第一話 贄
「こちらの二人が、本日から旦那様にお仕えする新人侍女になります。宮子さん、雫さん、ご挨拶を」
「はい。宮子と申します。これから、旦那様の身の回りのお世話をさせていただきます」
「雫とお呼びください。ご用命があれば、なんなりと」
そういって、二人の見眼麗しい侍女は、深々と頭を下げた。
あまりにも都合のいい光景に、眩暈がする。まるで、夢のようだ。
いや、まるで、ではない。
これは……夢の話、なのだから。
◆◆
その日、私は用事があって市の方に出かけた。
用事は上手くいかず、ただ時間だけを無駄にして、暗がりのなかをとぼとぼと歩く。
もう遅い。早く帰らないと、また睡眠時間が短くなってしまう。最近、仕事や私生活のトラブルが続き、いささか不眠気味だ。
街灯にしょぼしょぼする目をこすりつつ、頭痛をこらえて歩いていると、不意に私は若い女の声に呼び止められた。
「もしもし。占いはいかが?」
振り返ると、ビルの間の路地の奥に、絵にかいたような占い師が店を構えていた。
顔を隠すフードに、座布団に乗った水晶玉。笑ってしまうぐらいステレオタイプの占い師の恰好。机の横に建てられた、一回1000円の手書きの札が、妙に浮いている。
「私を呼んだのか」
「はい。いかがですか、おひとつ」
なんだ、私は一秒でも早く帰って眠りたいのだが。しかし、ここで無視したらしたで、それが気になって睡眠に差し支えるかもしれない。
しばし考えて、私は路地裏に入っていった。備え付けてある椅子に座って、念のため一言確認する。
「本当に一回千円なんだろうね。頼んだら怖いお兄ちゃんが現れて道を塞いで出られなくするとか」
「ありません、ありません。一回千円で間違いないです」
ふむ、と納得して、私は占い師の顔を見た。
フードで顔は見えないが、なんだか美人のように見える。それに、どことなく浮世離れした空気。日常に突如現れた非日常というにはささやかだが、ほんの少し、散財してみる切っ掛けにはこれぐらいでいいのかもしれない。
財布から千円札を取り出して机に置く。
「毎度あり」
「よろしく。……ところで千円は私からすると高いが、君からするとどうなのかね? 一回千円でも十回でようやく一万円だ。それなりに苦労しているのでは」
「……その。よろしければ、もう少し……」
どうやら、一日に客は10人も来ないらしい。そりゃそうだろうな。
ちょっと同情した私は、気前よくもう千円追加した。
「それではウルトラスペシャルグレードで占いますね」
「ランクがあるのか」
「特別です」
それは有難い。
私が見ている前で、占い師は不可思議な言葉をつぶやきながら、水晶玉の前で手をくねらせる。ぼわあ、と微かに水晶玉が光り輝き、その内部にいくつもの歪んだヴィジョンが垣間見えた。
おお、なんか凄いぞ。どうせ何かの玩具なんだろうが、一瞬本物だと信じてしまうような真剣みがある。
「むむむぅ……これは……」
「どうかね」
「これは……その……すいません、ちょっといいですか」
水晶玉の光が消える。手を引いた占い師は、ハンカチでちーん、と涙と鼻水を拭っていた。
頬が引き攣る。そんなに悪かったのか、私の運勢。
「……そんなに?」
「私も商売ですので、言葉を選びますが……その上で、ノーコメントを……」
「だろうなあ」
色々、アレな人生を送っているのは自覚がある。
とにかく、人との出会いに恵まれない。私がこれまで出会ってきた人間は、例外なく屑かカスか犯罪者だ。幸い家族には恵まれ、祖父の家を引き継いだことで住む場所には困っていないが、それで運勢を使い果たしたと見える。
「まあいい。悪い事でも正直に言ってくれてありがとう。身の程を弁えて、慎ましく生きていく事にするよ」
「いえいえ、お待ちください。それでは私の気がすみません、これをどうぞ」
そういって占い師が差し出してきたのは、一つの鍵だった。
アンティークな感じの、そう、古めかしいオルゴールを開けるような。
