意外性高い系ラーメン
放課後、波留と近所に新しくオープンしたラーメン屋に向かった。
この前の休日に二人でカフェに入ったのだが、公園で読書するだけの予定だった僕は自販機の飲み物代程度しか持っておらず(突発的に眠る体質上、必要以上の金額は持ち歩かないようにしている)彼女に奢ってもらったのだ。が、昨日になって返済はラーメンでいいわよと言われたことにより、実は奢りではなかったと発覚した。今日はしっかりラーメン二杯分の代金を財布に入れている。
「改装中から気になっていた店ではあるのだけれど、ラーメン屋で一人で食べていると鬱陶しい男が寄ってくるのよね。だから貴方を誘ったの」
学校から店への道を歩きながら波留がぼやく。確かに場所によっては女性一人だと落ち着いて食べられないかもしれない。しかも波留は一際目を引く美人なので、ほとほとナンパには辟易しているらしい。腰まで伸びた髪を高い位置でお団子にしてまとめ、ラーメンを堪能する準備万端といった出で立ちだ。随分と楽しみにしているようだし軽薄な輩に邪魔されたくないのだろう。
「そういえば折木は誘ってないのね。彼もラーメン好きでしょ」
「ああ、サッカー部の試合の人数合わせに呼ばれてるんだって。流石の人気者だよね」
「あら、試験前だってのに余裕だこと」
「試験前にラーメン食べに行く僕達が言えたことじゃないけど…」
「まあ、いないならいないで丁度良いわ。率直に聞くけれど貴方と折木ってもう付き合ってるわけ?」
人によっては動揺しまくるか赤くなるかしそうな質問だが、波留に中学の頃から何度も同じことを聞かれている僕は淡々と回答する。
「毎回期待されてる答えを言えなくて悪いけど、それはない」
「期待してるわけじゃないわ。でも貴方達の間にはやけに重めの感情を感じるのよね。小学校からの長い付き合いとはいえ」
「…そう。アイツのことは友達としては大好きだけど恋愛的な目で見たことないね」
「ふーん。じゃあ私が貰っちゃおうかしら」
「折木を?いいんじゃない?今まで二人がそういう関係になるところは想像できなかったけど、考えてみればもう高二だもんね」
二人とも中身はアレだが見た目は美男美女なので絵になる。しかし数少ない友人同士がカップル成立してしまうのは、おめでたいと同時に寂しい気もする。勝手に取り残された気分になっていると隣から波留の憤慨した声が聞こえた。
「違うわよ。あんな早死に確定の狂った男と付き合いたがるのなんて、顔しか見てないミーハーでしょ」
「折木も波留のことを『数年後には服役してそうな頭イッちゃってる女』って言ってたからお似合いだと…」
「はあ!?彼にだけは言われたくないわね。それは置いといて、私が付き合うのは貴方だってば」
今度は流石に動揺したが、表面上は平静を装って返す。
「波留、えっと、僕はお前のことも友達としては大好きだけど、そういう目線では見たことなくて」
「あら振られたわ」
「そもそもお前から僕に対する好意があるとしても、恋愛じゃなく実験動物に対する感情みたいなものだろ」
「まさか、精々SSRの観察対象みたいなものよ。実験になんて使わないわ。私だって貴方のことは友達として大好きだし…夢の件ではいつもお世話になってるしね」
「…どっちにしろ恋愛感情ではないし揶揄っただけだろ」
「バレた?ごめんなさい、どういう反応するか気になって」
波留はイタズラっぽく笑った。こういうのを魔性と呼ぶのだろうか。無駄に疲れて睡魔が来ないよう祈っているうちに目的のラーメン屋に到着した。
「…あんまり繁盛してないようだけれど大丈夫かしら」
カウンター七席と四人掛けテーブルが二つのあまり広くはない店内。入店した時点で他の客はゼロ、しかし今更帰るのも失礼が過ぎるので案内されるがままテーブル席についたところで波留が小声で不安を口にした。
「新規オープンだけあって綺麗だし内装もオシャレだけど…味の方が心配になってくるわね」
「まあ、まだ広まってないだけかもしれないし」
メニューにざっと目を通して頼む品を決め店員を呼べば、頭にタオルを巻いた人の良さそうな男性店員が来た。どうやら今日もスタッフは彼一人のようだ。席に案内してくれたのも、昨日対応してくれたのも彼だったし…恐らく店主なんだろう。
