ダンジョン探索の前にe-ラーニング受講が必須な世界(確認テスト付き)
「ダンジョン探索へお出かけになられるのですね」
「あぁ。いつまでもこの村で休んでるわけにはいかねぇからな。そろそろ刺激ってもんがねぇと」
不慮の事故で死んで、この世界で生まれ変わって二年。どうやら前世は便利な現代人としての暮らしを謳歌していたらしい、ということは覚えているのだが、これだけ中身の濃い毎日を二年も送っていれば、そんな記憶はあっという間に薄れてしまう。
この二年で、俺はずいぶんと成長した。やはり一年間村のそばにある洞窟に引きこもり、サバイバル生活を送りながら敵性モンスターとひたすら向き合う日々を続けたのは効いた。俺は全く覚えていないのだが、転生する時にこの世界を統括する女神と接触していたらしく、この一年間の頑張りが認められて、ダンジョン探索に役立つ能力を授かった。
「いくら村の近くといっても、ダンジョン探索は大きな危険を伴います。事前にトレーニングを受けていただく決まりとなっておりまして……」
「あぁ、任せな」
洞窟は出ようと思えばすぐに外界に出られるので、敵性モンスターは多様性に富んでいる代わりに、それほど強くない。それでも全くの素人だった俺にとってはありがたい鍛錬になったが。一方でダンジョンは違う。入口は近くにある村が厳重に管理していて、まず潜るのに何人かのお偉いさんの承認が必要だ。お偉いさんがゴーサインを出しても、実際に入口近くを管轄しているのは現場レベルの連中で、一階層目に不釣り合いな強い敵性モンスターが出没していた場合、現場の判断でダンジョン探索の話がなくなることもある。加えてその一階層目にお似合いの比較的弱いモンスターでも、洞窟にいる奴らの数倍は強い。ダンジョンによっては、二階層目にすらたどり着けず死んでしまう人間がゴロゴロ出る。
「では、こちらのお部屋にどうぞ」
「……うん?」
出かける前に入念に準備を、ということで一泊でもさせられるのか?俺はすぐにでもダンジョンへ行くつもりでいたのだが、窓口になっている女に話しかけると、そう案内されてしまった。とはいえ、この女以外に俺が目的としているダンジョンを統括している人間はいないらしいので、従うしかなかった。
「なんだここ?」
入るなり俺は素っ頓狂な声でそう叫んでしまったが、通された部屋にはずらりと、どう見てもパソコンな箱型の機械が並んでいた。ざっと三十台、というところか。三人ほどまばらに座って、何やら熱心に画面を見つめていた。というか、そもそもこの世界は、この村はパソコンなんてまるで縁のない、俺が知っている限り中世ヨーロッパのようなレベルの文明しかないというのに。パソコンなんて横文字が、二年もブランクがありながらよくも思い出せたものだ。それくらい、この世界は文明の面では遅れている。
「お好きな席にお座りください」
「いや、お好きな席にじゃなくて」
「何か、おかしなことでも?」
「おかしなことって、いや、全部おかしいだろうが」
この部屋に何も違和感を覚えていないのか?それとももうすっかり見慣れた光景なのか?こんなに進んだ技術を持つものはこの世界でどこを探してもここにしかないというのに、まるで当たり前の事象であるかのように、女は冷静そのものだった。動揺してワーワー言っている俺の方が頭のおかしい奴みたいだ。
「ですが、みなさんこちらで研修を受けられてから、ダンジョンへ出発する決まりになっているんです。最後まで受けていただかないと、経営陣への承認フローが回らない仕組みになっておりまして」
「もう世界観崩壊してないか?」
「はい?」
「……いや、何でもない」
この世界ってこんなに横文字が飛び交うんだっけか?何だか前世で仕事に追われていた時のことを思い出してしまって、頭が痛い。いったん何か断片でも思い出してしまうと、芋づる式に記憶が鮮明になってくる。死んで前の人生は終わったのだから、もうきれいさっぱり忘れたかったのに、そうさせてくれない。最悪だ。頭が痛くなってきた。
「各チャプター、最低10分は視聴しないと次へ進めないシステムですので、スキップや極度の倍速視聴はなさらないように、お気をつけくださいね」
「……はぁ」
化けの皮がはがれたように、横文字の連続。もしかするとこの村は特殊なのかもしれない。よくよく考えてみれば、辺境の村とは考えられないほど多様な文化が根づいているし、俺が知らないだけで他の国や村と貿易が盛んなのかもしれない。俺でも知っている横文字が使われている国や村が、あるのかもしれない。そう思い込まなければ頭がおかしくなりそうだった。
『それでは、初めてのダンジョン探索について学んでいきましょう。アジェンダは次の通りです。……』
最初はダンジョンの管理体制、階層構成などの一般論から。次に各論に移り、一階層目のモンスターと渡り合うためにはどの程度のレベルが必要か、装備はどれほどのものが適正か。ダンジョン内部の様式によっていくつかに分類されていることも説明された。参考にはなる。知らない情報もあったからだ。とはいえ、知らないと探索中に致命的な詰みを起こすような情報は、ほとんどなかったが。途中から面倒になって画面を見つつ、頭ではほかのことを考えるようになっていた。そういえば前世でも、画面を見つめながら思考が別の場所へ飛んで行っている時が何度かあったっけ。
『以上で研修を終わります。お疲れ様でした』
結局画面の前に座って2時間、みっちりと訳の分からないものを見させられた。が、これでようやく身体を動かせる。立ち上がり、背伸びでもして気合いを入れる。が、その時だった。
「あっ、まだですよ!」
「え?」
受付の女に呼び止められ、パソコン部屋に戻される。俺がさっきまで見ていた画面は、初期のものではない別のものに変わっていた。画面上の方には指示が一つ。
『確認テストを受検してください。出題:ランダム10問 合格点:80点』
「……確認テストあんのかよ!!」