病みゆく同類
その日、夢で出会ったのは若い女性の同類だった。
十代後半くらいで恐らく当時の僕より少し年上、夜なので部屋着スタイルだった。当てもなく散歩している途中、人通りもまばらになってきた夜の駅前でキョロキョロしているところを見つけ声をかけた。
「こんばんは」
「…!君、ここが夢って分かってる人?良かった、仲間じゃん!いつも通り部屋で寝たらこの世界来ちゃって、他の奴は当然のように過ごしてるから怖くてさ」
彼女はこの世界に来るのは初めてらしい。僕は知る限りの情報を説明した。
「マジで!?どうなってんのか分からんけど凄い能力目覚めちゃったってことじゃん。テストも勝ち確だし好きな映画も雑誌も実質金払わんでも観れるってことっしょ?この後の人生楽勝だわ」
「そういうメリットはあるかもしれません。ただ、この夢を見るようになった人は個人差はあれど例外なく睡眠時間が長くなりがちで…」
「へーきへーき!いっぱい寝れるなんて最高じゃん!こっちで遊べば夜遊びしなくていいしね」
貴重な仲間だし君も時間あったら一緒に遊ぼうよ、と誘われ、以降は時々会うようになった。
「スタバ開いてる時間に来れてラッキー!金の心配なくカスタマイズ盛りまくれるわ。ずっとやってみたかったのよね」
数週間後の夜、相変わらずハイテンションな彼女に会い駅近くのスタバに入った。僕は未だにサイズの名称すら分からず物怖じしてしまう場所だが、彼女が慣れた様子でオススメのカスタムを注文してくれたため有難く受け取る。
「どう?美味しい?」
「…この世界だと味は薄く感じますけど、それを差し引いても甘いですね」
「確かにちょっと薄いなー、あたしはこの三倍甘くて丁度いいから現実だとドンピシャで好みかも!タダで飲んでるようなもんだから文句は言わないけどさ」
「もうこの世界には慣れたみたいですね」
「うん、サイコーだよ!テストの問題盗んで覚えてあっちに帰ったら、ろくに勉強してないのに今までで一番の順位だったの!友達にどうやったのか聞かれまくってねー。あと新作コスメも試しまくりで自分に合うやつだけ買えるの神過ぎ。金欠なのに失敗したら洒落になんないからさ」
まあ学生だったらテスト問題盗むのはまず考えるよな、と楽しそうに話す彼女を見ながら思い、フラペチーノを啜った。
次に会ったときは夕方だった。
僕はいつものように放課後の教室で眠ってしまっていたのだが、彼女の気配を感じて駅方面に向かった。
夢世界に入ると、意識すればある程度の距離からでも同類の存在をぼんやり察知できる。特殊能力というより長年の勘のようなもので、それなりの期間この世界にいる人は大体そうなるらしい。
駅前のショッピングモールで制服姿の彼女を見つけた。同じ制服の女子高生達数人とともに喋りながら歩いている。邪魔しないでおこうと思ったのだが、向こうも僕を発見し話しかけてきた。
「あー!君も来てたんだ!この時間に会うの新鮮じゃね?あたしも放課後になって皆で遊びに行こうってときに寝ちゃってさー、せめて夢の中で予定通り遊んでるわけよ」
「この睡魔は強烈ですもんね。目覚めてないってことはお友達も気を遣って起こしてないのかと」
「何、美絵、その子知り合い?どこの学校…てか中学生?」
友達と思わしき女子高生の一人が僕を興味深げに見る。
「うん、夢友!けど学校も名前も教えてくんないのよね、『現実で身バレはなんか気まずいから嫌です』とか言ってさー。最近の子は警戒心強いよね。あ、でも制服見れたからチャンス…って中学の制服って似たようなの多過ぎじゃね?どこの学校か見分けつかんわ」
それについては申し訳ない。何となくだが、夢で知り合った人に個人情報を渡したくないのだ。夢では若干キャラが違うから恥ずかしいというのもあるかもしれないが、世代的に匿名SNSで知り合った人と直接会う危険性を散々叩き込まれている影響が大きい。無論SNSと違い、顔モロ出しのそのままの姿で接しているので、現実で会えば即気付かれるが。
「夢友?何それ、ウケんだけど。同じ夢を追いかける友達ってこと?」
「それは違いますけど、今初めて聞いた単語なので僕も何とも…。美絵、さん?が自作した言葉かと」
