買い食い
昼食抜きの悲しい昼休みを過ごした。
クラスメイトの醒内さんが学年一のDQNカップルに絡まれていたところを見つけたので割って入った結果、彼女を退避させることには成功したもののなけなしのお小遣いを奪われてしまったのだ。醒内さんは申し訳なさそうに補填を申し出てくれたが、悪いのはカツアゲ犯であり彼女がそうする謂れはない。一人分しか昼食代を持っていなさそうだったので昼食を奢るという提案も丁重にお断りした。諸事情により彼女の前だとつい見栄を張ってしまう。しっかりカツアゲされている時点で何も格好はついてないが。
少食とはいえ流石に腹が減ったので早く帰りたかったのだが、睡魔に抗えず放課後の教室で眠ってしまった。
最短でも十五分は夢世界にいることになるだろう。起きてから家に帰って手洗いうがいをして食事の支度をして…何か口にできるまでの時間を考えるだけで血糖値が下がっていく気がする。せめてこっちの世界で何か食べようと校舎を出た。
夢の中では空腹感も満腹感もなく、物を食べても現実の胃に持ち込せない。味もかなり薄くしか感じられない。この世界で食事をするのは、ただの気分の問題だ。
五分ほど歩いて学校最寄りのコンビニが見えてきたところで金がないことを思い出した。万引きか、未会計の商品を食べてもいいのだが、夢とはいえ憚られる。犯罪行為に慣れてしまうとろくなことにならない。既に試験問題を盗むことに抵抗感がなくなるくらい僕のモラルは下がっている。そのうち現実でも衝動的にやらかしてしまい補導される未来が見えるのだ。どうしようかと迷っていると店前で見覚えのある男女がイチャついているのを発見した。丁度良いと思いカツアゲカップルに向かって歩く。
「君達、昼休みに僕から取った三百円返してくんない?」
「あ!?…朝来?お前が言ったのか今?」
お互いに夢中で、話しかけられるまで僕が近づいてきたことに気が付かなかった二人――彼氏の佐々木くんと彼女の高田さん――だが、顔を上げて発言の主を認識すると信じられないものを見たような表情で固まった。現実の僕はこんなに強気なことを言えるキャラではないし、不良に反抗なんて偽物と疑われるレベルだ。
「うん、僕が言った。他にいないんだからいちいち聞かなくても分かるだろ。早く返して、利子付けて五百円」
佐々木くんは数秒唖然としたまま固まっていたが、我に返ったように周囲を見回した。折木がいないか探してるんだな、と予想が付く。僕が一人であることを確信すると段々と顔が赤くなっていき謎の雄叫びをあげて殴りかかってきた。腹パンを食らい倒れかけたところで左頬に二発目が飛んでくる。ザリッと地面に叩きつけられた。高田さんは楽しそうに囃し立てている。
「クソが!!突然イキって来たから折木にでも泣きついたのかと思ったら雑魚一人じゃねえか!流石に殴られはしねえって舐めてたのか!?そもそも三百円しか持ってねえとか小学生よりショボいわ!明日はもっと持ってこなきゃまたぶん殴るからな!」
捨て台詞ついでに明日以降の集金まで予告された。彼はしばらく罵詈雑言を浴びせてきたが、倒れ伏したまま起き上がらない僕を見て満足したのか「やっぱあのコンボよ、折木もいりゃ一緒にボコるチャンスだったのによぉ」とドヤ顔で高田さんに己の強さを語り始めた。彼女も「マサくんかっこい~!」とご満悦だ。僕を倒したところで全く自慢にならないのだが。
騒ぎが聞こえたらしい店員がレジから身を乗り出して何事かと様子を伺い始めたので、二人はコンビニを去ろうと背を向ける。そこでようやく立ち上がり、彼の無防備な背中に渾身の蹴りを入れた。
「っ!?」
僕の攻撃力など、大阪のおばちゃんが笑いながら肩をバシバシしてくるダメージより弱いレベルなのだが、勝利を確信し油断しきっていた不意を突けた。佐々木くんは前のめりにバランスを崩し、地面に手を着く。四つん這いになった背中を思い切り踏みつけた。
「あぐっ…!!朝来、てめえ」
