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僕は性器を糠に漬ける。

作者: 村上嘘八百

 臭い。とてつもなく――。


 今、僕は自分の性器に(ぬか)を纏わせている。


 皆さんは『糠』をご存知だろうか? 糠は江戸時代より野菜の保存として使われたものだ。『糠漬け』といえば分かる人もいるだろう――。


 僕は、その『糠』を自分の性器に纏わせているのだ。自分の性器を『糠漬け』しているのだ。


 すごく臭い。それはもう馬鹿みたいな臭いだ。


 北九州産の糠を使っているからか? けど、やっぱり使うなら本場の糠使わなきゃな。僕は形から入るタイプなんだ。


 僕は四六時中自分の性器に糠を纏わせている。家にいる時は勿論、外にいる時だって、学校に行っている時だってだ。


 今日で糠を纏わせて一週間が経つ。もはや体の一部、体から出た分泌物と言っても過言ではない。もう一人の自分。好意すら抱き始めた。毎日寝る時に語りかけてるし、撫でたりしている。撫で回したりしている。


 僕が子を見守る母親のように自分の性器を撫で回していると、尿意を模様してしまった。大丈夫さ、もうトイレもお手の物だ。


 糠を漬け込み始めたばかりのようなズブの素人は、すぐに糠を取り除いてしまう。


 しかし――だ。糠を取り除いてしまうと浸かり具合が浅くなってしまう。


 そこでだ。僕は纏わせた先端、名称で言えば『亀頭』とでも言おうか――。亀の頭と書いて亀頭だ。いまいちピンときていない人はネットや図書館なんかで調べてほしい――。その亀頭の頂点を小指の爪で優しく空けるのだ。


 ここは職人の技が光る所――。穴が大きすぎても駄目だし、小さすぎても駄目。大きすぎると、そこから糠の風味が流れてしまうし、小さすぎたら上手く排尿出来ずに糠に染みてしまう。繊細で奥深い作業だ。山場と言ってもいい。


 僕はトイレへ向かった。滾る気持ちを抑え、焦らずゆっくりと下着を下ろす。乱暴に下着を下ろせば、ラップが外れてしまい糠が取れてしまう。


 僕は性器を糠で纏わせて、その上からラップでグルグル巻きにしている。こうすることで下着に付かないし、密閉されて味が染み込みやすくなる。まぁこのやり方が正解か分からないが、毎回下着を犠牲にするよりかはマシだろう。僕はもう下着を五枚は捨てている。学生だから懐事情だって寂しいのだ。


 僕は実にゆっくりとラップを取り除き、小指の爪で穴を空ける。このくらいだろうか――。


 ここから先は、もう後戻りは出来ない。一度排尿してしまえば僕の尿は留まることを知らず、本能の赴くままトイレへ向かってしまう。額から大きな汗が一つ流れ、唾を飲む。僕にとってトイレは、いつだって生きるか死ぬかだ。


 尿意が上がってきた。それは何かの決断を急かされているようだった。僕は意を決して、その尿意の意思に従う。程よく空けられた穴から僕の尿が綺麗に出てきた。


 ミッションコンプリートと言ったところか――。


 勝利のファンファーレが二畳にも満たないトイレの中で鳴り響く。僕の心は歓声を上げ、誰が見ているわけでもないのに僕は手を振った。


 排尿が終わると、僕は穴を塞ぎ、慎重にラップを巻いてトイレから出た。トイレからリビングまでは十歩もかからない。しかし、その細く短い道筋が僕にとっては凱旋パレードで歩く道にも見えた。またもや僕は誰とも知らない観客に向かって手を振りリビングに戻る。


 夜になると僕は脱衣所に向かい服を脱ぐ。ラップをしているとは言っても、一週間もしたら糠の水分は無いに等しい状態だ。


 僕の性器は、ほぼ土偶だった――。弥生土器とも縄文土器とも言えた。何にせよ『土』だった。


 僕は湯船には浸からずにシャワーで済ませる。理由は分かると思うので割愛する。


 さて、そろそろ『アレ』をやらなければならない。僕は体と一緒に持ってきたボールに入った水を持つ。ただの水ではない。鰹節と昆布を常温の水で戻した出汁だ。鍋料理なんかでよく聞くかもしれない。


