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思春期のたけなわ

作者: ヤクロ





井の中の蛙大海を知らず、されど空の蒼さを知る。

広い海を知ることは出来ないが、狭い世界だからこそ気付ける美しさもある。



毎日変わりないけど、変わりゆく空。

当たり前にありすぎて、気づけば見逃してしまう空。


あの日の空は、どんな蒼さだったっけ。

あの日のソラは、どんな顔をしていたっけ…








「俺は曇りの景色が好きだな。曇りで、少し夕日が沈み始めたくらいの時間。」


そう言って、大きな口でがぶりとパンに噛り付いたソラにドキッとした。

成長期真っただ中の高校生二年生。最近のソラは日増しに身長やら伸びている感じがする。あと雰囲気が、なんていうか、大人っぽい。


「俺は晴れた日が一番。体育も外のがたのしーし」

「ハルはまぁそうだよな」

「なんか俺のこと小学と同じくらいに見てない?」

「見てないって」


ソラがフッと大人びた笑い方をするようになったのはいつからだっけ。食べ終わったパンの入っていた袋を畳んでいるソラを見ながら大人っぽいポイント探しをしていたら箸が止まっていたらしい。「食べないの?」と首をかしげるソラは、やっぱりどうにも


「大人っぽいんだよなぁ」

「ん?どれが?」

「え」

「え?」


思っていたことが口から出てしまって、慌てた俺は咄嗟に弁当に入っていた卵焼きの味だと誤魔化してしまった。我ながら無理がある答えだ。

でもソラはなんとなく空気を読んで、ふーんと言ってスマホをいじり始めた。一人だけ昼食が終わっていない居心地の悪さについつい早食いになってしまう。卵焼きは、高校に上がってからずっと醤油味だ。


「曇りの日に街の景色を見るとさぁ、なんか色々くっきり見える気がするんだよ」

「へ?…あー、そうなんだ?」


スマホに視線を向けたまま、ソラがさっきの話に戻した。

少しずつ冬に近づいている今は、窓を少し開けるくらいが過ごしやすい。髪が硬めで短く切り揃えているソラの髪はちょっとの風で揺らいだりはしない。でも、少し風で揺れる襟元が、なんだか、

