京城の混迷
「ふぅーーー。」
俺はゆっくりと息を吐いた。京城の冬は寒い。吐いた息は白く揺らめきながらビルの隙間に消えていった。
「結局どうするのさ?」
付き纏う少女が言った。彼女の名前は木ノ華。もうすぐ17歳になるのだが一人称は「ボク」である。小柄で目が隠れたウルフカットであり、それで居ながら服装は無難にジャンバーという割とガチ感が強い厨二病である。顔はかなりいいのだが正直ちょっと痛い。だがしかし唯一の肉親であり、どこか憎めない妹でもある。
「とりあえず朝飯でも食いに行こうや。」
俺たちは近くのファストフード店へ行った。三が日も終わって1月4日だったが、まだまだ冬休みムードが街を埋めていた。俺たちはモーニングメニューだけ買うと窓際の席に座った。
「桜狼さん?が何したん?」
斎藤は俺に尋ねて来た。桜狼とは俺の親友だ。大相撲の力士で、力士らしくない筋肉質な細身で身長も角界では低めだが19歳にして大関までのしあがった実力者だ。
「あいつは別に何もしとらん。ただ部屋がちょっとめんどいことに巻き込まれただけや。あんまここでいう話やない。」
俺は少し声を潜めて言った。事情が事情なのでこのような大衆のいる場で話したくはない。
「ふーん...まあボクは良いんだけど。」
木ノ華は言った。良いんだけど、とは言いながら興味津々である。
「じゃあカラオケ行こうや。そこで話すわ。」
俺が言った。そして俺たちはファストフード店を後にし、近くのカラオケへ向かった。
「で?結局何したん。」
木ノ華が部屋に入るなり訊いてきた。気の早い奴である。
「まあ待て待て。まずさ、タニマチって知っとるか?」
俺は訊いた。タニマチとは大相撲の後援者のことだ。後援者の支援によって財政は大きく左右される。当然、タニマチと力士や相撲部屋と密接な関係になる。
「タニマチ?そのくらいならなんとなく訊いたことあるかな。」
木ノ華は分かっているか微妙な反応だったが俺は続けた。
「あいつのおる部屋は倉山浜部屋やねんか、その倉山浜部屋の広墨組なんや。」
「広墨組!?」
木ノ華は叫んだ。無理もない。何故なら広墨組は内地最大の反社組織だからだ。俺は続けた。
「ほいでそれと対立してるのが平壌に拠点を置く八星会な。」
「ほぉ!!」
木ノ華は楽しそうに頷いた。そして俺は続けた。
「んで今月の12日東京で行われる初場所にそいつらが襲撃するらしいんや。」
「おや〜〜?」
木ノ華はワクワクしてるようだった。状況を分かっているのだろうか。
「お前ってガキやな...」
俺は呟いた。すると木ノ華は如何にも「女子中学生の思い描くサイコパス」といった感じの笑顔で拳を出しながら見てきた。ここで言い争うのも面倒臭かったので
「うわサイコやん!!」
と適当に言った。すると木ノ華は満足したように
「コワクナイヨー」
と言った。
「んで話を戻すけど襲撃は当然止めんとあかんから今回は交渉しにここ来たんや。てかよく何するか分かってないのにようここ来たな...」
俺は流石に呆れた。
「まあだからめっちゃ危ない訳やけどお前それで大丈夫なんか?責任取れんぞ?」
俺がこう言うと木ノ華は黙り込んでしまった。
「そろそろ時間やし行くか。」
俺たちは事務所へ向かうことにした。何者かに尾行されていることには気付いたがここは魔都京城。帝国中のヤクザの支部だけではなく隣国の満洲や南北中国、プリモルスキーのマフィアの支部もある。政治組織や宗教組織で極端なものも多く特高警察は監視を強めているらしいがカバーしきれないだろう。己の身は己で守る必要がある。俺はなるべく巻くように歩きながら向かうことにした。