「私はチャーシュー丼下さい」
「僕はこのロマンラーメンで」
それぞれ注文を伝えると、店主は僕を見て嬉しそうに笑った。
「おお、お客さんやるねえ。そのロマンラーメンってのはうちのイチオシなんだよ」
「ええ、名物メニューってあるから気になって」
「すぐ持ってくるからよ、楽しみにしててくれよな」
そう言って店主が調理場に引っ込むと波留が怪訝そうな顔で訊ねてきた。
「ねえ、ロマンラーメンなんてメニューにも詳しく書いてないもの頼んで平気なの?量も味付けも謎だしオススメって情報しか載ってないわよ。名物ってのもオープンしたばかりだし自称でしょ」
「たまには冒険しないとね」
「怪しいわね…貴方、本当はこの店来たことあるでしょ。夢の中で」
波留は流石に勘がいい。実は昨日の放課後、今日の予習として夢世界でこの店に訪れていた。そのときどうせ夢だから、と挑戦的なメニューを頼んでみたのだ。
「夢の中では味覚はかなり弱いけど、少なくとも僕好みの味の雰囲気だったし見た目も量も普通だった」
「…貴方、その能力に辟易してます感出すくせにちゃっかり便利に使ってるわよね」
「そこは自分でもダブスタだと思う」
「どおりでおかしいと思ったのよ。初めて行く店だったら無難に醤油ラーメンでも頼みそうな朝来があんなチャレンジャーと化すなんて」
「波留こそ、普段だったら怪しいメニューなんて喜んで頼みそうなのに。ラーメンですらないチャーシュー丼て」
「私はラーメン屋に来るとご飯ものが食べたくなる女なの。それと勘でそのロマンラーメンはまずいって思っただけ。ま、夢で確認済ならいらぬ心配だったみたいね」
そう、今回は外れたようだけど波留は勘がいい。恋愛ではないが僕が折木にかなり拗れた感情を持ってしまっているのは事実だし、何だったら波留に対しても持っている。そして今一番気になっているのは…
「お待たせしました!ロマンラーメンとチャーシュー丼ね!」
元気な声と共に料理が運ばれてきた。メンマと海苔がやや豪華に飾り付けられている以外は一般的なラーメン。夢で見た通りの見た目だ。
「食ったら感想くれよな!じゃあごゆっくり」
店主は期待に満ちた目でそう言って戻っていく。
「確かに見た目は普通ね…。いただきます…うん、美味しい」
チャーシュー丼を食べながら波留は頷く。僕もスープを一口飲んで麺を啜った。夢でも感じたが鶏ガラベースだろうか?癖がなくて美味しく、元から早食い気味な僕はスルスルと食べ進めてしまう。
「それでさっきの話の続きだけれど、朝来は好きな子いないわけ?」
「それ続けるんだ…しかもそんな恋バナみたいな話だったっけ」
「いいじゃない。結局のところ夢で何でもできる貴方が…やろうと思えば本人にも知られぬまま物理的にも精神的にも人間を丸裸にできる貴方が、恋愛というものをするのか気になるのよ」
「その本心がなければ高校生らしい会話なんだけどなあ」
「私と折木以外で目ぼしい相手とすると…醒内さんとか?」
箸を持つ手が止まる。
「あら図星?分かりやすいわね」
波留が目を輝かせて身を乗り出す。もっと詳しく聞きたいのだろう。
「時々彼女のこと目で追ってるから、もしかして、と思ったのよね。そういえば一年の頃から気にかけてる様子だったけれど二年で同じクラスになってからは顕著というか」
ぶわっと額から汗が噴き出した。内側からせり上がってくるものがあり、目からは涙が零れる。
「まあ彼女は絶対気づいてないだろうから安心して…朝来?」
「…辛い」
「え?」
我慢できず叫んだ。
「…っ!がっ…!辛い!からいからいからい死ぬ!!み、水っ!みず!!」
「あ、朝来!?ちょっと大丈夫…じゃないわね!?すみませんピッチャーいっぱいに氷水を!」
尋常じゃない僕の様子に流石の波留も慌て出す。口に入れた直後は感じなかった、時間差で襲い来る辛さ。返答ができないくらいの刺激で汗が吹き出し、生理的な涙がボロボロ流れて酷い顔をしていることだろう。用意してもらったお代わりの水をひたすら口に流し込んだ。凄まじく焼けるような感覚の舌にはまさに焼け石に水状態だったが、少しでも痛みを和らげるために何杯も飲む。
そんな僕を、波留は困惑と哀れみと面白さが混じったような表情で見守りつつ、席の近くで満足気な顔をしている店主に尋ねた。
