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輝く小川への道

作者: かつエッグ


 ……目を覚ますと、部屋は薄暗かった。

 ふう、いつのまにか眠ってしまったのか。

 わたしは、そのまま、しばらくぼうっとしていた。

 なにか、とても切ない夢をみていたようなきがする。

 夢の中身は、まったくおもいだせないが。

 そのうちに、周りの様子が、だんだんはっきりしてくる。

 部屋の様子がわかってくる。

 それにつれて、わたしの中に浮かび上がる、強い違和感。

 ちがう。

 なにかおかしい。

 わたしがいるのは居間だと思う。

 わたしは、居間の、灰色のソファに横になっていたのだ。

 壁の時計をみた。

 17:15

 ああ、もう……5時をすぎているのか。

 薄暗いはずだ。

 いや、ちがう。

 そのことじゃない、おかしいのはこの時計だ。

 うちの時計は、こんなのじゃないはずだ。

 壁に掛かった、うちのその時計では。

 長方形の黒い箱の中で、長い針と短い針が時刻をしめして、振り子がチクタクと揺れて。

 幸恵と結婚して、新居にうつるから、それで買ったのだ。

 こんな、味気ない数字がそのまま表示されるようなものじゃない。

 部屋を見回す。

 あれも、これも、みんな。

 ちがう。

 ここは、わたしの家じゃない。

 見覚えのないものばかりだ。

 なんてことだ。

 よその人の家に、あがりこんで、眠っていたなんて。

 どうしてそうなった。

 まったく覚えがないのだが。


「すみません」


 わたしは、声を上げた。


「だれか、いませんかあ!」


 だが、しばらく待っても、返事はない。

 がらんとした家に人の気配はなかったのだ。

 

 まずいぞ。

 わたしは、焦りながら考えた。

 どうしてそうなったのかは、まったくわからないが、勝手に他人の家に入ってしまったなんて、ぜったいにまずい。

 さいわい、この家の人はいないようだ。

 申し訳ないが、このすきにお(いとま)しよう。

 わたしは、からだをおこした。

 ガタン、とテーブルの角に身体がぶつかり、上の湯飲みがころがった。

 床に、飲みかけのお茶がこぼれて広がった。

 しまった。

 しかし、そんなことは言ってはいられない。

 誰かが帰ってくる前に逃げ出すんだ。

 立ち上がって、玄関と思われる方にすすむ。

 うん、やはりこちらが玄関だ。

 そこで、靴を履こうとして、また戸惑った。

 自分の靴が、わからない。

 玄関には、この家の人のものであろう靴が、いくつも並んでいたが、わたしの靴がない。

 小さな運動靴もあるから、この家には子供がいるんだろう。

 子供ーー胸が、ずきりと痛んだ。

 やすお。

 思い出した。

 わたしの子供だ。ここの家の子供と同じに、息子のやすおもまだ小学生だ。

 やすおはどうしている。

 わたしを、さびしく家で待っているんじゃないのか。

 これはいけない。

 はやく帰らなくては。

 だが、靴が。

 ええい、しかたがない。

 わたしは、そこにある靴のうち、ゴムでできたサンダルのような黒い靴に、足を突っ込んだ。


 ドアを開けると、外には、夕暮れの町があった。

 垂れこめた黒い雲のふちが、茜色にそまって、行き交う人は黒い影のようだ。

 さび色の門扉をあけて、アスファルトの道路に出た。

 ここは住宅街のようだった。

 道の両側には、住宅が並んでいる。

 家には灯りがついて、それぞれの住人が、家族と過ごしているのが見える。

 テレビの音も聞こえた。

 家族の団らんがそこにはあった。

 さあ、わたしも、帰らなければ。

 わたしは、急いで道路を歩く。

 だが、少し歩いただけで、恐ろしいことに気がついた。

 足が止まった。

 まわりを見回す。

 ここは、どこなんだ?

 わからない。

 道が、さっぱりわからない。

 わたしの家には、どう行ったら帰り着ける。

 わたしが帰るべきところは。

 よし、住所を思い出せ。

 わたしの家の住所は――?

 ああ、そうだ。ちゃんと出てきた。住所は思い出せる。だから、そこにわたしの家があることは確かだ。

 よし、歩き出そう。

 やすおが待っている。

 わたしはあたりを眺め、そして、すこしでも覚えがあるような気がする方向に、歩き出す。

 しかし、歩けば歩くほど、道はわからなくなった。

 知らない家、知らない店、知らない道――。

 街頭に照らされる見知らぬ街。

 どれほど歩いても、わたしの見慣れた景色がでてこない。

 あの駄菓子屋はどこにある。

 あの神社はどこにある。

 あの金物屋は。

 轟音を立てて、ダンプカーがわたしの横を走りすぎる。

 自転車が、ジリジリとベルを鳴らして、わたしを追い抜く。

 ああ、どうやって帰ればいい。

 わたしは、途方に暮れるしかなかった。


 どれほど彷徨ったのか、とうとう力尽きて、道ばたにへたりこんでしまった。

 いったい、どうなってしまうのか、わたしは。

 膝が痛む。

 頭もぼうっとして。

 道を歩く誰かが、わたしに声をかけてくれたようだ。

 しかし、そこから先はよく覚えていない。




 ――そしてわたしは、また、あの家にいた。

 もうろうとしたわたしを、だれかが車に乗せて、(「おとうさん!」そう呼ばれたような気もする。でもよく知らない男だ)車の中ではペットボトルのお茶を飲ませてくれた。香りのいい、うすみどり色のお茶は、さまよい疲れたわたしの身体にしみわたった。

 そして気がついたら、またあの家だった。

 23:47

 壁の時計の数字は、そうなっていた。

 あの時計はちがう。振り子がない。わたしの時計じゃない。

 しかし、ひどく疲れたわたしは、もはやここが自分の本当の家でないことなどどうでもいいことのように思われて、崩れるように寝床に入る。

 

 夢を見た。

 夢の中でわたしは、近所のなかま、みっちゃんや、よしくん、ひろちンと、家のそばの小川で、魚すくいをしていた。

 みんな体操の半ズボンだ。

 家から持ってきた竹箕(たけみ)をつかって、川べりを探ると、ドジョウや、ジンタや、メダカや、ザリガニや、ゲンゴロウや、ミズスマシや、それから、ほかにも知らない生き物がたくさんとれた。生き物は竹箕の中で、なにがおこったのかわからないように、足をじたばたさせていた。

 川の水は信じられないくらいに透きとおっていて、川底の細かな金色の砂が、ありありとみえる。

 わたしの裸足の足が、砂をふみしめると、きらきらと光りながら砂が舞い上がり、下流へと流されていった。


 そうだ、明日、もういちど歩いて行けば、いつかはあそこにたどりつけるだろう。


読んで下さってありがとうございます。ホラーっぽくはないかもしれませんね。すみません。

追記 2023年7月24日の午前6時に投稿しましたが、大幅に改稿しました。

同日の8時より前に読まれた方は、お手数ですが、もういちど、読んでみてください。

(えっ? 前のほうがよかった?)

また、ジャンル指定をまちがえて、当初「ヒューマンドラマ」で投稿してしまいました。ご指摘いただきました。

あわてて「ホラー」ジャンルに直しました。


さらに追記 改稿版が分かりにくいという声がありましたので、事態を推測できる一文を挿入しました。いかがでしょうか?

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[気になる点] 夏のホラー2023応募作品なのに投稿ジャンルがヒューマンドラマになっています。 参加規程違反では?
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