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鋼師  作者: 宰相トマワ
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覚悟

「はいあーじゃない、おいっ!」

横綱が僕に稽古をつけている。もうすぐ京城場所ということで稽古はいっそう激しさが増している。僕は横綱の胸を借りている。しかしとんでもなく重い。本当に進退を賭けた横綱か疑いたくなるほどの強さだ。そしてヘトヘトになったっところで三番稽古をした。25戦して25敗だった。余りにも勝て無さすぎる。身長も体重も急成長して今や大関以外の大抵の相手に勝ち越せる実力になってきてもだ。何がいけないのだろう。

「本当にアタシに勝てると思ってる?」

横綱は言った。そりゃ勝てる訳...

「はーどうしてまだそんな自己肯定感低いのかしら。そんな様じゃ一向に横綱にはなれないわよ。あんたはもう既にアタシに勝てる実力はあるわよ。」

横綱は続けた。既に実力はあって後は気持ちの持ち様...最後のピースが足りていないということなのか。本当に?そして横綱は更に続けた。

「いい?もしアンタが決定戦でアタシに勝てなけりゃアタシは引退だけじゃなく協会からも出て行くわよ。」

その発言をした瞬間、稽古場の空気は凍りついた。若い衆は勿論、師匠すらも目を見開き何も言えなくなっていた。僕は慌てて

「待ってください。それって...」

「本気よ。」

横綱は真剣な眼差しで僕を見ていた。僕は負けてはならなくなった。

 翌日、飾磨一門の連合稽古ということで僕たちのいる倉山浜部屋と中ノ関部屋、八ツ王部屋の力士が飾磨部屋に集合した。そこで僕は前の場所で千秋楽で優勝を争った大関千風と三番稽古をすることとなった。初めは20番も取れたら十分過ぎるなと思っていたが20番終わった時点で全くの五分。稽古は終わるどころかヒートアップしていき最後の方は最早ほぼただの殴り合いにみたいになった。

「やめなさいアンタ達!!」

遂に横綱が怒鳴り2人を吹き飛ばした。しかし僕も千風も息を切らしながら互いを睨んでいた。

「お前みたいなのに何が分かる...」

千風が言った。そこで僕はカチンと来てしまった。

「なんやと!!」

思わず僕が殴りかかりそうになったところを横綱が僕を壁に叩きつけた。横綱は怒りで唇が震えている。

「大概にしなさいよ...アンタもよ!!」

横綱は僕にも千風にも怒った。千風はそのままを稽古場を出て行ってしまった。千風の付き人達は慌てて追った。

 後日僕と千風は理事長室に呼び出された。厳重にけん責を食らったが、白熱した稽古の途中で突発的に起こった事案で、両者が過去に暴力事案を起こしたことから本場所への影響は無かった。しかし温厚な力士で知られていた僕と千風の子の喧嘩騒ぎは大きな衝撃となり金銭トラブルだの部屋の因縁だの星の貸し借りだの元力士の配信者も有る事無い事を言い数多くの陰謀論が交錯した。しかしどれも根拠は無く、事実とは異なった。

 それでは実際のところどうだったのかというと、「焦っていた」だけの話だった。暗い過去があり、それ故に変に卑屈になり早とちりになっていたのだ。

 千風はエチオピア出身となっているが実際は南スーダンの生まれである。父はギャングで捕まり、母と四人の弟や妹と共に親戚の家を転々としていて飢餓と隣り合わせの暮らしをしていた。その為1日僅か二ドルで鉱石採掘をして家計を助けたが「このままでは成功の機会を得られない」と思い家族にも黙って1人で隣国エチオピアに出稼ぎに密入国した。その時にアディスアベバ公演でエチオピアに居た当時の飾磨親方に拾われ角界入りした。千風は横綱になることが家族や師匠への恩返しと考えており、飾磨部屋の他の力士によると真面目な千風はそれが絶対的な目標でそれが叶わなければ生きる意味もないとまで思って居るらしい。しかし既に31歳とベテランな上にまだ20歳にもならない新鋭の僕が一気に番付を上げて横綱に王手をかけ相当なプレッシャーになっていたようだった。千風は理事長室を出た後僕に涙目になりながら謝った。僕は許したが同時に自分が情けなくなった。何故なら僕にはそこまでの覚悟ができていなかったかただ。

 僕も生い立ちの境遇は似たようなものだ。父親は僕が生まれた時には居なくなっていた。今になって思えばヤリ逃げだったのだろう。そこから母の手一つで育てられたが次第に母は新興宗教に没頭していき遂には三食もまともにありつけなくなっていた。

 しかしここから千風とは違った。そして僕は過ちを犯してしまったのだ。万引きをしたのだ。それからというものそれを何度も繰り返した。やがて置き引きもした。そして遂に置き引きがバレて捕まった。そしてその時の被害者が後の横綱、桂大錦関だった。ガラス越しに初めて対峙した桂大錦関はとても大きく、怖かった。僕は目も合わせられなかったが桂大錦関はゆっくりと覗き込むようにこっちをみて

「アンタ、名前は何かしら?」

と尋ねてきた。

「斎藤桜狼です...」

僕は小声で答えた。

「そう...」

桂大錦関はゆっくりと頷いた。そしてきいてきた。

「どうやって償って行くのかしら?」

「えっと...」

僕は言葉に詰まった。すると桂大錦関はこう言った。

「アタシの弟子になりなさい。」

「えっ?」

僕はよく分からなかった。弟子?

「力士になりなさい。アタシの内弟子として、関取になりなさい。」

こうやって僕は救われた。にも関わらず僕は大関にまでなったものの未だに横綱と対峙する覚悟も決まっていない。恩返しもできない。

 僕は情けなくて1人深夜の稽古場で泣いた。すると横綱がいつのまにかやって来て僕の肩に優しく手を置いた。

「覚悟はできたようね。」

僕はもう腹を括った。絶対に負けられない。僕は横綱になる。

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