「大人っぽーー」

「なんなんだよ。今日のハルは妄想全開だな。」

「うっせ。はー、身長2メートルほしい」

「唐突。」


ふはっと笑ってスマホで口元を隠す姿さえ大人っぽい。俺達は同じ年なのに。ずっと一緒にいるのに。なんでソラだけ大人になっていってるんだ。


「俺も、大人っぽくなりたい」

「そういう言動がちょっと子供っぽい気がするけどな」


空になった弁当箱を片付けながら、もっと筋トレ頑張ろう、あと牛乳飲もうって誓う。そうしてソラに置いて行かれるような焦燥感を誤魔化した。



高校生ともなると、昼休みに元気に外で遊ぼうという生徒も居なくなる。大抵がスマホでゲームしたり、SNSを読み漁ったり。

目の前で座ってるソラもスマホから目を離さないし、俺もなんか見るかとSNSを開いた。


「あ。」

「見た?」


タイムラインの一番上。ソラがさっき投稿したらしい空の画像が目に入った。



『俺の好きな景色』



その一言と一緒に貼られた曇り空とオレンジがかった街並み。どこか高い所に見に行ったのか上から見下ろす住宅地は確かにくっきりしている。


「これどこ?」

「山の上にある公園。あんまり人が来ないからゆっくり座って景色見れる」

「ジジイみてー」

「おい」


茶化す俺に、普段より低い声で返してくるけど怒ってない事は知ってる。幼馴染ともなるとだいたいの感情は見てきたもんだ。

それでもジジイ呼ばわりは嫌だったのか、言葉で反撃する代わりに耳に触れてきた。瞬時にぞわりと首から腕にかけて鳥肌を立てる俺にソラはニヤッとする。


「やめろって!マジでくすぐったいんだから」

「長袖の季節になって俺は寂しいよ。いつでもざらざらした腕を堪能出来る夏、戻ってきてほしい」

「やめろって!」


ソラは鳥肌が立った俺の肌を撫でるのを楽しむ悪癖がある。俺は異常に耳や首が弱いのだ。少し触れただけでゾワゾワする。


「あ、首の後ろの方が少しざらざらしてるかも」

「やーめー」



首をすくめて抵抗する俺に、やがて満足したソラは手を離して「ハル、耳赤い」って笑った。

少しムッとしたけどその笑った顔がまた、俺とは違っている感じがして


「いて」


ムカついた俺はとりあえず頬をつねってソラの笑顔を崩してみたのだった。









眠たい五限と六限を乗り越えて、これから部活だったり帰宅部だったりと各々が支度をしている。


「ソラ!今日バイトは?」

「今日は休み。なんかあった?」

「山の上の公園、行こうかなって」


言外にソラも行かないかとお伺いを立ててみたが、通じたようだ。「すぐ影響される」と笑って鞄を持ち上げたソラに近付いて、俺は頬をつねった。


「なんだよハル」

「…えっと、今日さ、数学の課題出たじゃん」

「ん?あぁ来週までにーってやつな。カワセンいっつも急にドサッと出してくるのどうにかならんのかね」

「公園行って、帰ったら一緒にやろ。俺の部屋で」

「えー」

「母さんも、ソラが最近バイトばっかで家に来ないって嘆いてる」

「……なら、顔出さないとなぁ」


片方の頬をつねられたまま作られた苦笑いは、なんだかちょっと不格好で笑ってしまった。そんな俺に仕返しとまた耳に触れてきて、俺の肩が跳ね上がった様子を見て笑って長袖の上から二の腕を撫でて。


「服の上から撫でるとか、鳥肌触るの完全に癖になってんじゃん!ほんとやめろよな!」

「ほんとだ。あー早く来年の夏にならないかな」

「はえーよ!夏すぎたばっかだっての」


ギャーギャー騒ぎながら靴箱に向かうこのひと時は、周りも十分騒がしいのにソラの声しか聞こえなかった。

ソラとの付き合いはもう10年以上だけど、俺は世界を広げようなんてちっとも考えた事がない。



井の中の蛙は、井戸が深いから出たくとも出れないのかもしれない。でも俺は、望んで出なかった。

ただただ、ソラと二人の空間が心地良かった。ソラもそう思ってる。だから高校だって同じにしたし一緒に居る。自信持って言えるんだ。


狭い世界でも、ソラが居る。












「滑り台ちっさ!こんなだったっけ!」

「いや滑るなよ。子供か」

「こんな狭くなかったのになー」


幼い頃には何度も親に連れて来てもらったよなー。なんて言いながら見渡す公園は、当時はもっと広いと思ってたし遊具も大きかった。

俺の鞄を持ちながらやや呆れ顔で見ているソラがゆっくりと歩き始めたので俺もそれに着いて行く。


「今日は曇りじゃないからソラの言ってた景色は見れないよな」

「当たり前。ほんとハルは猪突猛進…」

「へへ。でも俺、やっぱ晴れた日の空、好きだ」


景色を楽しめるよう、見晴らしのいい所にベンチがあったのでドカッと座ると「自分で持て」と鞄を渡されてソラも隣に座った。

受け取った鞄はなんとなくソラとの間には置かず、外側に置いたらソラも同じように俺との間には鞄を置いてなかった。お互いに手を付けば拳一個分くらいの間があいてる。もっと小さい頃は、密着ってくらいくっついて座ってた事を思い出した。