「あは、何この子面白いねー!でもじゃー恋人ではないのね。最近の美絵、寝てばっかだからさ。いい人でもできて睡眠不足なのかと思ったけど」
友達の皆さんはキャッキャと僕を取り囲んでからかうように言った。
「ごめんごめん!訳あって眠くってさ。寝ちゃってても遊んでくれる皆には感謝してるよー」
「もー本当だよ!今日も寝てて約束すっぽかしたら次から誘わないとこだったわ。起こしても寝起き悪くて不機嫌だし、すぐまた寝かけるしさ。若いからって睡眠時間取らないのは駄目だよ、肌に悪いんだから」
「あはは、ごめんって!お詫びに絶対当たるテストの山勘教えるから!」
冗談ぽい雰囲気のやり取りだったが、一瞬彼女の表情が曇った気がした。プリクラを取りに行くという彼女達と別れ、せっかくなので一人でモールを物色しその日は終わった。
次に会ったのは昼前。四時限目の英語の授業中に夢世界に来た僕は駅前に向かった。
平日の午前中ということで、大して混んではいない広場のベンチに虚ろな目をした彼女は座っていた。僕が挨拶しても無反応だったので立ち去ろうと思ったが、「隣に座ったら?」と呼び止められ、一人分ほど間を空けて腰を下ろした。
「ごめんね、無視するつもりはなかったの。ぼーっとしちゃってて、感じ悪かったよね?」
「いえ、授業中に居眠りしちゃって、来てみたらいらっしゃったので声をかけただけですし」
「そっかー、居眠りか。あたしと同じだね。しかもクソ怖い先生の授業でね、起きたら大目玉だろうな。しかもね、その先生居眠りしてる本人だけじゃなく周りの席の生徒も飛び火で当ててくるからさ、皆にもメーワクかけちゃってるなあ…こんなんじゃ大学も無理だろうなあ」
今日の彼女はいつもより化粧っ気がなく、髪もしばらく染めていないのか根本部分の色が違うプリン状態で、綺麗に塗っていたネイルも剥がれかけている。ぼんやりと遠くを見つめたまま、彼女は話し始めた。
「あたし好きな人いてね、ヘタレって思われるかもしれないけど試しにこっちで告ってみたんだ。オッケー貰えた」
「おめでとうございます。夢だろうと告白できるのは勇気がありますよ」
「へへ、ありがと。それで勝ち確気分であっちでも告ってみたんだぁ。振られちゃった」
「…どうしても時間的にズレますし、それでシチュエーションや心境が変わればそういうこともありますよ」
「夢の中で告ったとき教室で寝ちゃってたんだけどさ、そのときの寝顔がブス過ぎて萎えたんだって。ウケるよね。…最近思うんだ。今までここは別世界線だとか大層なこと思ってたけど、実は特別でもないただの夢で、あたしの妄想に過ぎないんじゃないかって。この世界の皆も意思がない人形で、皆はこういう反応するはずって無意識に思ってるのを反映してるだけじゃないかって。こっちの彼が都合良く告白オッケーしてくれたのもあたしの願望だから」
「僕もそれは考えたことがあります。オカルト現象よりもその方が現実的ですし。けど、それにしては事実が反映され過ぎてると思うんです。…このベンチの錆び模様を覚えて、起きてから実物を確認しに行ってみてください。寸分違わず同じはずです。よほど錆びマニアでもない限り深層心理でも覚えてるはずないですよね?だから、少なくとも一般的な夢とは違い、脳のメカニズムによる現象ではないと思うんです」
「…そっか、そうよね。これで、ただの夢だなんてあり得ないよね。そうだったらあたし、マジでひたすら寝てるだけのゴミだもん。こんだけ不利益受けてんだから凄い能力じゃなきゃ割に合わないよね」
過眠に苦しみながらもこの明晰夢を見ない人もいるはずなので、あまりそういうことは言わない方がいいのでは。だが、ひとまず気を取り直したようなのでスルーする。
「そろそろ起きるみたい、先生と周りの席の子に謝ってくるわ。…話聞いてくれてありがとね」
そう言って彼女は立ち上がり去っていった。同類が起きる瞬間は何度か目撃したことがあるが、自然と現実で本来いる場所に戻っていくらしい。その後ろ姿を見送りながら気配がなくなったことを感じ、僕も目覚めるまで一人ベンチで錆びを眺めていた。
最後に彼女と会ったのは平日の昼下がりだった。