 僕は股間部に水が当たらないようにシャワーを済ますと、手のひらで出汁を掬い、ほぼ土となった糠に丁寧に染み込ませた。


 糠床を作る過程で昆布を入れるのだが、僕は出汁を定期的に染み込ませることにした。こうすることで潤いと強度は保たれる。毎回新鮮な鰹節と昆布の風味も加わり、得も言えぬ味になること間違いなしだ。


 糠に水分が加わり、しっとりしたのを確認すると、僕は自分の性器ごと糠をこねくり回す。潤いを取り戻した糠に欲情したわけではなく、糠は毎日混ぜなければならないのだ。


 やはり刺激が与えるといけない。大きくなってしまう。心頭滅却、心頭滅却――。荒ぶるな、元の姿に戻りたまえ我が君――。


 この時間は結構好きである。グズった我が子を慰めているようで親心のようなものを感じられるからだ。僕も自分の子供が出来たら、このような気持になるのだろうか――。


 しかし将来の息子、または娘に今の僕の姿を見せれるのだろうか――。


 こんな僕だって、自分の子供には誇らしい父でありたい。そう思うのが普通ではないだろうか? 「お父さん格好いい」と「将来はパパのお嫁さんになる」は子供を持つ父ならば言われたいものだろう。果たして今の僕を知っても言ってくれるのだろうか? いや僕の子供だ。きっと羨望の眼差しで僕を見てくれることだろう。きっと――。





◆ ◆ ◆





 そういえば皆に、なぜ僕が『僕自身の性器を糠漬けしているのか?』そのことについて触れていなかった。


 とても些細な話なんだ。とても小さくて、どこにでも転がっているような、そんな小さな小さな話――。


 僕には愛する彼女がいる。ミディアムボブで焦げ茶色の髪の毛が外ハネしている可愛い女の子だ。得意料理は衣にこだわった唐揚げで、趣味は裁縫だ。僕の誕生日に手編みのマフラーも編んでくれた。


 そんな僕には勿体ないくらいの自慢の彼女の為に僕の性器を糠に漬けている。


 詳しく言うと、彼女との夜の営みの為に糠に漬けているのだ。


 僕と彼女は付き合って、もう二年以上が経つ。


 僕と彼女は付き合って一ヶ月でキスを済ませ、性行為は付き合って一ヶ月半の時に済ませた。色んな所にも一緒に出かけ、色んなプレーもした。


 四十八手なんか半年後には全て網羅したぐらいだ。そんな僕達の性行為がマンネリ化するのは、ごく自然のことだろう。


 生涯を共にすると誓った夫婦でさえセックスレスになる世の中だ。そのことが理由で離婚する夫婦も少なくはない。最近僕たちもめっきりご無沙汰だ。


 そんなある日、僕はインターネットでピンクグッズを見ている時だった。その一覧の中に『味のするコンドーム』という物が目に入った。フレーバーは結構な種類があり、いちご味やチョコレート味などがある。口コミも良かった。


 その時に僕はひらめいたのだ。


『そうだ。自分の性器に味をつけよう』と――。


 早速、僕はフレーバーを選ぶことにした。ピンクグッズサイトに載ってある味では、やはりつまらない。


 ショートケーキ味というのはどうだろうか? いや駄目だ。そんな無難な味では、このマンネリ化を止められない。


 では思い切って『ご飯物』というのはどうだろう? ここはグルメ国家で名高い日本。海外の人達も日本のグルメを目的に来日するくらいだ。


 照り焼き、天ぷら、寿司、ブランド和牛――。有名どころでもこんなに種類がある。いや駄目だ駄目だ。どうやって味を染み込ませれば良いんだ。僕の性器に照り焼きソースを塗りたくるのか? 天ぷら粉を付けてカラッと揚げるのか? 現実的ではない。もはやファンタジーの域だ。


 僕が頭を悩ませるいると、ある一つの料理が目に入った。


「糠漬け――?」


 調べてみると僕の利点と恐ろしく合致した。『漬け』という調理法は味を染み込ませるものだし、その染み込ませる為の糠がこれまた良い。液状ではなく、粘土質みたいで僕の性器に纒わせやすい。しかも日本伝統の味。まさに日本の味――。ジャパニーズ糠。日本人の彼女にも、きっと馴染みが深い味だろう。


 しかも健康にも良いときたもんだ。やはり愛する人には、いつまでも健康でいてほしい。


 もはや性器を漬け込むために生まれてきた調理法だとさえ思った。糠というものは江戸時代に生まれたらしいが、きっと先人達は未来に生きる僕の為に作ったんじゃないか? もしかしたら糠漬けを発明したのは、生まれ変わる前の僕かもしれないな。