でもそんな事は口に出さず、俺は言いたいことを言う。


「………なぁソラ、家が居づらいなら毎日でも俺の部屋に泊まってっていいから。母さんだってソラがいるほうが喜ぶし」


景色を見ながら、なるべく普段通りの声を意識して言った。

はは、と乾いた声でソラが笑った。


「…あの人がさ、自分を母親って認めてくれないって泣くんだよ。泣いたら親父がキレるから毎日ちゃんと帰らないと」

「…そっか」


ソラの家は、ずっと親父さんと二人だけの暮らしだった。それが小六の春に、再婚するって女の人を連れて来たんだ。

うちは家族ぐるみの付き合いだったから俺もその女の人には何度も会ったけど、なんというか、初めて見る「女」だった。

そしてソラの親父さんは「男」の顔をしていて、いつものおじさんじゃないって思ったのをよく覚えてる。

ソラは元々俺の家によく遊びに来てたのもあったけど、ソラの親が再婚してからはそれまで以上にソラの家ではあまり遊ばなくなって親父さんとも疎遠になった。


新しいソラのお母さんは、「お母さん」であることにこだわっててソラが少しでも距離を見せると取り乱し、泣くそうだ。

とはいえ小学生の頃はともかく高校生男子でお母さんにべったりって少数派だと思う。けど、今でも変わらずソラの母親という立場に執着してるようだ。


しばらく無言で景色を見て、「そろそろ行くか」と立ち上がってこっちを見たソラは、やっぱり少し大人っぽい雰囲気を感じて俺はそれが面白くないなって視線をそらして立ち上がった。


俺を置いて大人になるソラに戸惑って、置いて行かれる感じが寂しくて、消化できないモヤモヤを抱えて。後から考えればこの頃の俺は自分の事ばかりに夢中だった。








「ハルやっぱ数学強いよな」

「んー…」

「これ一緒にやらなくて良くない?ハルひとりで全部やれるじゃん」

「いや、なんつーかさ。問題を解く以前にひとりだとなかなか進まないじゃん。ソラと一緒だと集中しやすい」

「ふーん」


公園から帰る時に俺のせいでちょっと気まずい空気流れたけど、それでもソラは予定通り俺の部屋に一緒に帰って課題を始めた。数学は得意だから特に話し合うとかもなくお互いにひたすら解くばかりだ。


「あ、おばさん帰ってきた」

「玄関の音聞こえた?…あ、ホントだ。今日はパート終わるの早かったんだな」

「おばさんパートの時間長くなったんだ?前はこの時間だととっくに帰ってたじゃん」

「人手不足らしい。あー、腹減ったし休憩しよ」


両手を上げてグッと伸びをしてると、「ハルー?帰ってるのー?」と部屋の外から母さんの声がしてきた。ドアも開けずに大声で返事をする。いつもこんな感じだ。


「ソラもいるー」

「あら!久しぶりねーお夕飯食べて行ってー!お母さんには私から電話しとくから!」

「だってさソラ」

「ほんっとこの親子は大声で会話するんだから…ほら、休憩なら降りてリビングに顔出すぞ」

「ん」


二階建ての一軒家にひとりっ子の俺。両親の部屋は一階にあるから二階は物置状態になってる客間と俺の部屋だけだ。母さんは階段を上がるのが面倒だってあまり上がってこない。だからいつもうちは騒がしい。

ソラに促されて、ついでに飲み物でも持ってくるかと二人で階段を下りたら母さんは電話中だった。



「えぇ、えぇ、…いいえぇそんなうちのハルと仲良くしてくれるのソラちゃんくらいだから来てくれて嬉しいんですよ」

「母さんもうソラん家に電話してる。ソラ、今のうちに飲み物取ろーぜ」

「…うん」

「はいはい、それじゃ今日のところはうちに泊まってもらうので、えぇ。はーい。…よしっと」

「えっ、おばさん?」

「ソラちゃん!ほんと久しぶりね〜今日お泊まりするってソラちゃんのお母さんには了承とったからね!」

「………流石はハルのお母さん…勢いが凄い」



指でOKマークを作りながら笑って見せる母さんにソラは苦笑いしつつもお世話になりますと軽い会釈をして応えた。そんな二人のやりとりを横目で見ながら冷蔵庫を開けて中を物色する。

今日は何を作ろうかしら~と機嫌良く夕飯のメニューを考える母さんはソラのことを気に入ってるんだ。きっといつもより少し気合が入った夕飯が出てくるなーと口に出さずに俺も機嫌良くソラと二階に戻ったのだった。


