではあるあるだ。
ま、仕方ない。彼女らが教育中だという事を忘れてお茶を頼んだ私の失敗だ。宮子ちゃんは言われた事をしただけである。
「まあいい、こういうのもたまにはいい。お菓子は?」
「は、はい。用意してあるのを持ってきただけです」
「じゃあそれを出してくれ」
すぐに台車の下に閉まってある缶からクッキーが取り出され、皿に並べられる。私はしぶーい茶で、さくさくのクッキーを楽しむ事にした。
流石というか、クッキーの出来はなかなかのものだ。この、空気のようなさっくさく感は、焼き上げてから何日も経ってしまっている市販品では味わえない食感だ。
「うん、美味しい。宮子ちゃんもほら、お食べ。主人命令だ」
「え、えと。じゃあ……いただきます」
皿に数枚のこして差し出すと、彼女はおずおず、とそれを口にする。途端、ぱあ、と顔が明るくなる。
うんうん。若くてかわいい子は、笑顔のほうがいいよね。
「どう?」
「美味しいです……! なにこれ、信じらんない……あっ」
「ははは、そっちが素の口調か、良いものを聞いた」
失言に縮こまる宮子ちゃん。そんなに気にしなくてもいいのに。
それでも皿を手放さないあたり、よほど美味しかったと見える。いやまあ、正直、本当においしい。昔、自分でクッキーを焼いた事はあるが、それともくらべものにならない。流石プロだ。
「…………」
「宮子ちゃん? それはやめたほうが……」
と。何やら宮子ちゃんがじっと自分が淹れたティーポットを見つめていたかと思うと、別のカップにその中身を注いだ。たっぷり茶葉が浮いている濃い茶色の液体を覗き込んで、ぐいっ、と煽る。
瞬間、その顔がめいっぱいしかめられた。
「にっ、にが……だ、駄目ですよこんなの飲んじゃ! やっぱり!」
「いやあ、そこまででもないよ。クッキー甘いし、バランスはとれてるっていうか」
「駄目、駄目、駄目です! 侍女としてこんなの、旦那様にこれ以上、飲ませられません! 没収です、没収!」
声をあげる宮子ちゃんにカップを没収されてしまう。まだ残ってたのに……。しかし彼女はそのままガチャガチャと盆の上を片付けると、私に背を向けて台車を押して入口に引き返してしまう。
「も、申し訳ありませんが、この件はここまでで……! あとで侍女長からのお叱りでもなんでも受けますから、これ以上はご勘弁を……っ」
「わ、わかった、そこまで嫌なら仕方ない。……そのうち、次を楽しみにしておくよ」
「……っ」
あくまで上達を期待しての軽い言葉に、しかし宮子ちゃんはぐ、と頭を下げて何やら懊悩するような様子を見せた。
あ、あれ。
何か、地雷を踏んだ……?
思っていたよりもショックを受けた様子の彼女の反応に、内心大慌てする。が、宮子ちゃんは何かを堪えるように息を小さく吐くと、少なくとも声色は落ち着いた冷静な口調で短く、妙な事を私に告げた。
「……旦那様が、お優しい方だというのはよくわかりました。でもお願いです、私にあまり、優しくしないでください」
「??」
「そ、それでは、私はこれで……」
予想外の言葉に呆気に取られている間、そそくさと宮子ちゃんは出ていってしまった。バタン、とドアが閉ざされ、それきり執務室は静かになる。
机の上には、回収され損ねたクッキーの皿。
「……なんだったんだ?」
何がどうなったのかさっぱりわからない。結局の所、私は彼女の機嫌を害したのかそうでないのか? 全く何もわからないまま、とりあえず私は、一枚だけ残ったクッキーを口に運んだ。
うむ、サクサク。
「女の子の気持ちは分からんなぁ。……仕事に戻ろ」
気になる事はたくさんあるが、それを追求すべきは今ではないという事は分かる。
まあ、気分転換としては十分だ。
私は再び、机の上の書類とにらめっこする作業に戻った。