 僕はフフっと小さく笑った――。


 彼女には「少しの間、会うのを止めよう」と伝えた。サプライズをして彼女を喜ばせるのだ。勿論、彼女は「どうして?」と言ってきたが「生まれ変わって君に会いに行くよ」とだけ伝えた所、彼女も了承してくれた。



 こうして僕の糠漬け生活が幕を開けたのだ。





◆ ◆ ◆





 彼女と再会するのはクリスマスの日と決めていた。彼女にもそう伝えてある。


 場所は僕達二人が初めてデートした場所。池袋東口の大きな横断歩道を渡って左に歩くと見えてくる喫茶店。緊張していた僕が彼女の手を引き入った思い出の場所だ。普通のチェーン店の喫茶店より高くて驚いたのを覚えている。メニュー表を見て固まっている僕を彼女は笑った。決して馬鹿にするような笑い方ではなく、愛する人を見るような優しい微笑み。


 約束の再開まで後一週間。僕も最後の追い込みをかける。


 近くのスーパーで出来る限りの食材を購入した。今は冬休みだということを最大限利用する。僕は彼女に会うその日まで家に籠もって糠を染み込ませようと考えたのだ。


 リビングにビニールを広げ、その横に買ってきた食材を置いた。食材と言ってもパンやおにぎり等の軽食だ。飲み物もしっかり買ってある。


 僕は覚悟を決めズボンと下着を脱いで大人用のオムツを履いた。自分の性器が露出するくらいの穴をオムツに空け、そこから性器を出すと、あらかじめ用意していた糠をこれでもかというくらいに性器に塗りたくった。


 糠を塗り終わった性器は『山』だった。富士山やエベレストのような良いものではない。暴力的な何かを感じるほどの『山』だ。僕の足先を隠すようにそびえ立った禍々しい山脈は、子に試練を与える親ライオンのように僕を見下ろす。

 受けて立とうじゃないか。愛する彼女の為に。僕達の未来の為に――。


 僕はクリスマスまで、ここから一歩も動かない。食事も排泄も全てこのビニールの上で済ませる。今だけはここが僕の世界であり牢獄でもある。


 一日目は何もなく過ぎていった。排泄を抑える為に飲み物や食べ物は最大限我慢していたのが良かったのだろう。大便はオムツの中にすれば良い。


 二日目、朝日がカーテンの隙間から差し込み僕は目を覚ました。寝相は良いので仰向けのまま体制を変えていなかった。山はまだその形を保っていた。行動に制限があるので、僕はただ少しづつ動く太陽を眺めることしか出来ず、人生の中で最も価値ある若者の時間をドブに捨てていた。日も落ちる頃に僕は眠りにつく。


 一番辛かったのは五日目だった。最大限に排泄行動を抑えたとしても流石にオムツに限界が近づいていた。オムツという僕の大便とプライドを守っていた番兵は、今にも膝を付きそうだ。


 あと一度、あと一度の排泄で門が崩壊する――。オムツはもう受け止めきれない。ここからはオムツの門ではなく、僕の門との戦いだ。男には負けられない戦いがある。


 最終日の夜。門が崩壊――しそうだ。


 僕から僕の門は見えないが、多分異常に盛り上がっていると思う。上にも山があり、下にも山がある。『逆さ富士』と言ったところか――。


 かなり前からペナルティエリアを超えそうだが、限界を超えたことにより僕の門の皮膚が伸びて何とか止めている。人間、やはり限界の先に進化があるのだろう。人類の歴史を感じる夜だ。


 朝日が昇ればこの地獄ともお別れだ。あと三時間くらいだろうか。門の盛り上がり的に生きるか死ぬかのデットラインも三時間だ。


 『シュレディンガーの門』三時間後に僕の門が崩壊するかどうかは、その時にならないと分からない。


 秒針の針が動く度にお腹に響く。あの時計も使い始めて六年が経つ。僕の彼女よりも付き合いが長いわけだが、まさかここにきて敵になるとは誰も思うまい。僕が嬉しい時も悲しい時もこの時計は僕側に立つわけでもなく、相手側に立つわけでもなく等しく平等に時を刻んでくれた。気持ち良い程中立な時計だったのに――。


 あと一時間で朝日が昇る。もはや性器の感覚は消え、性器自体が消えたんじゃないかと錯覚した。これは糠と僕の性器が一つになったんじゃないか? 糠漬けの向う側に行けたの言うのか?


