思い出の中の貴女
私は部下達と共に山奥のとある田舎町に来ていた。
ここには過去に一度来た事がある。
大規模な魔物の襲撃があった際に派遣されて。もう十年も前の話だが。
緑豊かでのどかな雰囲気の街並みで。
貧しいながらも、明るく前向きに暮らしていた町の人々。
楽しそうな笑い声がそこらじゅうに響いていたのをよく覚えている。
そのイメージのまま、今日も街を訪れ……
そして、時の残酷さを知った。
度重なる戦争で荒廃し……金、資材、人、ありとあらゆる物を奪われ……全て吸い取られた残りかす。そんな街。
あの日の光景などもはや見る影もない。
街行く人みなぐったりと項垂れまるで生気がなく、ずるりずるりと体を引きずって歩く様はまるで生ける屍。
貧困でろくに食べられず、麻薬で空腹をごまかしているようだ。肉やパンよりもそういった薬の方がはるかに安いから。
当たり前のように麻薬が取引され、乱用者たちであふれるこの街。
今回、その取り締まりのために私の率いる部隊が派遣されたのだが……
しばらく街を歩いていると、暗く廃れた街並みの中でひときわパッと目を引く色彩が。
青い屋根の大きな屋敷だ。
その色は土埃などでだいぶくすんでしまっているが、それでも十分すぎるくらい鮮やか。
人が住まなくなって久しいようだ。壁はひび割れて苔むしていて、割れた窓の隙間からは荒れた室内が見えている。
懐かしいな、まだ残っていたのか……
騎士団入りたての頃の甘酸っぱい記憶が蘇ってくる。
魔物の討伐を命じられ、血気盛んだった当時の私は魔物の大群に無鉄砲にも真っ向から突っ込んでいった。
案の定、大怪我だ。
あちこち骨は折れ、出血し、おまけに毒まで受けて。満身創痍だった。
私が運ばれてくる頃には、街の小さな診療所は人で溢れかえっていた。他にも負傷した兵士が大勢押し寄せて。
私や、私の後に来た怪我人達はあぶれてしまい……やむなく街で次に大きい施設としてあの屋敷に運ばれ、そこでしばらくの間療養することになった。
激痛で歩くことはおろか立つことすらままならなかった私。それにほぼ付きっきりの状態で必死に看病してくれたのが、その屋敷の侍女だった。
名前は確か、メアリー。何人かいた侍女達の中で最年長……といってもまだ十代だったが。
彼女は驚くほど何も知らなかった。
なにせこの街から出た事が一度もないらしい……たったの一歩も。そんなことがあるのかと当時かなり困惑していたのを覚えている。
世間話を振ろうにもうまく伝わらず最初はなかなか苦労したのだが、今となっちゃいい思い出だ。
彼女は純粋だった。いや純粋過ぎる人間だった。
その心は一点の曇りもなく真っ白で。
自分の周り……城下町のスレた女達と違う、まっすぐな瞳。
屋敷のためだけを考え、毎日身を粉にして働く健気な少女。
気づいた時には、そんな彼女に心を奪われていた。
しかし、そこには同じく負傷した仲間達も寝泊まりしていて。自分の上司までいたもんだから、周りの目が気になって私はなかなか行動に移せなかった。
誰もいない隙を見てほんの少し話しかけるので精一杯で。結局何も進展しないまま、帰還の日を迎えてしまった。
それが私の初恋だった。
懐かしさに目が潤む。
ああ、ここだ。この屋敷だ……
ここで私は……