もう、限界
ついに、電車を降りてしまった。
会社の最寄り駅まであと二駅。急に息が苦しくなって、閉まりかけたドアから降りてしまった。冷たい空気が頬を撫でて、酸素が肺にスッと入った。
資格を持つのは二人だけ。もう一人が、三度目の妊娠。つわりがひどいと先週から休みを取っている。そして昨日、産休の手続きにやって来た。その時、わたしが、人員を増やして貰わないとやっていけないと上司に言っているのを聞いてしまった。同僚の具合が悪くなり、わたしのことをパワハラ。マタハラと非難した挙句救急搬送された。救急員もわたしを非難がましく見た。わたしはこの三年、有給をとってないのよ。それどころか、休みもろくにとってない。この二ヶ月はずっと出勤。それを非難するの?!おめでたいことだと分かっているけど、どうしても「おめでとう」が言えなかった。上司は「もう少しは我慢して」と言うだけで、人を増やす気配もない。
帰り道でふと鏡に映る自分を見ると、髪はぼさぼさで、目の下にはくまがくっきりと刻まれている。
彼女が救急搬送された後、部署の人たちは
「そんなこと言うなんて信じられない」とお互いにうなずきあっていた。帰る時にはみんなが知っていて、笑いながら「頼りにしてるんだから頑張ってよ」と言った。
頼りにしてる。
上司も同じ言葉を使った。
「君がいないと回らないんだよ」
だけど、彼はしっかり休みを取っている。家族旅行の写真を見せながら、
「気分転換も大事だぞ」と笑っていた。
どうして、わたしだけ。
電車が走り出す音が遠くで聞こえる。スマートフォンが震えて、画面に「未読メール:12件」と表示される。全部、会社から。
「今日の報告書は?」
「至急、対応をお願いします」
「確認しましたか?」
「どこにいるんですか?」
頭がぐらぐらして、ホームの端に吸い寄せられそうになる。
もう行けない。行きたくない。何もかも置いて逃げたい。
あの人たちはまた言うだろう。
「結局、甘えてるだけじゃない?」
電車が風を切って通り過ぎる。目を閉じる。飛び込みたくなった。
その時、反対側のホームに電車が止まった。行き先に終点が表示されている。子供の頃遠足で行った所だ。
友達と電車に乗るからと大はしゃぎした記憶がよみがえった。
発車ベルが鳴り出した。
わたしは電車に飛び乗った。
「あぁこれで会社に行けなくなっちゃった」そんな声が聞こえた。そしたら頭も肩も楽になった。
その声って誰の声でもない、わたしの声だ。
会社のメールを一つずつ削除する。読まずに削除する。痛快だ。楽しい。
「今日は休みます」とだけ、上司に短く送信した。「休ませて下さい」でもなく、「休んでいいでしょうか?」でもなく「休みます」何故、わたしが遠慮しなくては行けなかったのか?
検索するとソフトクリームが美味しいカフェができたとある。牧場直送か。いいね。
窓の外の景色が流れていく。ビルが減って、木々が増えていく。
胸の奥のどす黒く溜まった物が、少しずつ剥がれていくような気がした。
「もう、戻らないかもしれないな」
そう呟いたら、不思議と涙が出なかった。怖くもなかった。
わたしが辞めたら困るだろうな?
だけど、それは会社の責任。会社が考えることだ。
ちらっと、旅行の写真を見せていた上司の顔が浮かんだ。
困るといいわ!
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