 ロックンロールだ。得も言えぬロックンロール――。


 糠と共に僕自身も成長していたというわけか――。そう思うと、この禍々しいと思っていた山も神々しく輝いて見えるものだ。心なしか便意も少し引いたような気がする。早く彼女に会いたい。その気持ちだけが僕の心の中に優しくゆっくりと広がっていった。


 気づけば家の中に朝日が差し込む。糠の山が朝日に照らされ初日の出みたいだった。


 勇者の帰還だ。僕はこの長い長い戦いを終えて立ち上がる。


 体に張り付いたビニールが大きな音で剥がれ、大きな糠の山が一気に崩れる。外側は乾いて固くなっていたが、中は半生状態だったので軽い音と鈍い音の二重奏がリビングの中に響いた。


 僕はトイレを済ませる。一週間ぶりだったので常軌を逸した量が出た。体が軽くなり生まれ変わったようだった。


 次に僕はお風呂に入った。久しぶりに湯船にお湯を張り、足先からゆっくりと湯船に浸かる。僕は気持ち良さに感動し、少しの間天井を見上げる。足先と指先から温かくなり自然と溜息が出る。


 お風呂から上がると僕は身支度を整え始めた。愛する人に会う為に――。





◆ ◆ ◆





 池袋東口の大きな横断歩道を渡って左に歩く。自然と歩くスピードが速くなってしまうのは、早く愛する人に会いたいからなのかもしれない。


 喫茶店が見えてくると店前に人が立っていた。何度も見た愛おしい横顔、外ハネした髪を今すぐにでも撫でたかった。


 彼女は僕を見つけると笑顔で抱きついてきた。僕も力強く彼女を抱きしめる。彼女は指で鼻を何度も擦ると鼻が赤くなる。そんな姿も愛おしくてたまらなかった。


 喫茶店で僕達は愛を確かめるように色々話した。彼女は僕と会えなかった期間の時の出来事を寂しそうに話し始めた。僕は申し訳なかったが、この後その寂しさを埋める程のサプライズを用意していると彼女と約束した。


 僕達は二時間ちょっと喫茶店でゆっくりすると店を出た。


 その後は池袋でショッピングを楽しんだり、再開した時に彼女を連れて行こうと思っていたお洒落なレストランで一緒に夜ご飯を食べた。


 僕達の再開を祝っているかのように、夜の池袋はネオンを輝かせていた。


 僕と彼女は目を合わせる――。彼女は頬を赤らめて俯く。僕は彼女の手をそっと握った。


 今日はクリスマス――。お洒落なレストランで食事を済ませた後のカップルが向かう所と言えば一つしかないだろう。


 僕達はホテルの部屋を選ぶと中に入る。部屋に着くまで僕達は何も話さなかった。しかし何も話さずとも、お互いの手の温もりで気持ちは通じ合っていた。


 部屋に着き、僕達はお互いにシャワーを浴びる。綺麗にされなバスルームに僕の心は少し高まっていた。やっと彼女と一つになれる。僕達の愛が一つになるんだ――。


 前と違って彼女は裸を見せるのを恥ずかしがっていた。バスルームから出てきた時にバスローブを手でギュッと握って顔を赤らめていた。


 僕はそんな彼女を見て「可愛いよ」と言いながら抱きつく。彼女は僕の胸に顔を埋めて小さく頷いた。


 彼女が僕の胸から顔を上げると僕達はキスをした。キスなんて軽いものではなく、どちらかと言うと『接吻』と言ったほうが良いかもしれない。同じ意味だが、少し違うような気がする。


 さぁそろそろサプライズと行こうか。役者は揃った――。


 彼女は僕の気持ちを察したかのように、その場にしゃがむ。




 彼女は僕の下着をゆっくりと下ろす――。


 君の為に、僕の為に、僕達の為に――。


 さぁ受け取ってくれ愛する人――。これが僕からの誕生日にプレゼントだよ。


 僕の性器が彼女の前に露わになる。


 彼女は僕の性器をじっと見つめた後に笑顔で僕の顔を見つめると、こう言った――。





「くっせ――」



 僕と性器は悲しくも同じ方向を向いていた――。


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