そうこうしてるうちに風呂を急かされ、順番に入ったらそのうち父さんも帰ってきて、四人で囲む食卓はいつも以上に賑やかだった。

ソラが最後に泊まりに来たのいつもだったかなぁもっと来てくれていいんだぞって父さんにまで言われて流石に照れてたなーソラ。



「行ってらっしゃいハル、ソラちゃん。」

「ありがとうございましたおばさん、体操着まで洗ってもらって」

「きーにーしーなーいーの。ソラちゃんも私の息子みたいなもんだから。…またいらっしゃい」



少し照れてるソラの顔を見てるとなんだか身体の中がモゾモゾするというか、なんとも言えない違和感があって「ほら行こーぜ」ってソラを促す事で誤魔化した。












何事もなく一日を終えて、いつもの日常をこなして。


「今日はバイトあるから、じゃな」

「おー」



毎日が同じことの繰り返しのようで、ちょっとずつ違う。でも似たような感じに消費される高校生活。

高校生の生活は永遠じゃない。あと一年と半年もない。

高校を卒業したら、ソラはどうするんだろう。きっと地元を離れた大学に進学するかな。


毎日の生活の中にはずっとソラが居た。俺は人見知りが激しいから、ソラ以外にはあまり友達がいない。でもぼっちが寂しいかって聞かれれば、そうでもないなと思う。

季節はどんどん冬に近づき、すっかり冷たくなった風に身震いして、上から見る街並みをぼんやり見ていた。

山の上の公園はやっぱり人がほとんどいない。もう夕方だし遊ぶような子供は居なくて当然の時間だけど。一人で来てどうするんだって感じだけど、なんだかここの景色を見たかった。


「俺、交友狭すぎるからソラのことばっか考えるのかな」


誰にも聞かれないなら声に出したっていいだろう。声を出したら冷たい空気が口の中を冷やした。

先に大人になっていくソラ。きっと俺はそれに嫉妬してるんだ。嫉妬って認めてみれば死ぬほど恥ずかしいけど。


古い木製のベンチに座って、白い息出ないかなってゆっくり息を吐いてみた。そこまでは寒くないらしい。吐き出した息は白くなることなく、何事も無かったように外の空気に混ざる。


思ってたより曇りの日は少ない。少なくともこの公園に通い出してから一度も曇りの日はなかった。

それでも俺は一人で帰る日には必ず訪れて、ソラの好きな景色を探してる。

そんな事を日常にし始めて、色々考えるようになって分かったことがある。



「俺…キモいな」



片時も忘れたくない、みたいな。ずっとソラのことを考えていたいとか。

他の友達が欲しいなんて思った事ないから、ソラに執着してしまうのだろうか。

高校が終わったら離れてしまうかもしれない焦りが今までよりもっともっとソラの事を気にするようになってしまった。本人に知られたらドン引きされそう。下手したら友達やめるって距離を置かれるかもしれない。



「……やだ。せめて高校卒業までは一緒がいい」



やっぱソラにだけは知られちゃいけないな。考えれば考えるほど寂しくなってきた。今日はもうだめだなと立ち上がった。

景色はもう夜に近付いてきてる。綺麗な夜景…とは言い難い、少し田舎の暗いところが多い夜景。でも俺は別に嫌だなとか、もっと綺麗にとかは思ってない。ただ、普通だなって感想だ。

いま何時だろって鞄をあさってスマホを取り出したら画面が光ってて、ソラからの着信を知らせていた。あまりにソラの事ばかり考えてたからドキッとしてしまう。



「…もしもし?」

『ハル!おばさんが最近ハルの帰りがずっと遅いけど俺といるのかってメッセ来てる。なんで電話繋がらなかったんだ?』

「え、ごめ…学校でサイレントにしてるからそのまま…」

『いまどこ』

「そら、ばいと」

『今日は休み。今どこ』

「………山の上の、公園」


高校生とはいえ、あたりが暗くなるのが早くなった冬の季節にバイトも部活も何もしてない上にソラしか友達が居ないのバレてる俺が毎日帰り遅いし、母さんに聞かれても(一人でずっと公園に居るとか言いにくくて)返事ぼかしてたせいでソラにまで連絡いってしまった…


寒い季節なのに冷や汗をだらだらかきながら、スマホを耳に当ててなんて言い訳しようか一生懸命考えたけどソラは『待ってて』とだけ言って通話を切ってしまった。通話画面が閉じられた後、ソラからの不在着信履歴がズラっと並んでる。よっぽど心配してたのか

…怖かった。ソラの電話越しの声が怖かった。

逃げたいけど、そんな事したら二度と学校に行けないくらい落ち込む。俺が。

ソラと喧嘩は滅多にしないけど、喧嘩した時のダメージと言ったら…その受けるダメージも俺が。


心臓がバクバク言い始めた。何を言われるのか怖い。ソラに口喧嘩で勝てない。そもそも曇りの日が全然こなかったせい。曇りの景色を見るまでって思って始めたけど雨の日はあったけど曇りの日なかったし、この場所来るの疲れるけど誰も居ないからちょっと気に入ってるし、ええと