「このラーメン、そんなに辛いんですか?そうは見えないけれど…」
「おう!見た目と香りは全然辛さを感じないだろ?だからこそ食べたときの意外性で新鮮な驚きがあるってもんよ!激辛料理は見てくれからして真っ赤なのが多くて、最初から味の想像ができちまう。そんなのつまらないしロマンがねえよな!苦労したんだぜ、特に匂いにも辛さを出さないようにするのは。でもおかげで驚きを提供できたしな、お客さんみたいな反応してくれる人がいれば料理人冥利に尽きるってもんよ!」
泣きながら水を飲み続ける僕を尻目に、狂ったネタばらしが展開される。
「何を得意げに語ってんのよ!意外性じゃなくただの地雷ラーメンじゃない!小さい子が騙されて頼む前にメニュー変えなさい!」
「いやあ流石にお子様が注文したら配慮するよ、多分!まああんまり子連れ…というか客自体来ねえんだけどな!このラーメン衝撃が強すぎてなかなかリピートするには勇気がいるらしい。開店したばっかだし魅力が広まるのはまだまだこれからよ!」
「客足少なくて当たり前というか、衝撃じゃなくてとんでもない物食べさせられてキレてるだけよ!人によってはトラウマになるわ、訴えられてないだけ幸運ね…。朝来、大丈夫?」
波留はようやく落ち着いてきた僕の背中をさすり、汗と涙を拭くためのティッシュをくれた。情けないことこの上ない。僕も店主とこのトラップラーメンに一時間くらい物申したいが、まだそこまでできるほど回復していない。
「うえ…世話かけてごめん。ゴホッ…詐欺だこんなの…。ネットレビューで書かせてもらいますから…」
それでも被害が甚大過ぎて我慢ならず、ヘタレの僕にしては珍しく直接恨み言をぶつける。しかし店主はこともなげに笑って返した。
「ああ、そのサイトの運営に伝手があってな。ロマンラーメンについて書かれてるレビューは発見次第消してもらってる」
「何よそれ、騙す気満々じゃない!そしてロマンとか語る割にやること小さいわね!」
「だって激辛だって広まっちまったら見た目で隠した意味がないだろう?意外性を味わってもらうためには何も知らない状態で食べてもらわないと!」
この人には何を言っても無駄だと悟り、僕と波留は諦めの視線を交わした。とても一般受けする感性ではないのに大手サイトにコネを持っているところがまた厄介な経営者だ。あえてのヤバい店好きなチャレンジャーには人気が出るかもしれないが。
「はあ…学校で他に被害者が出ないよう広めておこうかしら。でも夢で食べたときは平気だったのよね?味覚が弱まってるとはいえそんなに激辛なのに気が付かないものなの?」
店主が奥に引っ込んでから、波留が不思議そうに疑問を口にした。まだヒリつく口内を氷で冷やしつつ僕は答える。
「ああ…それについては辛さだから気付かなかったんだと思う。味覚ってのは甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の五種類で、辛味はまた別物なんだ。味覚じゃなく口内の痛みや熱さの刺激で感じる現象らしい」
「痛み…ああそれで」
「うん、夢では痛覚はまったくと言っていいほど機能しないし…温度覚も似たようなものだ。だから何も疑問に思わず僕は、この似非ロマン外道トラップ地雷ラーメンを完食した」
今にして思うと夢世界の店主は汗一つかかずに食べ切った僕を見て不満げな表情をしていた気がする。意外性を味わわせたいとは建前で、単に激辛ラーメンでもがき苦しむ人を見たいだけのサディストなんじゃないだろうな。
「貴方の夢はどうせ死なない世界だし、痛みを感じないなんて便利だと思ってたらこんな落とし穴があるなんてね…。くすっ…ごめんなさい、ふ、ふふっ…」
「笑いたければ笑って…。夢で先に食べたからって慢心してた僕の落ち度だよ…」
クスクスと笑いを堪え切れないでいる波留を見ながら反省する。
せめて匂いで辛さを感じ取れればあんなに一気に食べなかったかもしれないのに。こんな店二度と来るかと思いながらも、激辛料理特有のクセある匂いまで隠し切った技術には感心してしまった。それをもっと善良な方向に生かして欲しい。
まだ残るヒリヒリ感に、スタバの激甘フラペチーノが恋しくなった。