駅から少し離れた廃ビルの屋上で、フェンスにもたれかかるように座っている。手にはカッターナイフが握られていて、左手首からは鮮やかな赤色の血が流れていた。
「こんにちは」
「……」
屋上への扉を開けて入って来た僕に光のない目が向けられる。
「…この世界では失血死も痛みもないでしょうけど、自分用に簡単な応急処置セット持ち歩いてるので良ければ使いますか?流血しっぱなしだと鬱陶しいでしょうし」
「…死ねれば、痛みがあれば良かった。そうすれば起きられたのにね。ここから飛び降りたら流石に目が覚めるかなって思ったけど怖くてできなかった」
それは結果的に正解だ。この夢の中で致命傷を負おうがどんな刺激を受けようが、それで目覚めることはできない。僕が知る限り、自然に目覚めるときを待つか、現実の外部からの干渉で起こしてもらうしかない。期待できない場合は入眠する前に何とか睡魔に耐える――それもほぼ成功したことはないが――くらいしか方法はない。僕は何も言わず、ギュッと自分の腕を袖の上から握りしめた。
「もう嫌なの。あたしは頑張って起きようとしてるのに、いきなり眠気の馬鹿がやってきて一気に視界がグルグル回って、気付いたらこの世界にいる。怠け者とか、やる気がないとか、本当は遊びたくないんでしょとか、ふざけないでよ。こっちで皆と買ったお揃いグッズ、現実ではあたしだけ持ってない気持ちなんて誰も分からないくせに!現実で家族に呆れられて教師に怒られまくって友達も離れてって、連動するみたいにこの世界の皆も冷たくなった。偽物の世界のくせにそこは夢見せてくれないんだね」
「偽物の世界?」
「そう、いくらこっちで何を積み重ねても、結局偽物なのよ。きっとこの世界は丸ごとあたしの妄想でしかない。頭の中で人と交流したり生活したりしてる気になってるだけで、現実のあたしはずっと寝てるだけの社会不適合者。家族からも、友達からも、周りの大人からも見捨てられる」
「…前にも言いましたが、この世界を妄想だと片付けるには事実が反映され過ぎだと思います」
「そんなの、あたし達が都合よく記憶を捻じ曲げてるってだけかもしれないじゃない!きっと現実で確認してから夢でもこうだったはずだって思い込んでるのよ、その方が説明付くわ」
彼女は我慢できなくなったように膝を抱えて苦しそうに泣き始めた。その理屈だとテスト問題まで完璧に一緒なのはおかしいのでは?と思ったが、言える空気でもなかったので黙る。ふと僕の存在を思い出したかのように顔を上げてこちらを見た。
「あんたは、どうしてこんなふざけた病気になって正気でいられるの?あたしよりも寝てるよね、どうして耐えられるの?」
「…僕は…生まれつきこの体質なのでこれが当たり前というか、耐える耐えない以前の」
「体質なんかじゃ済まない、病気よ!あたしたちは頭も体もおかしいの!」
期待されていた返答ではなかったようで、遮るようにもどかしげな叫び声が飛ぶ。
「こんな目に遭って都合よく気が狂わない奴なんて存在しない、そうだ、きっとあんたもあたしの妄想なのね。よく考えたら夢で意識が繋がるなんてあり得ないもん。だから現実で会えないんでしょ。それとも今度は現実でも存在してるかのように幻覚見せてみる?あたしのこと、いよいよ壊せて嬉しいでしょ」
「……」
「…パパ、ママ、助けて。やだ、もう寝たくない。この世界やだ。現実の、本物の皆ともっと会いたい。遊んで話したい…テスト問題なんか分からなくていいから…」
泣き続ける同類に僕は何も言葉を掛けられなかった。
それから彼女を見かけることも気配を感じることもなくなり、僕はしばらくの間ニュースを見ないよう意識して過ごした。単に夢世界での行動範囲が変わっただけかもしれないし、もしかしたら望み通りこの体質が改善して、以前のように現実世界で充実した生活を送っているのかもしれない。後天的に明晰夢を見るようになるのであれば、逆に治ることがあってもおかしくない。そう思うのは自由である。
少なくとも偽物の世界の苦しみからは解き放たれていることを願いながら、彼女が勧めてくれたフラペチーノを飲んだ。現実のそれは吐き気がするほど甘かった。