「…きもすぎて泣きそう」


逃げたいけど逃げたらいけないって必死に待ってたこの時が、俺にとっては人生で一番つらい時間だった。








「………はー。」


山の上だってのに走って来たソラは俺と合流するなりしばらく息を整える事に集中していた。

流石にここまで焦らせることだったかと俺も困惑したが、呼吸が落ち着くなり大きなため息をついたソラの様子に背筋を伸ばした。


「毎日ここに来てたんだ?おばさん誰かにいじめられたりとかしてないかって心配してたけど」

「………毎日、ただ景色見てました」

「本当に?なんか悩んでない?」

「……なやんでない」


良くも悪くも幼馴染というのは、互いを熟知し過ぎている。隠し事をしようにもあっさりバレてしまう程度にはお互いに話し方や体の動かし方から感情を読み取れるんだ。

きっと誤魔化すなんて出来ないんだろうな


「……いいよ、ハルが言いたくないなら。帰ろ」

「え?」


誤魔化せないって思ってたらソラから距離を取られた。こんな反応は、今まで一度もされたことなかった。ソラは温厚で、気が長くて、俺を心底理解してくれてるから


ーーーー本当に?


頭の中に浮かぶ疑問符。ずっと一緒に育ってたのに、ズレを感じ始めたのはいつからか。

背中を向けて帰りを促すソラに、先程考えて感じた恐怖心が現実のものとして沸き上がる。


ーーーーソラが、俺から離れてしまう


そう思ってすぐの一瞬、体が震えたと思った。それからすぐに心臓がドキドキと激しく鼓動を主張し始めた。

ソラを引き留めようとしたけど喉になにか詰まってるみたいに声が出せない。怖い。勇気が出ない。

いいよって言ってたソラの顔、どんなだった?帰ろって言った時の声色はどうだった?


ーーーーソラは、これだけ心配して来たのに話さない俺に不信感持ってる?


なんだこの恐怖感。前が見れない。ソラが見れない。

下を向いて緊張してる俺に、不審に思ったのか「ハル?」と少し離れたところから声がかかった。



「………あ」

「ハル、本当に何もない?ハル」

「…そら、」

「どうしたんだよ!そんな顔」

「そら、わかんないんだ」



顔を上げたら血相変えて深刻な顔したソラが駆け寄って来た。

俺の返答に、なんでとか一体何がとか言いながら両肩を掴んでくるソラの手が思ったより大きくて、ソラがまた一人で大人になってるって、わけわかんねーこと思い始めて


「ソラがいないと、俺無理かもって思ってて」

「え?」

「ずっと一緒だったのに、ソラだけ大人になってくし」

「…最近そればっか言うじゃん 」

「大人になったら、高校卒業したら、ソラは地元出るんだろ?俺ら離ればなれになるって」

「…待て、まてまてハル」

「ずっとソラと居たいけど、それキモいじゃんってー」

「ハル」


めちゃくちゃだけど、胸の内をソラにぶつけてしまった。この歳になってとか、男なのにって思うけど

話してるうちにどんどん辛くなって、鼻が痛いなって思った頃にはソラを目の前にして泣き始めてた。


「あぁもう、ほらティッシュやるから…」

「ごめん…」


流石に泣いてるのを見ると突き放すとか出来ないのか、いつものベンチに誘導されて隣同士で腰掛けた。俺は鼻をかんで涙をふいてと忙しくしてるが、ソラはそんな俺に「ハルは昔から泣き虫だったなぁ」と懐かしんでるようだった。


「……ハル」

「はい」

「ふ。丁寧な返事」

「……死刑宣告待ってるから」

「しないって。ハル、俺の事すっごい好きなんだな」

「……ぽい。俺、ここでソラのことしか考えてなかった」


正直、こんなこと話すのは恥ずかしい。でももう一度知られてしまったなら、一緒だなって。俺はソラに聞かれるまま答えてた。隠して帰られるよりマシだし。顔は怖くて見れなかったけど。