「この鍵を枕元に置いてお眠りください。そうすれば、良い事がある……かも? まあ、ダメ元でどうか」
「ははは、わかった。まあ現実が不運でも、夢ぐらいは楽しい夢をみたいな。ありがとう」
笑って鍵を受け取る。ある意味2000円する鍵を、私は財布の小銭入れに大切にしまった。
「ありがとう。今日はつまらない事で一日を潰したかと思ったが、最後にちょっと楽しかったよ。これからもここで仕事をするのかい?」
「いえ、明日から別の場所で……」
「そうか、残念だが、ここは稼げそうにないものな。繁盛を願うよ。お元気で」
その言葉を最後に、路地裏を後にする。
重たかった足取りが少しだけ軽い。お金は失ったが、なんだか気持ちは軽やかだった。後ろ向きに。
なんだか、今日はよく眠れそうな気がする。
「ふぁーあ……」
やはり未来に希望など抱かずに生きていくべきだろう。私は空に輝く月を見上げながら、駅への道を急いだ。
◆◆
「ようこそいらっしゃいました、旦那様」
茫然とする私の前で、首のないメイドがお辞儀をする。その首の断面は、黒い靄に覆われていて、その下に何があるかを伺わせない。
しゃん、と背筋を伸ばしたメイドが、どこから発しているのか分からない言葉を朗々と紡ぐ。
「私はこの屋敷の侍女長を務めさせて頂いております、メアリ、と申します。旦那様のお仕事の手伝いも申し付けられておりますので、何かあればお申し付けください」
「あ、ああ。……早速だけど、メアリさん」
「はい」
私は頭を抱えながら、早速侍女長に尋ねた。
「ここは、どこで。何が、どうなっているんだい?」
私が今立っているのは、どこか大きなお屋敷の玄関……だと思う。せいぜいドラマで見た事があるかないか、そういった場所。当然、私の行動範囲にこんな立派なお屋敷はないし、何より、ここまで自分の足で歩いてきた覚えがない。
そもそも、外出した覚えもない。
記憶の最後は、夜、枕元にアンティーク風の鍵を置いて、布団に潜り込んだ所で終わっている。寝つきの悪い私にしてはすんなり寝入って夢の世界に旅立った後、気が付けばここに居たのだ。
「ここは……夢だよな?」
「旦那様からすれば、そうでございます」
首の無いメイドは、躊躇う事なく頷いた。
「しかし、私にとってはここが現実でございますし、旦那様にとっても無為なものではないと思われます」
「つまり……あれか。夢だけど夢じゃない、みたいな? 異世界に夢を通してやってきた、とか?」
「まあ」
驚きました、とメアリは手を合わせる仕草をした。
「ご理解が早くてメアリは大変助かります。ここにいらっしゃる方の中には最後まで状況を納得いただけない方も多いのですが」
「……他にも人が居るのか」
「はい、いいえ」
肯定とも否定ともつかない返答。私は首を捻った。
「この館の主は旦那様ですが、館の主は無数にいらっしゃいます。その全ての世話を、メアリは任されております」
「あー……なるほど。ようはゲームか」
早い話が主人公だ。ゲームの世界からすれば主人公は唯一無二だが、それをプレイするプレイヤーからすれば、ゲームの世界はセーブデータの数だけ存在する。そういう話か。
それをゲーム側の人間が認識しているのもメタな話だが。
そもそも、私は何故こんなおかしな夢をすんなり納得しているのか?
夢だからか。夢ならばしょうがない。
あと問題は……。
「……これは悪夢の類じゃないだろうな? 夜になったらメアリさんが襲ってきて、夢で殺されると現実でも死ぬ、みたいな……」
「まあ。それがお望みならば、そのように」
「違う違う望んでない望んでない」
ぶるぶると首を振る。
「左様でございますか。では、そのように」
「……ふう。それで? 結局、これは何の夢で、私はどうすればいい?」
「旦那様には、館の主人として振舞って頂きます」
こちらへどうぞ、とメアリが仕草で導く。私はそのまま、玄関から廊下へ進んだ。
うわ、この絨毯、ふっかふかで足が埋まる!
