手折られた花は枯れていく
翌日、朝早く……まだ辺りが薄暗い頃、アタシはリビングを見に行った。
悪い夢だったんじゃないかって期待して。
もちろん、全部昨日のままだった……全て現実。なんて残酷。
その後急いで侍女たちをたたき起こして回ってね。
みんな寝ぼけ眼だったけど、見るなり大騒ぎよ。
血の流れるような事件ではなかったからまだ良かったわね。
まだ十代だというのにそんなの見せられたらトラウマになってしまうもの。
すぐに騒ぎを聞きつけた街の衛兵達が駆けつけてきて。
アタシは馬鹿正直に全部報告したの、正義感に駆られて……奥様や執事の犯行の事、それを目撃してしまった事も。全て包み隠さず。
でも、それが失敗だった。
それが、それこそが、今のアタシの始まりだった。
報告して褒められるどころか、この一連の事件の犯人として捕らえられてしまったの。
あの時部屋にいたのは当事者三人とそれを覗いていたアタシだけだったから、当然疑いの目を向けられて。
あの酒を仕入れたのがアタシだったって事、それが決定打になってしまった。
でも、もちろん執事の指示よ。
アタシはまだ酒が飲めなかったから種類なんて全然分からないし……彼に言われるまま買ってきただけ。
毒の酒だったなんて全然知らなかったわ。
今思うと……うまくちゃんと事情を説明して、身の潔白を証明すればよかったんだろうけどね。
けど、あの頃のアタシは何もしてない自分が疑われたって事が、もうショックで……ショックで……
どうにも言葉が出なくて。
ちゃんとこうやって報告したのに、どうしてアタシが……って。
事件の張本人である彼としては気を遣っていたつもりだったんでしょうね。
アタシ達侍女は全く関係ないから、巻き込みたくなかった。彼ら三人のただの痴情のもつれによる勝手な事故……そうやって終わらせようとしてた。
そうやって……何も知らなければ、何も言わなければ、普通に生活を続けられるようにしてくれてたってのにさ。
馬鹿なアタシは言ってしまった。
何も知らない……というか知らずに済んだ、他の侍女達は……今はもう誰もこの街にはいない。
ここから遠く離れたどこかの町でそれぞれ仕事を見つけて楽しく暮らしているそうよ。
きっと今頃はみんな結婚して子供もいるんじゃないかしら。
そういう風にうまく回るようにって仕組んでいたのよ、彼は。
でも、アタシは。
アタシは……腐ってしまった。
知りたくもなかった泥沼見せられて、純粋な想いは打ち砕かれて、挙句の果てに理不尽に濡れ衣着せられて。
純粋だったあの頃の心は、ボロボロに朽ちて腐っていってしまった。
出所してからは底辺生活の始まり。ろくな生活が待っていなかった。
娼婦として必死に食い扶持を繋いで、なんとかまだ生きてる。
煙草、酒、男、そして薬……に溺れる毎日。
こうでもしないと正気を保っていられないの。
いや、すでに正気じゃないのかもしれない。
もう分からないわ。
唯一の心の支えはこれ……今こうして首にかけてる、この黒い宝石のネックレス。
つらい時、これを握りしめると少しだけ心が落ち着くの。
実はこれ、奥様の亡骸から奪ったものなのよ。
獄中で身包み剥がされても、これだけはずっとひそかに隠し持ってた。
彼の心を奪った彼女に、ちょっとだけ仕返しのつもり。
ええ、そうよ。分かってる。
仕返しったってもう彼女は死んでるわけだし、何の意味もない。
分かってるわ。ただのアタシの自己満足だって。
それでもいいの。