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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

つばめ水 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つばめはどうして雨が近くなると、低空を飛ぶのか。君は理由を知っているかい?

 ――そう、彼らがとらえる虫たちが関係しているんだよね。

 虫たちの羽根は、湿度が高まってくると重たくなってくる。すると低い位置しか飛べなくなるから、つばめたちもそれに合わせて低く飛ぶんだよね。


 相手に合わせて、自分も動いていく。

 ミクロとマクロを問わず、生きていく上では大事なことだ。自分を貫き通しての飢え死になど、かっこよく思えるのはよほど条件がないと無理だろう。

 おまんまのために、恥を忍んでいく覚悟はあるのか。命はいつも、僕たちの勇気を試してくるものだ。そしておまんまのためなら、いかなる危険をも冒していくのが人のさが。

 ひとつ、つばめとおまんまをめぐる話、聞いてみないかい?

 

 

 むかしむかし。

 僕たちの地域に、「雨切りつばめ」と呼ばれるつばめがいたらしい。

 先に話したようにつばめは雨が近づくと、低きを飛ぶ傾向がある。しかしこの雨切りつばめに関しては、雨のさなか、雨が過ぎ去った後にも低空を飛ぶ姿を見せるのだとか。


 ただその格好が珍しいばかりじゃない。雨切りつばめが飛び去る際に跳ね飛ばす水滴。その雨は「つばめ水」と呼ばれ、珍重されたんだ。

 一説によると、ずっと前に地元の山で大火事があり、中腹から山頂にかけての樹木が炭と化してしまう出来事があった。

 折よく、雨が降って火そのものは消し止められたものの、時季外れのほうき頭となってしまった木々に、人々はとまどいの色を隠せなかったらしい。

 その雨が小降りになってきたとき。

 無数の小鳥の鳴き声がしたかと思うと、空のかなたから何匹ものつばめが飛んできた。

 雨がまだ完全に止まないなか、彼らはその水の重さに逆らって、ぐんぐん高度をあげていく。そして山のてっぺんあたりまで来た時、など四方八方から新たなつばめが身を寄せた。

 正確な数は分からない。千か、万か、それ以上か。

 寄りあう姿は、もはや雲。頂で黒く渦巻いたかと思うと、その身体の下から、雨よりなお激しく滴り落ちるしずくたちの姿があった。


 つばめの身が、雨水を降らせている。

 そう人々が認識したおり、山には変化が見られた。はげあがった頂に、ほのかに緑の色が灯ったんだ。

 なお降り続くつばめの雨は、じょじょにその下へも伝わる。

 中腹から頂へ駆けあがっていった火の、逆をたどって。いまや雨たちが頂より中腹へ振り落ち、緑が戻ってくる番だった。


 このとき、山火事を逃れたふもと近くに住む人は、このつばめが降らした雨をしとどに浴びたのだという。

 それがまた甘いらしい。ある者は牛の乳のようだといい、ある者は蜂の蜜のようだという。おのおのが味わったことのある、甘みを帯びたものにたとえられ、判断は個々の舌へ任された。

 それからというもの、雨のおりにつばめが飛ぶことがあると、こぞって人々は「つばめ水」を欲したらしい。

 じかに味わうのみならず、売り物として扱おうと画策する者もいた。以前、「つばめ水」にありついたというこの土地の殿様は、金に糸目をつけずに求めるようになったからだ。

 つばめが日本で見られる時期になると、城下でも「つばめ水」の名で売り出される液体がある。当初はその名をかたる商人もいたようだが、すぐに偽物とばれて厳しい処罰を受けてしまった。

 その代わり、本物を用意できたならば、しばらく遊んで暮らせるような高額で殿様が引き取ってくれる。水の味を手ずから確かめたうえでね。

 現代の宝くじに近い感覚だったかもしれない。

 領民たちは雨が降ると、すぐにその眼で確かめようと軒先でたたずんだ。どこにつばめがやってきて、雨を垂らしてもいいように、あらかじめ家の周囲にたくさんの桶をそなえたうえで。

 実際、何年間もつばめ水を取る者はあらわれ、口にしたものはその甘さに、もれなく頬が落ちそうになったとか。

 

 

 しかし、はじめてつばめ水が見られて30年ほどが経ち、不可解なことが起こる。

 最初に雨を浴びた、あの山。その頂上付近が、ある日とつぜん、えぐり取られたかのように消え去ってしまったんだ。

 噴火し、陥没ができあがったという線はもちろんない。その断面は刃物で斬られたかのように平らでなめらかだったらしい。

 それは日に日に面積を増していき、やがて中腹、ふもとと、10日が経つころには、そこに山があったとは信じられない平地が広がるのみだったとか。

 

 被害はそれにとどまらない。

 あのとき、つばめ水を浴び、口にしたと話すふもとの村の人々が、少しずつ姿を消していった。

 夜、寝てから起きる時。昼、仕事の合間に語らって、ふと目をそらした時に。本来いるべき足元の地面を、大きくえぐる形でもって、彼らはいなくなっていったんだ。

 このとき、すでに隠居の身となっていた殿様もこつぜんと消えた。殿様に従い、つばめ水を味わう機会に預かった下々の者も、同じように足元をえぐられる形でだ。

 

 たちまち、おののきの中心となったつばめ水の被害が止んだのは、半年後のこと。

 人々はつばめ水を味付けだと認識したという。あれを存分にしみ込ませた、命あるものを食らう、何者かの思惑であろうと。


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