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鋼師  作者: 宰相トマワ
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大相撲 京城場所〜千秋楽〜最後の鬼門〜

 僕は支度部屋でまだ心臓がドクドク言ってる状態で結びの一番を見た。横綱は弟弟子の活躍されたのを見て感化されたのか圧倒的な横綱相撲を見せて来た。大関芦の里の出足を受け切り、半ば吊り出すような形で圧倒的な圧力で寄りきった。異次元だ。幾ら最強横綱とはいえ現役最晩年の満身創痍の力士の筈である。

 明日横綱と当たるのは確実になった。横綱はこのまま41回目の優勝を果たして綺麗に引退するつもりだろう。しかし僕も綱取りの大関だ。負けるつもりは毛頭無い。

 それに明日恩返しをせずにいつする機会があるというのか。

「ひが〜し〜かつ〜ら〜お〜に〜し〜き〜び〜にし〜かつらこ〜は〜る〜」

呼び出しが呼んだ。あれこれ考えているうちにもうこの時間が来てしまった。僕は土俵に上がった。目の前に立ちはだかる横綱は改めて見ても大きかった。そしてその目はいつもの親しい弟弟子を見る目ではなく、最後の優勝のため、自分が排除すべき最後の敵を見る殺気を孕んだ目だった。

「怖い。」

僕が正直に抱いた感情だった。取的時代はともかく、十両昇進を果たしてから自分よりも遥かに大きく力も桁違いの琴ノ心、燈、天城富士にも抱いたことはなかった。それでもおおよそ人間とは思えない程の怪物を目の前に決心を固めた。絶対に41回目の優勝を阻止しすると。

 それにそれを為すための一か八かの作戦も実は既にあった。横綱が入院して不在の間に稽古をして温めていた作戦だ。確実に横綱がこの手に乗る保証は無かったが、少なくとも旧来の戦法で横綱に勝つことは絶対にできない。それだけで試してみる価値があった。

 僕は先に土俵に手をついた。横綱は僕の顔を覗き込んだ。全てを見透かしたかのような目だった。僕は不安で仕方なかったが、今更作戦を変えられなかった。やがて横綱も手をつき、同時に立ち上がった。

「横綱の弱点は?」

僕は幕内上位に上がった時に考えた。いつか衝突するかもしれない最強の兄弟子の倒し方を考えた。横綱は身長210cm体重300kgオーバーの超巨漢だ。それだけ背が高ければ腰も高そうだが若い頃からの稽古の貯金で腰が低い。膝もボロボロになっているにも関わらず未だ強靭で突っ張りで下から体を起こすのも現実的ではない。しかし身長がそれだけ高いということは本来の重心も高く腰さえ上げれば僕にも十分に勝機はあるということだ。となればするべきことは何か?

「最初から腰を上げた状態で始めさせれば良い」

僕は横綱にそうさせる為に立ち合いで飛び上がった。嘗ての小兵力士もやった想定外の立ち合いだ。要するに立ち会い変化ってやつだ。到底横綱相撲とは言えない。不恰好も良いところだ。しかしそうしてでも横綱に勝ちたかった。勝たなければならなかった。

 この賭けは吉と出た。横綱は驚いた顔をして上空に飛ぶ弟弟子を見た。小兵でありながら正攻法の立ち合いしかしない僕の初めての変化に面食らったのだろう。横綱はその重い腰を遂に上げた。僕は待ってましたとばかりに横綱の懐に潜り込んだ。潜り込む際足が揃わないように細心の注意を払った。両足が揃えば横綱の反射神経なら間違いなく叩き込まれてしまうからだ。

 そして土俵スレスレから突き上げるように廻しを取った。横綱も肩越しに上手を取った。凄い力だ。流石はいつもの稽古なら片手でも僕を吊り上げてしまう怪力だ。少しでも離れたらそのまま吹き飛ばされてしまうだろう。僕は必死で廻しにしがみつき、胸を合わせ続けた。そして僕は勢いを止めることなく下から突き上げるようにがぶっていった。質量がないなら速度を出していかないと相手へのエネルギーを維持できない。横綱も腹を捻り吹き飛ばそうとしたり試行錯誤したようだがどれも失敗に終わり、この最強の大横綱でも堪えきれずジリジリと下がっていき、遂に土俵の外へ出た。会場は大きな歓声に包まれた。遂に勝ったのだ。未曾有の強さを持つ大横綱に。

 その後、横綱桂大錦の引退が発表された。そしてたった数分の会議ののち、横審に推薦することが決まり僕は19歳11ヶ月という史上最年少で横綱昇進することが事実上確定した。

 千秋楽パーティには林さんも夏殿くんの妹の木ノ華ちゃんもいた。しかし肝心の夏殿くんは居なかった。

「あれ?夏殿くんは...」

僕が聞くと木ノ華ちゃんが

「お兄は徴兵に行った!」

と言った。そういえば18歳を超えてるから確かに行くべきだろう。僕は大相撲の関取ということで特例除外となっているが、普通の男の人なら一年いかなければならない。しかしそれでも30歳までの間に行けば良いのでこんな急に行かなければならないことはない。僕は疑問に思った。

「徴兵?急やな。何もそんな急ぐことないのに。」

僕は言った。すると林さんが

「千風との取組あったやろ?そん時の行動が特高警察的に良くなかったらしかったわ。しかもここだけの話いきなり海外派兵やって。」

と言った。最初から海外派兵?おかしすぎる。帝国軍は友好国に幾つか軍事基地があるが普通そこに居るのは職業軍人である。徴兵された軍人も、本国で訓練をある程度積んだ上で志願した軍人が行く場所だ。それが有無を言わせずしかも訓練も何もない初日から行かせるのは異質だ。

「おかしい思うやろ?詐欺ちゃうかなって。でも警察に問い合わせてもあれは本物や言うとった。今のご時世色々きな臭いやろ?やからかな...。」

林さんが言った。確かに今は色んなところで戦争が起きている。政治に疎い僕は国の利害関係とかはイマイチよく分かっていないがそれでも大疫病の後パレスチナとバルト三国で戦争が起こっていることくらいは知っている。僕はもう既に夏殿くんに取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。

 僕はもやもやした気持ちでパーティを過ごした。やがてお開きになって僕は部屋に戻った。リビングに行くと先に帰った横綱がいた。僕は

「ごめんなさい。」

と頭を下げた。恩返しできたと言えば聞こえはいいが、それでもやっぱり最後に花を持たせられなかったことに変わりはない。

「あんた今度から横綱でしょ!しかも20年ぶりの日本人横綱でしょ!なーに弱音吐いてんの!やっぱりまだ顔じゃなかったかしら!?」

横綱が少しおどけた口調で言った。ずっと一緒にいる兄弟子だから忘れそうになるが、横綱は満洲人である。今でこそ日本国籍を取得しているが、それでも世間からの評価は外国人横綱である。もっとも、白系ロシア人やポリネシアの血も入っていて顔立ちから日本人離れしているのだが。

「まあ良いわ、おめでとう。それよりも春巡業前の三日間を開けてちょうだい。バカンスに行きたいの。新横綱で大忙しなのは十分承知だけど、たまには休息も必要でしょ。ホテルと飛行機はもう取ってあるわ。」

横綱は言った。確かに僕はここまで走り抜けてきた。たまに夏殿くんと遊んだりするくらいで入門からの4年間を振り返ったこともなかった。横綱と話したいことも沢山ある。僕は二つ返事でその案に乗った。

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