「この館は、領主の館でございます。旦那様には館の主人として、土地を納める領主として、相応しい振舞をしていただきます」
「つまり、働け、と」
「勿論、このメアリ、身を粉にしてお手伝いさせて頂きますわ」
現実の労働だけでもいっぱいいっぱいなのに、夢の中まで仕事とは、社畜人生ここに極まれり。
なんだが、まあ、隣で首が無いのに微笑んでいると分かるメイドさんがいると、それもまあ悪くないと思ってしまう。
我ながらちょろいにも程がある。
「まあいいや、どうせ夢だし」
「その意気でございます。さあ、こちらへ」
メアリが重厚な扉を押し開く。
その奥に、小さな執務室が広がっていた。ほどよく日差しが差し込む窓の前に、年季の入った木の机と、革の椅子。
椅子に座ると、ふっかふかの感触がした。こんな高級な椅子は座ったことが無い。
そして机の上には、いくつかの羊皮紙と羽ペン、インクの壺。そして印鑑。
「さっそくですが、お仕事と行きましょう」
◆◆
メアリの手引きで、さっそく館の主人としての仕事が始まった。
早い話がチュートリアルである。
私はメアリの説明に頷きながらサインと印鑑を押すだけだ。
「旦那様には、主に領民からの嘆願に目を通していただく事になります」
「ようは、責任者として判断をしろ、という事かい?」
「ご明察でございます。この領地は平和で穏やかな土地でございますが、それでも住まう住人の間で日夜トラブルは絶えません。その多くは、他人から見れば些細なものですが、当の本人達にとっては深刻なもの。それを放置し、疎かにしていては不満が溜まり、いつしか大きな災いとなるやもしれません。旦那様には、そのような不満の芽を丹念に除いていただきたく存じます」
現実の領主がどんな仕事がメインかはしらないが、少なくともここで求められているのは相談役のような仕事らしい。
あるいは、もっと大事な仕事……お金のやりとりとかそういうのは、もっと私がこのゲームになれてからの話なのかもしれない。
「そうは言うけど、私はこの土地の事を何も知らないぞ。民が居るとしても顔を合わせた事もない。そんなので正しい判断が出来るのか?」
「おかしなことを。領主である旦那様の判断が正しくない事などありますでしょうか?」
ざくり、と言葉の棘を刺された気がした。
つまり、メアリはこういっているのだ。
お前はこの土地における絶対者であり、お前が白といえば例え黒でも白となるのだ、と。
なんだか急に胸が重たくなってきた。
目の前の書類が、何やら非常に恐ろしいものに思えてくる。
この紙の向こうにいるかもしれない、顔も知らない領民達。その人生を、ペン先一つで左右できる立場に私はいる。
これは。ちょっと甘く見てかかると痛い目をみそうだぞ。
「そう深刻にとらえないでくださいませ、旦那様」
「しかしだな……」
「まずは、場数を熟していきましょう。最初は、ささいな喧嘩の仲裁から初めるのがよろしいかと」
そうして、夢の領主としての仕事が、始まった。
「これは……酔っ払いが喧嘩して、壊した酒場の修理代をどっちが払うかで揉めているのか……メアリさん。これ、喧嘩両成敗とはいかないの?」
「勿論。では、そのように」
「村に移住した新人と、元々いた住人の土地のトラブルか。新人が買い取った土地は、自分達のものだと住人が主張している訳だね。……メアリさん、この土地を売ったのは誰か調べられる?」
「評判の悪い男ですね。同様の被害が複数寄せられています」
「……じゃあ、その男を領主命令ですぐに捕らえて。新人君については……しょうがない、仕事を斡旋するように、村役場に便宜を図る様手紙を出す」
「では、そのように」
「商人からの申し出か。領内で商売をしたいと、できれば領主のお墨付きが欲しい、ってところか。……評判は?」
「裏を取りましたが、怪しい所はありません。が、それほど目利きという訳でも」
「じゃあ、ある程度の制限をつけて許可しよう。業績次第で今後を考える、という事で」
「では、そのように」
そんな感じで、5枚程の書類を処理してその日の仕事は終わった。