「ハル、俺はずっと怖かったよ。」

「なにが?」


家庭のことだろうか。俺が本音を語ってるから、重い話でお返し的な


「ハルに好きな人が出来たら立ち直れないって」

「……うん?」

「ハルの思春期が怖かった。俺以外の人とこうして座るハルなんて、絶対に見たくなかったんだ」

「思春期って」

「俺が大人っぽくなったように見えたなら、それはハルのせいだよ」


よくわからない話が続いて、涙も引っ込んだ俺はソラがどんな表情で話してるのか気になってきた。そうして我慢出来ずに隣を振り向いたら、満面の笑みで俺を見てたソラと目が合った。


「ソラ?…わっ」

「はは、頬っぺた掴みたいだけなのに指が耳に当たってしまうな。ゾクゾクする?」

「するよ!これほんとやめろって!」

「俺、ハルのこの反応にずっと欲情してたんだ」

「は?」


いつも同じ高さのソラの目線が、上に移動した。少し腰を上げたんだ。

耳がぞわぞわしてるけど、それ以上に顔に当たったソラの吐息と、俺の唇に重なった唇が衝撃的で、俺はただ硬直してるしかなかった。


「え、」


一瞬離れたと思った顔はまた近付いて、何度も何度も重なってきた。

ソラの言葉の意味を、この行為でようやく理解した。

そして


「確信持ったからしたけど、やっぱり嫌じゃないね。ハル」

「………おれ、おとこ」


やっとの事で出せた言葉がコレ。未だ至近距離で俺を見てたソラの顔がぶはって崩れて笑った。


「男と女とか、決められた形ってそんなに大事?」

「え…」


そう言って。パッと俺から離れて立ち上がり、夜景へと身体を向けてしまったソラに俺はまた寂しさを感じてしまった。

とんでもない事をされてたけど、全然嫌悪感とか無くて逆に混乱する。


「え〜、宴もたけなわでございますが〜」

「は?」

「うちの親戚とか集まった日の宴会で、おじさんが必ず言い始める締めの挨拶」

「急になんなんだよ。きす、キスするしさー」

「え〜、思春期もたけなわでございますが〜」

「もういいって」

「ハルが嫌だと言ったら、俺は二度とこんな事はしません」

「……」


公園よりも、街からの少ない灯りの方が明るいようだ。振り向いたソラの表情がわからない。


「男と女しかくっついちゃいけないなら、それでもいいよ。俺がハルに片思いしてるだけだから明日からまたいつも通りに戻る」

「………」


そう言われると、嫌だな。


「ハルはさ、俺に大人っぽい大人っぽいってよく言うじゃん 」

「…うん」

「それは俺も思ってたよ。ハルに。今とかすっげーエロい顔してるし」

「…は?!」

「ハルは俺の事が好きなんだよ。可愛い女子とか全然見向きもしないしずっと恋愛とか疎いなって思ってたけど、おめでとう、初恋」

「はつこい…」


最近ずっとソラのことばかり考えて、来るのも大変な山の上の公園にまで頻繁に通ってた理由が、恋。


「………恥っず…」


薄暗くなってきたから顔が真っ赤になってるのはバレないだろうというのがせめてもの救いか。それでもあまりにも恥ずかしくて両手で顔を覆おうとしたらソラに両手を掴まれて阻まれた。いつの間にかまた隣に座ってる。しかもめちゃくちゃ密着して。