彼の背に足を乗せたまま髪を掴んで引っ張り上げ、ポケットからハサミを取り出し近づけた。話しかける前に筆箱から出してすぐ取り出せるよう用意しておいたものだ。
「このお金かかってそうな金髪、切られたら嫌だろ?三百円しか持ってない小学生以下の雑魚に、彼女の前で」
高田さんは困惑しているが手は出してこないどころか若干後ずさっている。うっかり僕の手元が狂えば髪のみではなく目を切りつけかねない位置にハサミを突き付けているため動けないのか。あるいは刃物相手で自分が怪我をする危険を犯してまでを佐々木くんを助ける気が起きないのか。
「慰謝料込みで千円、早く返して。それとも店員さんに警察呼んでもらう?」
彼はしばらく僕と地面を交互に見ながら真っ赤になって震えていたが、ハサミが刃を閉じ始めパラッと数本の髪の毛が落ち始めると、観念したように大声で彼女に指示を飛ばした。
「分かった!分かったから切るな!リナ、俺の鞄から財布出して千円コイツに渡せ!」
「え、ああ…うん。…五千円札しかないけど」
「五千円でいい、お釣り出せないのは君のカツアゲのせいだし文句ないよね」
「はあ!?盗ったのは三百円だろうが、両替しろ…ってもういいよそれで!だからハサミ閉じるなどけろ!!」
佐々木くんの髪を離して五千円を受け取り足を降ろす。彼は即座に立ち上がり、第二ラウンドを仕掛けることもなく逃げるように離れていったが、高田さんの白けた表情を見て慌てて弁解を始める。
「リナ、ちげーよ!完全に二発決まってたのにアイツが立ち上がってきたのがキモいんだよ!俺が弱いわけでも逃げるわけでもねえ!!」
「いや流石に朝来に負けるのは駄目でしょ…。強いマサだから惹かれたのに幻滅。大体、負けるにしたって刺されるの覚悟でハサミ奪ってリナだけでも逃がしてくれるくらいは期待したのにさ。その金髪も好きだったけど、今だとアンタのダサすぎる醜態思い出して萎えるわ」
破局しながら去っていく元カップルを見送る。少し、いやかなり胸がすく思いがしたが、元々の目的を思い出し、店員の訝しげな視線を感じつつコンビニに入った。しかし起きる時間が来たようで、入店音を聞いたところで視界がぼやけていく。
***
結局何も食べられずに現実の教室に戻ってきてしまった。それは良いとして、虚しいのは夢での勝利も入手した五千円も、こっちの世界では何も残らないということだ。いや、夢の世界も次に行ったときはまた現実の地続きにリセットされているので、あっちでも何も残っていないと言えてしまうのかもしれない。
(夢で本来敵わない相手をボコって一時的にスッキリするって…情けなさ過ぎるよな)
改めて考えると本当に情けない。夢だと痛覚が機能していないのか、痛みを全く感じないおかげで佐々木くんを制圧できたが、現実の僕は腹パンを食らった時点で半日気絶しそうなほど弱い。
考え出すと自分が嫌になるが、空腹を思い出したので気持ちを切り替え、校舎を出て帰路を急ぐ。先ほどのコンビニ前を通りかかると、別れる場面を見たばかりのカップルがまだイチャついているのが目に入った。
「ホント金髪似合うよねえ。艶があって、戦ってるときキラキラするのも好き。リナ、強くて綺麗なマサくんが好き」
「当然だろ、手間かけてるからな。この髪があって、お前がいてくれれば俺は無限に強くなれる。誰相手だろうと負ける気がしねえし、仮にどんな相手がいてもお前だけは絶対守る。それで負けても言い訳はしねえ、男だからな」
「リナだって何かあれば命を懸けてマサくんを守るよお。ずっと一緒にいたい」
高田さんはそう言って愛おしそうに佐々木くんの髪を撫でている。
(お互い守ったりなんかしないし、一度負けただけで終わるのにな)
多分、現実でもいつか二人は別れるんだろう。交際が長引くほど、そして相手が強いほど夢より酷い破局になると思う。それを考えると少し溜飲が下がるような気もしたが、また自分で自分が嫌になってきて無理矢理思考を止めた。
結局、二人がこの先どうなろうが僕の三百円は返ってこないのだ。