いずれも大したことはないというか、実質メアリの方でどう対応するか決まっているようなものだ。一言尋ねれば、概ねどうすればいいのか判断できるだけの情報が返ってくる。
言葉通り、私はサインと印鑑をしただけだ。
作業がひと段落すると、メアリがコーヒーを用意してくれた。それに口をつけながら、私はぼんやりとつぶやいた。
「これ、別に私がいなくてもよかったんじゃ」
「メアリはただの侍女でありますので」
独り言のつもりだった呟きに答えが返ってきてぎょっとする。
彼女は、存在しない首を傾けて、ちょっと困ったように言葉をつづけた。
「サインを書く、印鑑を押す。どちらも旦那様にしか出来ない事でございます」
「……まあ、大切な事か。しかるべき責任者が、ちゃんと責任を示す、というのも」
指示だけだす上司も珍しくはないし、さらに自分の責任から逃げ回る上司も珍しくはない。だがそれでは下はどう思うのか。
なるほど。確かに内容は大したものではないが、これは領主でなければできない仕事か。
問題はなんで私がそんな大それたポジションに立たされているのかだが、まあ夢に合理性を問うてもしょうがない。
私が深層心理でそんな夢を見たかった、そう解釈しておこう。
「ところで旦那様」
「ん?」
空になったコーヒーカップを机に置くと、メアリが不意に訪ねてきた。
「この館には今現在、侍女が私しかおりません。それでは、館の清掃や維持に手が回りません。他にも侍女を雇っても構いませんか?」
「ああ、いいよ。そこは任せる」
ちらり、とメアリの体に視線を向けて私は頷いた。
……やっぱり、他の侍女も首無しなのだろうか。
「それでは、これを」
そういってメアリが差し出してきたのは、一枚の書類だ。
年齢とか、体形とか、性格とか。何やら色々と確認要項がある。求人要項というより……なんかキャバクラのお嬢指定みたいな感じだな、いや行った事がないのであくまで想像だが。
ともかく、これを書いておけば、近い感じの侍女を探してきてくれるという事か。
「んーー」
ちょっと考えて、私は率直に、欲望に素直になる事にした。
年齢は20歳前後。
髪は黒髪。日本人。
スタイルは胸が大きいか、あるいは逆に平らな貧乳。
性格は明るくて強気か、あるいはその逆で静かでお淑やか。
嫉妬深いとなおよい。でも互いに喧嘩するのは駄目。仲良く。
そんな感じで、TRPGのキャラ設定のつもりで好き勝手書き連ねる。
書き終えると、私はそれをメアリに渡した。
「じゃあ、これで」
「はい。承りました」
渡された書類を、恭しく抱えて部屋から出ていくメアリ。
まあ、そう上手い話は無いだろう。期待してもしょうがない。
だいたい同じ夢を見れるとは限らないし。
この時の私は、その程度にかるーく考えていたのだった。
◆◆
そして。
「こちらの二人が、本日から旦那様にお仕えする新人侍女になります。宮子さん、雫さん、ご挨拶を」
「はい」
首の無い侍女長に促されて、前に出てくるメイド服の二人。
一人は長い黒髪かつ長身でモデル体型の、いかにもイケイケの大学生女子といった感じの女性。
もう一人は短い黒髪かつすらりとした体形で、強く抱きしめたら骨が折れそうな儚げな雰囲気の少女。
相反する印象の二人は、しかしどちらもすまし顔でシックなお揃いのメイド服に袖を通し、嫌悪も好意も見て取れないフラットな顔で私に頭を下げて挨拶をした。
「宮子と申します。これから、旦那様の身の回りのお世話をさせていただきます」
「雫とお呼びください。ご用命があれば、なんなりと」
「二人には今後、旦那様御付きの専属侍女として、あらゆるご要望に対応します。ええ、あらゆるご要望に、ね」
首の無い侍女長の含むような物言いにも、新人二人は動じた様子はない。
「ははは……まあ、よろしく頼むよ」
あらゆるご要望。それがどこから、どこまでなのか。暗に意図するような言い回しに内心困惑しつつも、私は表向き、歓迎の意を込めて小さく笑った。
……どうしてこうなった?
私は椅子に深く身を預け、馴染みのない執務室の天井に目を向けた。
まるで夢のような現実感のない展開。だがそれも当然の話だ。
これは、夢だ。
夢の話、なのだから。