「それでどうする?ハルは男と女じゃないと嫌?」

「ちょ、手はなして」

「これからまたキスしようと思うけど、次は舌入れるから嫌なら拒否って」

「は?嫌、いや、嫌じゃなくて、そ、んんん!」


拒否ってと言いつつ性急に唇が重ねられて、あっという間にぬるついた舌が俺の口の中を這いまわった。

両手を掴んでたはずなのにいつの間にか後頭部を支えられてるし、もう片方の手は俺を抱き締めてた。


「そ、そら、ソラ!盛りすぎ!落ち着けって!」

「駄目もう我慢出来ない。だって思春期真っ只中で、好きなやつと毎日一緒にいて、エロい顔も見まくってるのに何も出来なかったんだよ?俺がどれだけ…」


エロい顔っていつ?!って聞きたかったけど言い終わる前にまたキスされた。初めての恋が幼馴染で、でも男で、そんなことは些細どころか問題にもならないって

行動でこれでもかと示してくる。

なんだろう、色々悩んでた気がするけど全部吹っ飛んだ。目の前のソラの大人っぽい顔が、欲情してる顔だと知ってしまった。

あぁそうか。俺が要所要所でソラに感じてた大人っぽさも…


「思春期の、目線かー…」

「うん?なんか色々悟った?」


思春期を前にしては、全てがフィルターかけられたかのように何も見てなくなってしまう。

でもソラのことは見える。ならもういいや。今はもう、これで。

ついでだからこの際思ってたことは全部言おうとキスの合間を見つけては喋る。というか、キスだけに集中するのは俺が耐えれない。初めてなのにこんな。キャパオーバーだっての


「なぁ俺、大学もソラと一緒がいい。地元に残っても県外行ってもずっと一緒がいい。」

「未来のことは分からないけど、俺はずっと追いかけるつもりで準備してるよ。進学したらハルとルームシェア出来るようにバイトして金貯めてるし」

「は?ソラいつから俺のこと好きなん?」


最後に軽くキスされて、ようやく満足したソラが「いい加減帰らないと、おばさん心配してるな」とか言って誤魔化した。

終わりだと思ってソラの唇を見れば、濡れてツヤツヤしててやたらエロかった。もうわかる。大人っぽいんじゃなくて、エロいと思ってたんだ俺。


「母さんには、毎日公園に来てソラの事考えてたとか言わないでください…」

「そんな正直に言うわけないよ。でも今後は一人で公園来るの禁止な。こんな時間まで居るのは特に」

「は?なんで」

「誰も来ないけど、絶対って事はないだろ。危ないから俺と二人の時だけ来て」

「危ないって…」


ソラがスマホで時間確認してるのを見て、そういや大量の着信があったんだったと思い出した。本当に心配してたんだ。


「おばさんにも上手く言わないとだし、今日はハルの家に行くから」

「え、でもソラん家のおばさんが」

「俺もう高校生だし、泣かれても干渉しないでって言うよ。なんか、吹っ切れた」


スマホに照らされてるソラの顔がどこかスッキリしてるから、本当なんだろうな。


大きな出来事があったりなかったり、思春期を迎えたり、それぞれのペースで大人に近付いている。

俺は相変わらず狭い世界しか知らないし、初恋さえその狭い世界で叶えてしまった。

井の中の蛙大海を知らず、されど空の蒼さを知る。

…うん。ソラを知ってるから、俺はそれでいいや。


帰ろうと立ち上がった足下は、なんだか浮いてるように軽かった。というか全体的に浮いてるみたいな心地だ。


「ハール、早く帰るぞ」

「思春期もたけなわでございますが」

「…やめろよ。改めて言われると恥ずいじゃん。」

「たけなわって、どういう意味?」

「いいから、帰るぞ!」


ははは、って互いに笑って横に並んで歩き始めた。心なしか普段より距離が近い。近すぎて歩きにくいなって軽口を叩いたりして、でもたまに当たる腕がなんか嬉しくて離れる気にならない。


「あー、おばさん?ハルいたよ。毎日図書館で勉強してたんだって。今帰るとこ。うん、俺も一緒。…いや、お母さんには俺から連絡するから大丈夫です。…うん。それじゃ」

「…なんかソラ、俺より母さんと仲良いよな」

「ハルと同じで、俺を心配してくれてるんだよ。うちに電話するから」

「ん」


歩きながら電話してるソラが転けないように腕を掴んで誘導して歩いたら、思ったより早く電話が終わったらしく腕を掴んでる手を嬉しそうに撫でてきた。


「なんだよ」

「俺、幸せでやばい。ハル最高すぎ」

「………知らねー」


幼馴染から恋愛対象に変わるとスキンシップが増えるのかと、恥ずかしい気持ちをどうにかやり過ごしているが、ソラはそもそもスキンシップが多い奴だったと思い出した。


「なぁ、いつから俺のこと好きなん?」

「教えない」


薄暗い街中に出て、あーだこーだ言いながら歩く。公園に居た時より少し明るくなったからソラの表情がちゃんと見える。

なんてことない、繰り返すような日常の中の、特別な日になった帰り道。


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