罠
「お前いらんこと言うなよ。場所が場所やねんから。」
俺は言った。木ノ華は緊張しているようで小さくこくりと頷いただけだった。
ここは高級住宅地の清潭。八星会は帝国有数の暴力団ということで流石財力がある。角地に立派に構えていた。京城駅から車で迎えにきてもらい尾行からも避けることに成功した。門を潜り玄関口で降りると
「よう来たな。」
と和かに理事長の妾東宇が出迎えてきた。
「初めまして、お目にかかれて光栄です、妾理事長殿。」
俺は深々とお辞儀をした。これで初印象は悪く無いはずだ。実はこの件で初めて裏社会に手を突っ込むこととなったので、当然ルールや作法など知らない。そのため正直かなり緊張して息も詰まりそうだ。
「こっちおいで。」
と妾が優しく招いた。高飛車になるのは論外だが、かと言って舐められないように187cmの長身の背筋を伸ばし胸を張って歩いた。
「まあまあ座りぃや。」
妾は黒い革のソファーを指して言った。
「何しに来た?」
妾は相変わらずにこやかな笑顔を絶やさなかったが目は笑っていなかった。
「三月の京城場所について伺いたく...」
俺は本題にいきなり切り込んだ。周りくどい言い回しは得意ではない。
「どう落とし前つけるんや?」
妾は俺の言葉を遮って言った。いつの間にか笑顔が消えていた。え...と戸惑ってしまった。このくらい想定できたのに。
「オタクらはウチのシマ散々荒らして?挙げ句の果てにウチのもん殺して?んで協会と手を組んで適当な金だけうちに寄越して殺した力士解雇して手打ち?ふっ、アホか?」
妾は鼻で笑って言った。こっちの想像以上に怒っているようだ。
「うちのもんの命をそんくらいに思っとるんやろ?やないとこうはならんやろ。第一あの金だってうちのシマから取ったもんよりも少ない。手打ちにするにしてもそれなりに代価っちゅうもんがいるやろ。」
妾はそう言うと無理矢理笑った。
「オタクらの一番の人気力士一人飛ばしてしまうんや。」
人気力士とはどう考えても桂小春のことだ。相撲部屋襲撃とだけ聞いたがまさか桂小春一人を確実に殺すことだとは思わなかった。俺は思わず声を荒げた。
「ちょっと待ってください‼︎あいつに罪は...」
「やかましいわ‼︎」
妾は側にあったビールの乾瓶を俺に投げた。激しく音が鳴って散った割にはあまり痛くなかった。怖かったが、最悪のことを想定していたので少し安堵した。しかし余りにも短気すぎる。これでよくこの数万人規模の組織を維持できたものだ。これ以上は会話できないと思い木ノ華を連れて帰ろうと思った。しかし、傍に座っていたはずの木ノ華が居ない。
「どういうことですか?」
俺は声を荒げた。
「どういうことって?あぁ。」
妾はそう言うと笑顔を取り戻した。
「あの女を寄越すならチャラでええ。ええな!?」
そう言うと妾は人が変わったようにゲラゲラ笑い出した。遂に俺の中の何かが溢れ出した。
「ふざけんな...」
俺は机を叩いて立ち上がった。
「あ?なんやその態度。」
妾が言った。そして顎で俺の後ろにいるチンピラたちに指示をだした。まずい。最悪の事態に陥った。
「殺さんようにやれ。金になる。」
妾はそう言うと立ち去ろうとした。
「待てやダボ!!」
俺は殴りかかってくるチンピラたちを押し退け妾に掴みかかろうとした。しかし妾はさっさとドアを閉めて立ち去ってしまった。ここでドアを壊そうとするのは良策ではない。そう思い俺に掴みにかかるチンピラどもの退治をすることにした。人数は5人。5人ともタイマンで挑めば負ける自信は無かったが同時に、しかも武装している状況である。勝てるかもしれないが、リスクも高い。俺は猛攻を交わしながら部屋の出口を探した。しかし全て南京錠で通ることが出来なかった。中から閉めている以上、こいつらが持っているのだろう。俺はこいつらと戦うことにした。目の前には4人いる。4人?最初は5人だったはずだ。この状況はまずいーーーーーー
俺は後ろの一人に金属バットで頭を殴られて気絶した。